第拾肆話 剣魔VS人造人間Ⅰ 後編
前回のあらすじ
アラハバキは逃げた
あたしは刀を両手で握り、ほぼすることのない下段に構える。
トウコとトウヤの速さに対処するには、一撃の威力よりも素早い反応速度が求められると思ったからだ。
ついでに《付喪紙》と《ブラッディソード》を発動させて、手数を揃えておく。
トウコも大剣を構え直し、トウヤも両手の剣を緩く構える。
相手の隙を窺いつつ、あたし達は互いを睨み合う。
そして――ガラガラと天井の一部が崩れる音を合図に、あたし達は一斉に動き出した。
「月皇流・参の太刀、『風月』!」
あたしは斜め下から掬い上げるような斬戟を、トウコ目掛けて繰り出す。
けれど、予想はしていたことだけど、トウコの大剣によって防がれてしまった。
その隙を突くように、トウヤがあたしの真横に潜り込む。
そして二本の剣を横薙ぎに振るってくる。
その斬戟はしかし、あたしの《付喪紙》によって防がれる。
「《エアロ》!」
風属性初級魔法で強制的に二人から距離を取り、翼を羽ばたかせて今度はトウヤの方へと接近する。
「月皇流・零の太刀、『月喰み』!」
そして、今ではあたしにしか使えない月皇流剣術を繰り出す。
月皇流剣術は、スメラギ家が代々伝えている剣術の一つだった。
他にも色々と流派があるけど、あたしの実家はその月皇流の家元だった。
だから幼い頃から剣術を教え込まれたし、一応師範代の資格もある。
そんな月皇流剣術だけど、奥義とも言うべき太刀が存在した。
それが零の太刀、『月喰み』。
この太刀は、妖術魔法の《付喪紙》と、鮮血魔法の《ブラッディソード》を同時に扱えるようになって初めて繰り出せる代物だった。
と言うのも、『月喰み』を開発したのは月皇流の開祖であり、あたしのご先祖様でもあるツキノ・スメラギが、妖族と吸血族の混血だったからだ。
彼女は剣の才能に恵まれ、当時としても世界で五指に入るほどの実力者だったようだ。
そんな彼女が、ほんの戯れとして開発したのが『月喰み』。
元々、自分しか使うことはないだろうと思って開発したらしい。
だけど結果として、末裔であるあたしにまでその太刀が伝わっている。
『月喰み』は、《付喪紙》と《ブラッディソード》、そして自分の刀で相手へと斬り掛かる、聞けば至って単純な太刀だった。
刀剣の本数が、五十を超えるという点にだけ目を瞑れば……。
ちなみに、レイとの初遭遇時にも使っていた。
閑話休題。
追加で発動させた《付喪紙》の刀二十本と、倍の本数へとなった赤い剣、総計五十六本の刀剣が一斉にトウヤへと襲い掛かる。
さすがのトウヤも驚きを隠せないようで、その顔は歪んでいた。
必死に両手の剣を振るうけど、幾つかの刀剣が彼の身体を斬り刻む。
そしてあたし自身も、剣の間合いへと足を踏み込む。
袈裟斬りにするように、斜め上から刀を振り下ろす。
赤と白の刀剣の対処に手一杯だったトウヤに、その太刀を防ぐ術はなかった。
左肩から右脇腹にかけて線が引かれ、そこから赤い飛沫を上げる。
人造人間でも血の色が赤いことは、とっくの昔に知っていた。
「トウヤ!」
トウコが心配そうな声を上げてこちらに近付こうとするけど、そんな暇は与えない。
トウヤの身体を蹴り飛ばし、赤と白の刀剣をトウコ目掛けて飛ばす。
トウコは得物がトウヤよりも大きい分、『月喰み』による負傷度合いが大きかった。
けれども、致命傷になるような負傷だけは負っていなかった。
「《ドラゴンブレス》!」
すると、トウヤの方から竜人族の固有魔法であるハズの息吹魔法が放たれた。
素体が竜人族なら不思議はないけど……一瞬よりも短い刹那、あたしは驚きで動きを止めたことも確かだった。
トウヤが息吹魔法を使ったことが理由の一つ。
もう一つの理由は、あたしの射線上にミオのいる檻があったからだった。
ここで避けたら、確実にミオが被害を受ける。
それだけは何としても避けたかった。
「《ブラッディスフィア》!」
だからあたしは赤い剣を束ね、真っ赤な球体へと変化させて《ドラゴンブレス》を防ぐ。
予想よりも威力が大きく、両足の踏ん張りが効かなかった。
ミオのいる檻の半歩手前で、ようやく後退りすることが無くなった。
それは同時に、トウヤの《ドラゴンブレス》の発動も終了したことを意味していた。
「……時間か」
そう呟くトウヤの胸元は赤く染まっていたけど、傷はもう塞がっていた。
ミオも人造人間だからか傷の治りは早かったけど、トウヤのソレはミオ以上の性能だった。
戦闘能力に特化しているから、傷の治りも尋常でないくらいに早い……のかもしれない。
トウヤは両手の剣を鞘に納めると、翼を大きく広げる。
「拙達はこれにて失礼する。主も安全域まで撤退したらしいのでな。……行くぞ、トウコ」
「……ええ、分かったわ」
トウコは渋々といった感じで頷くと、大剣を背中に背負い、翼を広げる。
「アラハバキに伝えなさい。アラハバキが何をしようとアラハバキの勝手だけど、アタシとミオの生活を邪魔する者は、何人たりとも容赦はしないと」
「言伝て、承った。一言一句違えずに主に伝えよう。では」
そう言い残すと、トウコとトウヤはあたしが開けた穴から飛び去って行った―――。
次回で一応一区切りです。
評価、ブックマークをしていただけると嬉しいです。