表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/54

討伐に来ただけなのに

 何がどうしてこうなった——。


 思えば討伐への進軍が決まった時、若年の俺が最後まで残るなんて誰が想像しただろう。


 古びてはいても荘厳な佇まいの魔王城を目にした時、俺も仲間と同じように魔物の牙にかかって露と消えるのを覚悟した。


 アンテッド達を退けるのは至難の技で、亡き聖魔法使いのオッさんがくれたペンタグラムだけが頼みの綱だった。


 それでも、刺し違えても魔王を倒すと誓ったんだ。


 そんな俺の目の前に魔王がいる。

 しかも……ゴージャスなベッドの上だ。


「ずっと、お前が欲しかった」


 頰を赤らめ、しどけない姿で俺にのしかかって?


「ちょ、ちょ、待て、待ってって!」

「まだ焦らす気か? こんなに俺の気持ちをかき乱して」


 魔王の顔が近づいてきて、鼻と鼻がぶつかりそうだ。


 何考えてんだコイツ。

 ……っていうか、どういう状況だ?


 魔王は黒い革のコスチュームの胸元をはだけて、ほぼ半裸状態だし。クセのある長い黒髪は乱れて顔にかかって、その髪の間から潤んだ赤い目が俺を見てる。


 おまけにヤツは片手で俺の両腕を掴んで動きを封じてる。そんだけで身動きできない。これって凄くヤバイ状況なんじゃないだろうか?


 俺の貞操的に——。


 もしかして、本当に万が一の可能性だが。


 俺が何事もなく魔王城に侵入できたのも、魔物に遭遇することなく魔王の部屋まで辿り着いたのも、招かれたってことなのか?


 魔王の顔が息が掛かるほど近い。確かにコイツは美形だが、何をどうしたって男だろうが。


 俺の頭は混乱でフリーズしかかる。

 いや、フリーズしちゃダメだ。思う壺じゃないか。


 おかしい、俺はコイツを討伐しに来た騎士なんだぜ?


 並み居る魔物を撃退し、多数のトラップを命からがら回避して、たどり着いた先で魔王にベッドで押し倒されてる? 悪夢か?


「……マリオン」


 そんな切ない声で、俺の名を呼ぶんじゃねぇ!

 しかも体をまさぐるなよ、勘弁してくれ……。


「お、落ち着け! 魔王。お、俺は男だ、分かってるよな?」

「魔王なんて他人行儀に呼ばないでくれ、ザイアと。俺の名で呼んでくれないか。怯えた君も素敵だよ……マリオン」


 愛おしそうに頬を撫でるんじゃねえ。

 ——コイツ、本当に指長いな。


 違うって。


「だから、俺は男だって……ちょ、あっ」


 く、首筋を舐めるんじゃねぇ。

 くっそ、ペンタグラムは効かないのか?


「恥ずかしがらなくていい。君が男なのは分かってる。俺のマリオンが、あの醜い脂肪に身を包んだ女共と同じ、気色悪い生き物であるはずがない」


 うわぁああああ。顔近い、睫毛長い、こいつキス上手いな。

 だから、違うって!


「やめろ! 男は願い下げだ! 脂肪の何が悪い。女最高だろ! 俺は女が好きなんだよ!」


 ピタッと動きを止めた魔王は、額にかかる黒髪の間から冷たい目で俺を睨んだ。


「まさか……俺より女が好きだと?」

「当たり前だろ! 女は大好きだ! お前みたいな変態と一緒にすんな」


 魔王がふいっと俺の上から体をどける。


 なんか知らんが体をフルフルと震わせてる。これって、ヤバイやつか?

 攻撃されるのか? 


 剣、俺の剣は——って、部屋の隅の壁に刺さってんだった。部屋に入ってすぐに切り掛かって、あっさり返り討ちにあった時、コイツが投げ捨てたんだった。


「じゃあ、命がけで会いに来てくれたのは何の為なんだ? 何度も俺の名を呼んでおいて。お前も俺に恋い焦がれ、一秒でも早く会いたかったんじゃないのか?」


「え? いや、普通に討伐に来たんだけど?」

「討伐……?」


 片手で顔を覆った魔王は、フラッとよろけて側にあった椅子に座る。


「………弄んだんだな。この、俺の男心を」


 そんな傷ついた目で見ないでくれよ。

 俺が悪いのか?


「俺がお前を退けようと手下を送るたび、お前は果敢んに戦って俺の名を呼んだじゃないか。必ず会いに行くから待っていろと——」


 あれ、コイツちょっと涙目になってないか?


「ええと、そう気落ちするなよ。そのうち、いい相手に会えるさ。なっ?」


 うわ、睨まれた。


「魔鏡から聞こえるお前の告白を聞くたびに、お前の姿に胸を高鳴らせた俺の思いはどうなるんだ? お前が来るのをどれだけ——くっ、呪ってやる。呪ってやるぞ!」


 魔王はマントを翻して立ち上がると、涙を零して呪文を唱え、俺に呪いをかけやがった。目の前に星が踊って視界が塞がる。


 耳の奥で、魔王の声だけが響く。


「……お前が大好きな女に変えてやる。ここまで来た褒美だと思え。一年も経てば心までも女になれる。喜べ、ビッチ! 俺を弄んだ罪を噛みしめろ!」


 誰がビッチだ、変態魔王。


 思い切り叫びたかったが、俺の意識は、そこでぶっ飛んでしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