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ギリギリ許容範囲

 眩しい日差しで目を開くと、懐かしい自分の部屋だった。


「……よく寝た」


 ベッドの上で大きく伸び、こんなによく寝たのは何ヶ月ぶりだ?

 ひどい悪夢を見たような——いや。


 飛び起きた俺は、ボロボロの騎士服に包まれた華奢な体を見下ろす。袖は余ってるし、ブカブカだ。


「……胸がある?」


 小ぶりで見逃しそうな大きさだが、男にはないだろう胸が——。


 肩も華奢だ、腰も小さい、手も——小さくて白い。


 そして、あるはずのモノがない。


 ——ない。


 と、部屋の扉が開き、キョトンとした顔の幼馴染が俺を見た。


「君……」

「ルドルフ!」

「え? なんで僕の名前」


 俺は走って行って、ルドルフを抱きしめる。討伐の旅に出てから半年は経ってる。懐かしい友人に会えて嬉しかったんだ。


 だけど、抱きしめて肩を叩き合う予定が、俺の身長のせいで胸に顔を埋める形になってる。ルドルフは思っきし困惑した声を出した。


「えっと。君は誰? なんでここに居るんだい?」

「なに言ってんだよ。俺だ、マリオンだ」

「……確かにここはマリオンの部屋だけど」

「ルドルフ。分かんないのか?」


 結局、見上げる形になってるのが屈辱だ。言っとくけど、本当なら俺の方が背は高い。俺は体格を生かして剣士になったんだ。


 ルドは俺の頭を撫でて、お兄さん面で笑う。


「迷い込んじゃったのかな? 扉の鍵は閉めてあったハズだけど」


 コイツは優男の部類に入る。淡い金髪と薄茶の瞳は優し気に見えるし、美形率なら俺より上なのは認める。だが、ワイルドな男らしさは俺が上だ。


 だった、ハズだ。なんだって、肩も腕もコイツの方が男っぽいんだよ。なんだか泣けてくる。あるはずのモノはないし。俺はどうなったんだ。


「泣かなくても良いよ。ちょっと落ち着こう? 家主は留守だけど、お茶くらい淹れてあげるから」


「お前に俺が分からないとはな——」


 俺は諦めてルドの体を離し、溜息をついて騎士服の紋章を見せる。

 ルドは少し目を細めると、真剣な声で聞いた。


「君はどこかでマリオンに会ったのかい? 明日にも国葬が始まるんだ。葬儀に出るの?」


 俺は思わず固まった。


「え……俺、死んだの?」


 ☆


 首の後ろで短く切った、少しクセのある柔らかそうな金髪を掻き揚げ、ルドは憂い顔でため息をついた。


「話は分かった。にわかには信じがたいけど——」


「お前のオネショは十歳の誕生日まで続いた。困ったおばさんが西の森の魔女にトカゲの黒焼きと蟻の触覚を煎じた薬を貰って——」


「黙って、マリオン」


「男比べでナマズ湖に入った俺たちは、素潜りで湖の底の石を拾ってくることになったが、ルドはその時」


「マリオン!」


「蟹にナニを挟まれて、三日三晩、熱を出して寝込んだ。そういや、アレって機能に問題なかったんだっけ?」


 ルドは大きな溜息をついて首を振る。


「分かったから、黙れって言ってるだろ」


 睨むなよ。

 怖いな。


「……信じたか?」


 ルドは頷くと、改めてマジマジと俺を見る。


「信じるけどね。マリオンしか知らない僕の話もあったし。けど、今の君は女の子にしか見えない。マリオンの面影が無いわけじゃないけど。そうだ——この部屋って鏡ないの?」


 ルドは俺の部屋を見回しているが、俺は物持ちの方じゃない。


「ない。鏡なんか高価だし、男には必要ないだろ」

「いや、いるでしょ。どうやって髭とか剃ってたの?」

「勘」


 ヤツはふぅっと息をつく。


「まぁ、マリオンらしいけどね。どうしようかな、ああ、そうだ。そこの壁に向かって立って」

「壁に向かって?」

「いいから」


 ルドルフは魔法使いの端くれだ。魔法の才能を持つ者は、我がネクタル国でも貴重な人材で、才が認められると給料を貰いながら魔法の勉強ができる。


 体を張って武勲を上げるしかない騎士とは待遇が違う。やっかんでも仕方ないが、羨ましく思った時期がある。


 なんたって、コイツは俺より五つも下のくせに、十代で宮廷に出入りしていたからな。宮廷魔法使いに師事して魔法を学んでいるからなんだが。


 ルドが何か小さく唱えて、ふいっと指を動かすと壁に女の子が映った。


 うん。少し小柄だけど、それなりに可愛い娘だ。もう少し育てば俺好みになるかもしれん。金髪に赤毛が混ざってる所は俺と同じ、瞳の色も赤褐色に近い茶色か。


 ——え? 俺じゃん?


 いや、しかし。


「コイツは十代にしか見えない。俺は二十四だぞ? なんで、こんなに細っこいんだ?」


 ルドが目を細めて頷く。

「だからさ。にわかに信じ難いって言っただろ?」


「けどさ。これじゃ、まるで」

「うん。幼く見えるね。下手したらローティーン」


 ペタペタ自分の顔や髪を触った俺は、俺の動きに合わせて壁の少女が動くのを不思議な気分で見てた。


「マリオンの話から想像するとさ。魔王の嫌がらせ? じゃなかったら」


「……じゃなかったら。何だよ」


 ヤツは意味深に笑った。


「魔王のギリギリ、許容範囲ってヤツかもね」

「おい」

「だって脂肪のついた体が嫌だって言ってたんでしょ? 成熟した女性が苦ってだってことかもしれないしね」

「おい」

「魔王はマリオンを諦めきれていないって証拠じゃない?」

「その口を閉じろ。ぶち殺すぞ、てめぇ」


 ルドは屈んで俺の唇に自分の人差し指を当てる。


「マリ? 女の子が使う言葉じゃ無いよ」


 ニコッと笑うな、気色悪い。俺が殴ろうとしたら、笑って避けやがった。ムカつく。


「でもさ。本当に少し気をつけないと。元に戻る保証はないんだし、女の子として生きて行くしかないかもよ?」


「できるわけないだろ」


 ルドは気の毒そうに俺を見る。


「できる、できないじゃない。現実を見なよ、マリオン。明日には君の葬儀が行われる。僕はさ、君に鍵を預かってたし。ここで——気持ちの整理をつけるつもりだったんだよ?」


「………」

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