09 冷血令嬢、選抜に出る
「そう言うわけだから、俺もレオナの選抜に立ち会うことになった」
ケロッと、何事もなさそうにーーいや、実際最初から名前を名乗っているしジェイドにとっては何事もないのだがーー彼はレオナに向かって言った。
「そうなんですの……」
(この人が勇者だと知っていたら、もう少しこう、お行儀よく? 猫をかぶっていられましたのに……)
レオナは訓練場の一角に取り付けられたベンチに座りながら、悔しそうに唇を噛んだ。少なくとも、初対面の大男二人を相手に女性への接し方講座など、とてもじゃないがやらなかっただろう。
目の前の訓練場では、ジェイドの他に大勢の人が集まっていた。最初にジェイドを見つけて飛び出てきた兵士が、しばらくすると大量の人間を連れてきたのだ。
一目で偉い立場の人物だということが分かる初老の男性に、その補佐官であろうキビキビとした若い男性。それに、いかにも魔法使いだと思しき杖を持った、年齢はバラバラの男たちが数人。それから、モアブとアモンよりもさらに体が一回りは大きそうな筋骨隆々の男が一人と、白を基調とした神官の衣に身を包んだ可憐な少女が一人。
(あれは……戦士様と神官様というところかしら)
戦士は、傭兵と言った方が似合う風貌をしていた。短く切り揃えただけの赤毛はあちこちが跳ねており、口髭もこれまたずっと野ざらしにしてきたのかと思うほどじゃもじゃとしている。眼光だけで人が殺せるとは物の例えでよく言われる言葉だが、この男の眼光なら、本当にそれも可能なのではないかと思えるくらいだ。
対して神官の少女は、戦士の横に並び立っているせいもあり、その小柄さと可憐さがますます引き立つようだった。神秘的な銀髪は真っ直ぐに伸びて彼女の小さな顔を彩り、つぶらで大きな瞳以外のパーツはどれも小ぶりで、天使のように愛らしい。
(一部で聖女と呼ばれているのも、なるほどこの美貌なら納得ですわ)
「で、勇者様は、一体今までどこに姿をくらましていたんです?」
不機嫌を隠そうともせず、眼鏡の若い補佐官がジェイドに言った。
「魔物退治だ。隣町に出たというから、倒してきた」
「それはそうですが、だからと言って言伝ひとつで出ていかないでください」
「一応あなたに伝えるようヴィムに託したのだが」
「それから託すのはヴィム様ではなくシェリル様にお願いいたします。私が聞くまで、ヴィム様は言伝の存在自体を忘れていたのですから」
「それについてはすまねえな!」
ヴィムと呼ばれた戦士は、あたりに轟くような大きな声でガラガラと笑った。シェリルと呼ばれた神官の少女が、こっそり耳を塞いでいる。それを他人事のように観察していると、不意に若い補佐官がこちらを向いた。メガネの奥に隠された瞳が、こちらを値踏みするようにギラっと輝いた。
「それで、彼女ですか? 魔法使い志願者というのは」
「レオナと申します」
立ち上がり、思わずドレスの裾を掴む淑女の礼を取ろうとしてレオナは咄嗟に手を引っ込めた。腰の前で所在なさげにもぞもぞと手を組んで微笑む。
「氏は?」
「カーターです。レオナ・カーター」
ミドランドではよくある氏のカーターをくっつけただけの偽名だ。
「そうですか。ではあちらで他の志願者と一緒に待っていてください。もうすぐ始まりますので」
それだけ伝えると、補佐官はさっさと立ち去ってしまった。彼はジェイドのように、レオナが女性だからということを気にしたりはしないらしい。
(女性志願者は、案外多いのかしら)
などと呑気に考えながら、補佐官が指さした方向を見る。そこには先ほどの魔法使いたちがいた。どうやら彼らは、皆レオナと同じ目的でやってきたらしい。万が一レオナの顔を知っている者がいるとまずいから、という理由で、レオナはフードをさらに深くかぶった。元々レオナは旅人用のズボンを履いているため、顔と髪さえ隠してしまえば、誰もわざわざ彼女を気に留めたりはしないだろう。
(それから……一応杖も持っておこうかしら?)
