現実は残酷
ここのところ、朝の食卓のトーンが低い。
王太子が気遣わしげにチラチラ見てくる。
ザイアは自分でお茶を煎れてる。
俺はとはいえば、寝不足で朦朧としてた。
連日連夜、女の喘ぎ声——苦行だ。
そんな俺のカップに、ザイアが茶を注ぎ足す。
「目の下に隈ができてるな。少し濃いめに煎れた。飲め」
コイツにも、こんな心遣いが出来たんだな。
俺は素直にカップを手に取る。
「ありがとう」
王太子も妙に気を使ってくれる。
「今夜の降霊会、護衛はガリアを連れてく。少し、眠ったらどうだ?」
ああ、あの蜂蜜色の金髪の男か。
アイツなら少しは役に立つな。
「ありがとうございます」
いかんな。
本業が疎かになるようじゃ。
けど、眠い。
俺はワゴンを戻してすぐ、ベッドに潜り込んで眠らせてもらった。
もちろん、クララさんにも心配された。
「はい。カモミールの茶葉をあげる。気分が安らぐからね」
ああ、俺の女神は今日も女神だ。
☆
夕方に起き出して、部屋で食事を取り、夜半に国王の寝所へ向かう。
今日で一週間になるかな。
「やっほ! なんか、疲れてるねぇ?」
お前は元気だな、ミザリア。
俺はコイツを見くびってた。この女は鉄のメンタルを持っているに違いない。
王の寝所では、豪奢な衝立の後ろに作られた席に座って、コイツと並んで座ってる。目の前を様々な夜着を纏った女が通っていく。
そりゃ、俺だって、始めはワクワクしたさ。
王の好みはグラマラスなプロポーションらしく、胸も尻も太腿も、タップリしたのが多い。まあ、王妃みりゃ分かるか。
そして、国王は言葉責めされるのが——お好きらしい。
耳を塞ぎたい。
何度もそう思った俺と対照的に、ミザリアは興味津々だ。
俺の耳に口を寄せ。
「うっわ、今の聞いた? すっごいね。卑猥ぃ」
だの。
「今夜の人は下手くそだね。ほら、王の反応が今ひとつ」
だの。
「単調だと飽きるよね。道具とか使えばいいのに」
そんな事を、囁くような声で、俺の耳元で、ハスキーなアルトで——。
「ヤダ。マリってば、薄暗くても分かるくらい顔赤い」
とか。
「恥ずかしいの? どの辺が? ほらぁ、言ってみて」
とか。
「ねぇ、そっぽ向かないで。こっち見て。ふふ、可愛い」
とか——。
俺の体を指で突っつきながら繰り返す。
お前、本当に何しに来てんだよ。
疲れた体を引きずって、今夜も俺は衝立の裏に座る。
俺はメイド服にペンタグラム。スカートの中には4本の短剣。
ミザリアは黒い宮廷魔法使いのマント。
その下は黒のミニドレスで腰に魔杖を仕込んでる。
「ふふ。今夜はどんなの来るのかな?」
「ミザ。珍獣ハンターじゃないんだから」
「似たようなもんじゃない」
——と。
ミザリアの雰囲気が変わった。
その夜の女は、恐ろしく色が白く、黒い夜着が透けて艶かしい。吊り目がちの黒い目、艶やかな黒髪、赤い唇。婉然と微笑んで俺たちの前を通ってゆく。
いつもと同じ、たっぷり肉のついた体は、匂い立つくらい女だった。
一言も喋らないミザリアは、水色の目を見開き、心なし毛が逆立って見える。
まるで警戒する猫みたいだ。
彼女の雰囲気に飲まれ、俺も全身を緊張させる。
そして、確かに気配を感じた。
——魔物の気配を。
いつものように、喘ぐ声が聞こえ始めた時、ミザリアが俺を見た。
俺は胸元のペンタグラムを外し、鎖を右手に巻きつけて短剣を一本掴む。
ミザリアが頷いたので、俺は立ち上がって衝立を蹴り倒し、短剣を握ったまま王のベッドへ走る。
女は王の上に馬乗りになっていて、俺とミザリアを驚愕の目で見る、と、牙を剥いた。真っ赤な口から鋭い牙が何本も見える。
俺は飛び上がって女を蹴り飛ばし、噛み付こうとする女の口に短剣を突っ込む。
ペンタグラムが光だし、女の口から煙が上がった。
間違いなく魔物だ。
「マリ! 国王を確保!」
ミザリアの指示で、俺は国王の体を掴むと、彼の体重を使ってベッド上から転がり降りた。魔物から目を切らないように背中に王を回し、もう一本短剣を抜いて構える。
魔物が咆哮をあげて口から短剣を引き抜く、と、部屋全体がビリビリと震えた。俺の後ろで、国王が息を飲むのが分かった。
まあ、そうだろう。
今のいままで睦みあっていた相手だ。
ミザリアが魔杖を掲げ、呪いを唱えると、幾つもの光の我が魔物の体を拘束する。しばらくベッドの上で暴れていたが、みるみる輪が縮まり、肉の刮げた赤黒いモノを捕まえていた。
初めて見た魔法だが、聖魔法だろう。
アイツ、聖魔法使いなんだな。
彼女はベッドに近づくと、光の輪に捕まってギーギー喚く魔物の頭を思い切り魔杖で殴った。
「大人しくしろ!」
すげぇ、容赦ないな。
魔物の頭が少しヘコんでるぞ?
それにしても——あの妖艶な女が。
毛むくじゃらで赤黒い、牙の大きな猿になるとは。
ミザリアが俺を見て会心の笑みを浮かべる。
「ヤッタね、マリ! 淫魔を捕まえた!」
お前、差し出す指の形、間違えてねぇか?
それはピースじゃねぇからな。
中指立てちゃダメだろ。
それにしても。
——淫魔。
そのガリガリの猿が。
現実って残酷だな。




