08 冷血令嬢、王城に向かう
「そう、だから道をご存知でしたら教えて頂きたいのですけれど……」
「レオナ、君は魔法使いなのか?」
驚いたように尋ねてきたのは、ジェイドだった。
「ええ。……ミドランダ出身なの」
怪しまれないよう、にっこり微笑んで見せる。ミドランダはカルディアの南東に位置する小国で、カルディアほどではないものの魔法使いが多数在籍し、また少ないながら女性魔法使いも存在している国だ。
「ああ、だから君の共通語はそんなに柔らかいのか」
納得がいったようにジェイドは言った。
大陸共通語と一口に言っても、地域が違えばその発音は多岐にわたる。ここアレキサンドロでは子音の音が強く出る歯切れの良い発音が主流だが、カルディアやミドランダを含む西の国では、舌を巻き込んで発音する流麗な音が特徴だった。
「そうなんですの」
ミドランダ出身の女魔法使い。それが『レオナ』の設定だ。そしてレアンドラは今から、レオナとして生きていくことになるのだ。
「そうかあ……。その、マホウツカイセンバツてのはよくわからねえが、やらなきゃいけないことがあるのはわかっただす」
そう言って立ち上がったモアブは、膝をパンパンと叩いた。
「ここでお別れなのは残念だすが、また会ったら、その時は俺たちに続きを教えてくれねぇだすか?」
「にいちゃん……いいんだすか?」
「『断られたら潔く諦める』んだすな?」
「あっ……」
レオナの教えを、モアブは律儀に守ろうとしているらしい。嬉しくなってレオナは微笑んだ。
「ええ、そうですわね。またお会いしたら、……もしかしたらすぐお会いするかもしれませんが、その時は続きを話しましょう」
短時間のやりとりではあったが、レオナはこの風変わりな兄弟に愛着を感じてしまい、すっかり好きになっていた。もし勇者一行の魔法使いに選ばれなかったら、ここで暮らしながらこの素敵なお友たちと話をするのも楽しいかもしれないなどとさえ考える。そこへジェイドが声をかけた。
「王城に行くなら、俺が案内をしよう。ちょうどそっち側に向かっていたんだ」
「あら、そうなんですの? ジェイドも選抜に参加……ではなさそうですわね。騎士でいらっしゃるのかしら?」
「そんなところかな。さ、少し急ごう。記憶が確かなら、今から行けばギリギリ午後の選抜にまだ間に合うはずだ」
「そうなんですの? では急がなければいけませんわね」
レオナは急いで立ち上がった。まだ名残惜しそうなモアブとアモンに別れを告げて、ジェイドと一緒に中央に見える白亜の王城に向かって歩き出す。
王城には、全体を包むドーム状のような結界が張られていた。王都全体にも大きな守りの結界が貼られていたが、王城に貼られているものはそれとは比較にならないほど強く眩い。さすが天下のアレキサンドロ王国だ。
「幸先がいいですわ。こんなに詳しく知っている方に案内してもらえるなんて」
「俺も驚いた。君は全然魔法使いには見えなかったから」
そういいながら、二人は店を出てからどちらからともなくすっぽりと顔を隠すようにフードを被った。レオナはともかくジェイドがそうするのは意外だったが、深くは尋ねない。ジェイドの見た目から言って、女性の視線を余計に惹きつけてしまうであろうことは容易に想像できたのだ。そのための対策なのかもしれないなどと勝手に考える。
「ところで、君はどのくらい魔法が使えるんだ? 魔王討伐を目指すくらいだから、かなりだとは思うんだが……」
「レオナで大丈夫ですわ。魔法については、そうですわね……」
問われて、少し考える。どこまで話していいものか。
「わたくし、杖を使わなくても魔法を出せますわ」
「杖なしで? 魔法使いなのに杖が見当たらないから不思議に思っていたんだが、道理で……」
ジェイドは納得が言ったように、一人で頷いていた。
レオナが魔法使いと名乗った時に、彼が驚いていたのも無理はない。なぜなら、一般的に魔法使いという生き物は杖と詠唱が必要不可欠と考えられているからだ。杖の大きさは大小様々だが、基本的には大きければ大きいほど魔力も増す。杖なしのレオナなどは、他所から見れば魔力がないに等しいも同然なのだ。
まだ何か考え込んでいるジェイドの顔を盗み見ながらレオナは、実は詠唱も必要ないと言うことは黙っておこうと密かに決める。