こんなに大勢の魔法使いに囲まれて自分も魔法を披露という経験がなかったため、今まで気にしていなかったが、まさかこうも全員大きな杖を携えているとは思わなかった。急に手ぶらな自分が浮いているような気がして、マントの中で慌てて魔法で杖を作る。見た目が杖っぽいだけの何の変哲もない木の棒を出しただけだが、ないよりはマシだろう。
レオナが魔法使いたちの端にそれとなく収まると、複数の兵士が、何かを訓練場に運んできた。目を凝らして見れば、それは台座に乗せられた卵大ほどの黒い石のようだった。隣にいる魔法使いたちから「あれは一体?」とざわめきが聞こえる。
石は見たことがないほど黒い色をしていたが、外見的特徴といえばそれだけで、他には何の変哲もない。
「では、今から選抜を始めます。内容は単純で、一人十分の時間を与えますので、魔法を使用しているならどんな方法でも構いません。この魔石を破壊してください。何か質問は?」
先ほどレオナに話しかけていた補佐官がキビキビと説明した。彼の説明にまたどよめきが上がったが、質問をしようとする者はいないようだった。補佐官はそれを確認すると、「では、最初の人から」と言って朗々と名前を読み上げた。
一人目は、レオナとそう年齢の変わらない若い魔法使いだった。彼のマントにカルディア王国の紋章が縫い付けられているのを見て、思わず身を隠すようにそっと身を縮こませる。
「……我に呼びかけに応じ、……し、……せよ! ボーリド!」
彼が早口で何かを呟いたかと思った瞬間、杖の先から大量の炎が爆発した。それは爆発した勢いそのままに魔石と台座に飛びかかり、ゴウッと音を立てて激しく燃えさかった。炎の勢いに、周りにいた兵士たちがわっと飛び退る。やがて十秒もしないうちに、炎は消え去った。魔石を載せていた台座は炭のようになっており、炎が消えると同時にボロボロとその場から崩れ去った。しかしーー
「見ろ、石は無事だぞ」
誰かが言った通り、黒い魔石は先ほどと何ら変わらない形でそこに鎮座していた。
ーーいや、浮いていたという方が正しい。支えとなる台座が業火に焼け尽くされても、黒い魔石は何事もなかったかのように、その場に浮遊していた。
「……ならば! スパダ・ダーカ!」
畳みかけるように若い魔法使いが、今度はいくつもの水の剣を作り出す。鋭い切先は魔石めがけてものすごい速さで飛んでゆき、そのまま砕くかと思われた。
ーーが。
「くっ……」
魔法使いが、悔しそうに顔を歪めた。
水でできた剣は、魔石に触れる前に霧散した。何本も、何本も、全て。
結局彼が出した魔法は何ひとつ魔石に触れられず、破壊はおろか、傷ひとつつけることはできなかった。そうしているうちに、補佐官が無慈悲にも「十分経ちました」と終了の時間を告げた。
(……なるほどね)
レオナは心の中で独り言ちる。これが、一年もの間合格者を出さなかった魔法使い選抜の中身なのだ。内容自体は単純なのに、その単純なことがどうやら誰にもできないようだ。
あたりを見渡してみると、ジェイドや戦士、神官を含めた王宮の人間たちは一連の様子を驚いた様子もなく静観していた。今まで何百回と繰り返されてきたこの光景に慣れきっているのだろう。対して魔法使いたちは、表にこそ動揺を出さないものの、皆レオナのように心の中で対策を考えているに違いなかった。
(あれは何の性質を持っているのかしら……)
レオナは目を細めて魔石をじっと見た。ただ魔法を吸収するというだけなら、吸収できないほどの魔法を詰め込めば壊れるはずだが、一年もの間、優秀な魔法使いたちの攻撃をずっと吸収できるほどの魔石は聞いたことがない。それよりも魔法そのものを弾いているようにも見えた。だとすると、正面から力をぶつけるだけではダメなのかもしれない。
二人目の魔法使いが進み出る。先ほどの魔法使いと比べると随分と年齢を重ねており、熟練の魔法使いという風格を漂わせている。彼は長々と何かを唱えた後、朗々とした声で張り上げた。
「ゴッティス・ウロタイロス!」
雲もないのに、突如あたりに雷鳴が轟渡った。呼び出されたいく筋もの雷が、容赦なく石を襲う。あまりの音にその場にいたものたちは皆手で耳を覆っていたが、音が落ち着いて顔を上げれば、そこにあるのは変わりない魔石の姿だ。
