第壱話 マヤとミオ
新作です!
人魔シリーズとしては四作目になります。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
薄雲の隙間から、月が顔を覗かせる。
その光に照らされて、異形の影はその黒さを際立たせる。
その異形にもう一つの影が最速で接近し――刀を一閃する。
するっと、何の抵抗もなく異形の頭が胴体から斬り離された。
そして首を失った胴体は、ゆっくりと地面へと倒れ込んだ。
刀身に付着した血を払い、ソレは刀を鞘へと納める。
ソレの影の頭に当たる部分からは、二本の角が生えていた―――。
◇◇◇◇◇
人魔暦九九九年。
ここ、サクラ皇国にある都市の菊花には、いつもと変わらぬ空気が流れていた。
人々が通りを行き交い、子供達は元気に走り回っている。
あたしが暮らすサクラ皇国は東大陸東部に位置し、四つの大きな島と千を超える小さな島々から成り立つ、多種族国家の島国だった。
皇国最大の大きさを誇るセイリュウ島は弓のような形をしていて、首都である桜花がある。
その街には、皇国を統べる帝と呼ばれるお方がおわす御所もあった。
その次に大きいゲンブ島はセイリュウ島の北部にあり、穏やかな気候を生かした畜産や農業などが盛んだった。
あと、海鮮類もめちゃくちゃ旨い。
三番目の大きさのビャッコ島はセイリュウ島の西側に位置し、その位置関係から大陸からの交易船が多く停泊する。
だからなのか、ビャッコ島は海外の様式の建物が多く建てられていた。
ちなみにあたしの暮らす菊花の街も、この島に存在する。
そしてスザク島は、先の三つの中で一番小さい島だった。
セイリュウ島の南、ビャッコ島の東に位置するこの島は、古くから多くのニンゲンが修行に訪れる島として有名だった。
と言うのも、この島には強力な魔物が数多く棲息しているからだ。
それもあるのか、こと冒険者の入国という点に関してだけは、ビャッコ島よりも多かった。
そして、あたしは―――。
◇◇◇◇◇
すやすやと眠っていると、突然何者かに布団を剥ぎ取られた。
「寒っ……」
腕を擦りうっすらと目を開けると、傍らにあたしから布団を剥ぎ取った張本人が仁王立ちしていた。
その張本人は鮮やかな金色の髪を長く伸ばしており、新緑を思わせる緑色の瞳はあたしを睨み付けている。
容姿はまだ幼いながらも、将来的には美人に成長することが窺えるくらいには整っていた。
そして最大の特徴は――髪の隙間から見える長く尖った耳だった。
この少女の種族はエルフ族と呼ばれる種族で、名前をミオという。
三年前にとある事情で彼女を保護し、そして一つ屋根の下で暮らしていた。
「マヤおねえちゃん! とっとと起きて!」
「う〜ん……あと五分……いや、三十分……いや、一時間……」
「そんなこと言って! もうお昼だよ!?」
「……じゃあ、あと三時間……」
「もうっ! 早く起きて!」
ミオに乱暴に身体を揺すられ、あたしは観念して起きることにした―――。
◇◇◇◇◇
寝間着から普段着に着替えてミオが作ってくれたご飯を食べた後、あたしはミオと一緒に通りを歩いていた。
今日の夕飯と明日の朝昼の食材を買い込むために、ミオに半ば強制的に荷物持ちに任命された。
家でゆっくりしていたかったのに……。
そんなミオの服装は、外国から輸入した七分丈のブラウスにロングスカートという出で立ちだった。
対してあたしは皇国に昔からある着物に、編み上げのロングブーツを組み合わせるという、なんともちぐはぐな格好だった。
でも、菊花の街には外国の人も多いから、特段あたしの格好が浮いているというわけでもなかった。
そして特に何も起きることなく無事に買い物を済ませて家に戻ると、軒先に見知らぬ人が立っていた。
その人はフードを目深に被っているから、どんな容貌なのか窺い知ることが出来なかった。
「誰だろう……?」
「さあ? でも……怪しそうな人ではあるけど、悪い人じゃないと思うよ」
「分かるの?」
「なんとなくだけどね。こんな仕事をしてると、だいたいなんとなくで分かってくるようになってくるよ。さて……」
あたしは買った物を両腕に抱き抱えたまま、フードの人へと近付いていく。
「こんにちは。ウチに何か用ですか?」
そう声を掛けると、フードの人はビクッ! と大袈裟なくらい肩を揺らす。
「あ……あの…………はい」
蚊の鳴くような細い声だったけど、その声音から女の子だということだけは分かった。
「こんなところでもなんです。上がってください。中で事情を伺いますよ」
そう促し、フードの女の子を家の中へと上げた―――。
◇◇◇◇◇
「粗茶ですが」
「あ……ありがとうございます」
ミオが出してくれたお茶を、女の子はおっかなびっくりに受け取る。
あたし達が座る応接用のソファーとテーブルは外国から輸入された物で、それなりのお値段がした。
それでも、同時期に売りに出されていた代物よりかは格段に安かった。
あたしとミオはこの菊花の街で、便利屋を営んでいた。
と言っても、そんなに繁盛はしてないけど……。
「それで……ウチにいったい何の用で? 何かの依頼ですか?」
「あの……一つだけ確認させてください。黒髪黒目の貴女のお名前を確認させていただいても?」
「……? マヤ・スメラギですけど……」
質問の意図は分からなかったけど、あたしはとりあえず本名を名乗る。
すると女の子は、ようやくフードを取った。
明らかになったその顔は、綺麗な赤毛に夕焼けを思わせる瞳をした、人間族の女の子だった。
それと何処か、品の良さを感じられた。
「申し遅れました。私の名はシェリル・ルクス・シルファニアと申します」
「シルファニア、っていうと……」
「……帝国の皇族様が、こんな辺鄙な所にいったい何の用で?」
ミオがその家名の意味を思い出している隙に、あたしは目の前の異国の王族の女の子にそう問い質す。
すると彼女は、ソファーに座ったまま頭を下げる。
「お願いします。私達に協力してください――『剣聖』マヤ・スメラギ様」
サクラ皇国のモチーフは言うまでもなく日本です。
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