そこから二人はしばらく黙々と歩いた。こう言う時は何か話をした方がいいという気がするのだが、何せ急いでいる身。普段から歩き慣れているわけではないレオナは、ジェイドについていくだけで必死だった。長旅に耐えられるようしっかりとしたブーツを履いてきてはいるものの、足は少しずつ疲れを訴え始めている。
やがて登り切った太陽が少し落ち着きを見せ始め、王城がだいぶ間近まで迫ってきた頃、それまで何か考え込んでいたようなジェイドが不意に足を止めてこちらを見た。
「君は、いや、レオナはどうして魔王討伐に? 見たところ、とてもいい所のお嬢さんだという気がするのだが……」
ジェイドの言葉に、レオナはぎくりと身を硬らせた。言葉遣いがいけなかったのだろうか。どうも育ちの良さを見抜かれてしまっている。
「そ、そうですわね……。田舎の、領主の娘ぐらいと言ったところかしら、ええ……」
(そう田舎よ。アレキサンドロのような大国から見れば西にあるカルディアなど、きっと田舎ですわ。違いありません。だから嘘はついていませんわ、多分……)
心の中で盛大に言い訳を述べながら、レオナはぎゅっと両手を握った。とりあえず、家の話題から話を逸らさねば。
「理由は単純ですわ。お母様を魔物に殺されたんです」
ジェイドがハッとした顔をしたのを見て、レオナはすぐさま付け足す。
「ああでも、勘違いなさらないでくださいませ。復讐というわけではないんですのよ。そうではなくて、わたくし、その時本当はやろうと思えばお母様を……いえ、その場にいた人々をみんな守れるほどの力を持っていましたの。……なのに、怖くて使えなかったんです」
怖かった。母の言いつけを破って力を使い、その結果一族全員に迷惑をかけることが。
「力はあったのに、自分の臆病な心に負けて、結果お母様を見殺しにしてしまった。……わたくしはその事が何よりも悔しいんです。もう、何もせずにただ奪われるのを見たくない。そしてできることなら、わたくしが天より授かった才能で、この戦いに終止符を打ちたいんですの」
言い終わってから「理由はこれくらいで十分ですか?」とジェイドを見上げれば、彼はまるで痛みを堪えるかのように、ギュッと眉根を寄せてレオナを見ていた。
「そうか……。詮索して悪かった。神官以外で、初めて女性の志願者を見たからつい」
「まあ、そうですわよね。気になるのもしょうがありませんわ」
レオナは気にしていなかった。以前ユアンも言っていたが、基本的に勇者一行というのは暗黙の了解でそれぞれの性別が決まっている。勇者、戦士、魔法使いの三人は男。そして神官だけは女性だと。明確に記してあるわけではないのだが、事実選ばれた者は皆例外なくそのようになるのだ。だから女魔法使いが最初から諦めて応募していなかったとしても不思議なことではない。
(お決まりといえば、魔王討伐後は勇者と神官が結婚する……と言うのも大体いつものパターンでしたわね)
歩きながら、頭の中の情報を思い出す。
確か過去には勇者がどこぞの王女と結婚した例もあるようだが、過酷な旅の中で、勇者が紅一点であり、神聖な回復魔法の使い手である神官に惹かれるのも無理がない話だと思う。
(それに、今度の勇者と神官は二人とも随分な美形だという話を聞きましたわ。侍女たちがそれで早くもラブロマンスの匂いを感じ取って騒いでいたからよく覚えて……うん?)
ふと、重大な引っ掛かりを覚えてレオナは立ち止まって顔を上げた。
「ジェイド?」
「なんだ?」
釣られるように立ち止まった彼の顔をじっと見る。よく観察すると、この男の美形さにまた心臓が騒ぎ出してしまいそうだ。まつ毛も長く、程よい厚さの唇も大変いい感じで、欠点らしい欠点と言えば少し生えている無精髭くらいだろうか。全体的に素晴らしく調律がとれた大層な顔立ちである。
「……あなた、もしかしてクエ、違う、クワ……」
「クワロウ村?」
「そう。その……クワロウ村の出身だったりしませんこと?」
聞きながら、レオナは冷や汗をかき始めていた。
「そうだ」
「じゃあ、もしかして、氏はバーナードだったりしますの?」
「そうだが」
(あ、やっぱり……! この人、いえこの方って……!)
あっさりと頷いたジェイドに、レオナの顔が引きつった。そして彼女が口にするより早く、王宮の門から飛び出てきた兵士が、ジェイドに向かって叫んだ。
「勇者様! ようやく見つけましたよ! どこに行っていらしたんですか!」
ーーアレキサンドロ王国の南の僻地に位置する小さなクワロウ村。そこに住んでいたジェイド・バーナード。それこそが、選ばれし勇者の名前だった。