第弐拾話 海の魔物 前編
前回のあらすじ
ゲーティアと知り合った
陽も大分傾いてきたので船へと戻ると、ミアンちゃんが甲板であたし達を待っていた。
「ああ、やっと戻ってきた。お帰りなさい」
「ただいま。何かあったの?」
「ううん。マヤちゃん達の姿が見当たらなかったから、ちょっと心配だっただけ。……そちらは?」
「わたしはゲーティア。しがない旅の者よ。こっちはスラちゃん。わたしの連れ合い」
ミアンちゃんの質問に答える前に、ゲーティアさんが自ら名乗り上げる。
するとミアンちゃんは、何かを思い出そうと首を傾げる。
「ゲーティア……ゲーティア……う〜ん? 何処かで聞いたような……?」
「気のせいでは? ……それじゃあマヤちゃん。また機会があったら、お喋りでもしましょう? ゲンブ島に着くまでの間は、という言葉は付くけどね?」
「はい。機会があれば」
そう言葉を交わすと、ゲーティアさんはスラさんと共に自らの客室の方へと消えて行った。
……気のせいじゃなければ、彼女達が向かった方向は一等室のある方じゃ……。
ちなみにあたし達の客室は、二等室になる。
一等室ほど豪華ではなく、三等室ほど質素ではない、程よく快適な客室だった。
二等室は基本的に二人部屋だから、あたしとミアンちゃん、レイとミオに分かれて部屋を取っていた。
ゲーティアさんの正体に疑問を抱きながらも、あたし達も自分の部屋へと戻って行った。
……しかし意外にも、ゲーティアさんの正体が明かされる出来事が起きようとは、この時のあたしは夢にも思っていなかった―――。
◇◇◇◇◇
それからセイリュウ島でも三つの港町を経由した後、ゲンブ島まであと少しの所まで船は来ていた。
ここまでざっと、十日ほど掛かっている。
軽く身体を動かそうと甲板に出ると、そこにはゲーティアさんの姿があった。他の人の姿はない。
彼女は欄干にもたれかかりながら、手元の本を眺めていた。
「……セイリュウ島は………………スザク島にも………………ビャッコ島では………………なら、ゲンブ島が……」
ゲーティアさんは、ぶつぶつと何事かを呟いていた。
彼女の方へと近付くと、顔を上げた彼女とバッチリと目が合う。
紫色の瞳を見つめていると、ゲーティアさんは本を魔法袋の中に仕舞いながら、片手を挙げる。
「こんにちは、マヤちゃん」
「こんにちは、ゲーティアさん。あの……何をぶつぶつと呟いてたんですか?」
「ああ、えっと……ちょっとした情報整理、かな……?」
「情報整理、ですか?」
そう聞き返すと、ゲーティアさんはコクリと頷く。
「うん。サクラ皇国のニンゲンであるマヤちゃんなら知ってると思うけど、今この国では『百魔夜行』っていう異常現象が起きてるんでしょう? そしてその異常は、隣国のシルファ帝国にも及び始めている……で、合ってるわよね?」
「ええ、まあ……」
頷きつつ、あたしの左手はほとんど無意識に鞘を掴んでいた。
万に一つもないとは思うけど、もしゲーティアさんが原因を排除するとでも口にしたら、その時はこの場で斬り捨てる事も吝かじゃない。
そんなあたしの思考を知る由もなく、ゲーティアさんは続ける。
「わたしは『百魔夜行』がどうして起きているのか、個人的に調査してるの」
「……原因を突き止めたら、どうするつもりですか?」
「どうもしないわ。この世に害をもたらす存在なら排除させてもらうけど、そうでないなら見逃すつもり」
ゲーティアさんは、本当に何て事はないという風に答える。
それを聞いて、あたしは彼女になら打ち明けても良いと思い、『百魔夜行』の原因を……。
「……ゲーティアさん。あの……」
「っ! 危ないっ!!」
すると突然、ゲーティアさんに押し倒された。
男の人にもされた事がないから、ちょっとドキドキした。
と言っても、産まれてこの方、男の人とお付き合いした事なんて一度もないんだけどね!……目から汗が。
と思っていると、あたし達の真上を触手状のナニカが通り過ぎた。
次の瞬間、船が激しく揺れる。
「……厄介なのが絡んできたわね」
あたしを押し倒し、四つん這いの状態のゲーティアさんがポツリと呟く。
彼女の視線の先にあるモノに、あたしも目を向ける。
するとそこには、クラーケンと呼ばれるイカ型の魔物が、船に張り付いていた―――。
そんな簡単に目的地には辿り着かせませんよ(ゲス顔)。
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