それからも、魔法使いたちはさまざまな方法を試みた。力でねじ伏せるのがダメなら風で魔石を揺すってみたり、水に沈めて洗浄してみたり、中には音楽を奏でて懐柔を試みた者までいる。
レオナは今まで、こんなに多種多様な魔法を見たことがなかった。まるで魔法の展覧会のようだと思い、選抜であることも忘れて興味深く見入ってしまう。
「では、次の者」
すっかり観客気分で魔法使いたちの魔法を鑑賞していたが、気がつけば残るはレオナただ一人となっていた。急に緊張が襲いかかってきて、レオナは杖をぎゅっと握った。ごくりと唾を飲み込み、おずおずと前に進み出る。
「君、待ちなさい。フードは取りなさい」
メガネの補佐官に注意されて、レオナは一瞬躊躇った。が、最後には覚悟を決めたように一気に被っていたフードを脱いだ。途端に辺りがざわめく。
「女?」
「また随分と若いな」
「できるはずがない。見よ、あの小さな杖を」
「あの黒髪は、どこの人間だ?」
遠慮のない声は、魔法使いたちからも王宮の者たちからも聞こえる。チラリとジェイドを伺いみれば、彼は驚いたようにレオナを見ていた。
ーー無理もない。さっきまで金髪だったレオナの髪は、今は闇を纏ったような漆黒の色になっていた。先ほど、ジェイドと離れた一瞬の間に自分の髪に魔法をかけたのだ。魔法の効果によって髪は光を吸収し、そのおかげで漆黒の髪色に見える。勇者であるジェイドに本来の髪色を見られたのは想定外だったが、少しでもレオナの素性を誤魔化すために必要だった。
ジェイドから視線を外し、未だ無傷で宙に浮く魔石を見つめる。
(ああ……お父様、お母様、ここまで来たのに、結局何も思いつかなかった愚かな娘をお許しください)
ぎゅう、と杖を握る手にますます力がこもる。
散々考えたものの、結局何も良案は思いつかなかった。正確にはいくつかの案を考えたのだが、それらは全て先んじた魔法使いたちが実践してしまったのだ。中には、レオナが想像すらしていなかった方法を試した者もいるが、全てなしのつぶてだった。
「もう時間はカウントしています」
「……わかりましたわ」
すぅ、と大きく息を吸い込む。
(こうなったら……脳まで筋肉作戦です。ひたすら力でゴリ押ししますわ!)
決意して、ぐっと石を正面から睨んだ時だった。
チカ、と石が瞬いた。
(あら? 何かしら、あれは……)
最初は気のせいかと思ったが、目を凝らしてよくみると、石の中央あたりにシャボン玉のような、オパールのような、虹色の膜が揺らめいている。よく見ようとさらに目を細めて睨んでいると、動きがないことにまた周りからヒソヒソ声が漏れた。
「見ろ、硬直しているぞ」
「あれだけ試し尽くされたんだ。手段がないんだろう」
「あと五分です」
それには構わず尚も見つめていると、チカ、チカと、瞬きが鱗粉のように漂ってきて、石が語りかけてくる。
『ーー……真ん中を、思い切り』
それは、久しく聞いていなかった精霊の声だった。チカ、チカ、と挨拶をするように頬を撫でてゆくそれに、レオナが目を瞑り、やがてうっとりと微笑んだ。
「……ありがとうございます。助かりましたわ」
その時、目を瞑っていたレオナには見えていなかったが、ジェイド、ヴィム、シェリルの三人ーーつまり勇者一行に選ばれた三人が、ハッとしたように一斉に石を見ていた。
(そうだったのね。今までの方は、純粋な力不足。ならばわたくしは全力を出せばいいだけ)
大きく深呼吸をして、杖から手を離す。それから水をすくうように両手を合わせると、顔の前にかざした。
「フレ・ミユール」
ーーその日、アレキサンドロ王国の首都キヤラットは、突如恐慌状態に陥った。
国の核でもある王城で、突如辺り一帯を揺るがすような、凄まじい轟音が響き渡ったのだ。人々は皆魔物が襲撃してきたのかと思い、腕に覚えがあるものは武器を取って立ち上がり、そうでない者は大事なものを抱えて逃げ惑った。
その騒ぎをなんとか鎮めたのは王宮直属の兵士や魔法使いたちであり、彼らは声を張り上げ、口々に叫んだのだ。
「落ちついてください! これは魔物の襲撃ではありません! 落ち着いて! これは魔法使い様が見つかっただけなのです!」
ーー人々はのちに、この日のことをこう語った。「漆黒の魔女のうっかり」と。