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04 冷血令嬢、魔王討伐に想いを馳せる

「ーー僕は悔しいですよ」


 回想に耽っていたレアンドラの意識を、ユアンの不満そうな声が引き戻す。


「本来なら、姉上はどれだけ褒賞を与えてもまだ足りないほどの善行を働いたというのに、褒賞どころか、貶められるなんて……」


 ユアンたち家族はみな真実を知っている。レアンドラとしてはもうそれだけで十分なのだが、弟はことあるごとに不満を漏らした。


「しょうがないわ。わたくしは女だもの。魔女は災厄になるっていう言い伝えは、この国では誰もが知っていることなのよ」

「それだって本当かどうか眉唾ものですよ。そもそも魔法大国であるはずのこの国で、なぜか女性にだけ魔力が宿らないのもおかしいし、あったらあったで魔女扱いだなんて」


 ぷりぷりと怒る弟に、レアンドラはふっと笑った。言葉は乱暴だが、ユアンは本当に姉想いなのだ。


「だからわたくし、この国を出るんでしょう? 女性魔法使いが珍しくないアレキサンドロ王国であれば、わたくしが魔王討伐の一行に参加できるかもしれないわ」


 はずんだ声でレアンドラは言った。


 大陸の中では西の方に存在するカルディア王国の東のさらに東。中央諸国の中で最も富と権威を持つ巨大なアレキサンドロ王国。一年前、彼の地の大神殿で、魔王を討伐する勇者が託宣され見つかった。アレキサンドロの僻地から呼び出された勇者の話は瞬く間にこの国にまで知れ渡り、それと同時にたくさんの魔法使いが、勇者と共に魔王を倒す伝説の魔法使いとなるためにアレキサンドロを目指して出発した。

 だが一年経ち、勇者一行のうちの神官が見つかっても、戦士が見つかっても、魔法使いだけは一向に見つからなかった。別段、魔法使いの質が落ちているわけではないと言う。それでも、勇者に同行できるだけの魔法使いが見つからないということで、アレキサンドロのみならず、大陸中が疲弊していた。そうしている間にも、ひずみは増え、魔物たちは力を増すばかりなのだから。


「最初はわたくしには関係のない話だと思っていたけれど……時間が経てば経つほど、わたくしは行かなくちゃいけない気がしてきたの。今は、それこそがわたくしの運命だと思っているほどよ」


 神の声を聞いて選ばれる勇者と違って、魔法使い、戦士、神官の三人は人によって選ばれる。人が選ぶのであればレアンドラにだってチャンスはあるはずだ。


「それはそうですが……無謀ですよ。僕も調べてみましたが、歴史を遡ってみても魔法使いに女性がいたことはありません。戦士は男、神官は女と決まっているように、魔法使いは男と相場が決まっているんです」

「今まではそうでも、今度は違うかもしれないじゃない。女性で魔力を持って生まれたのだって、この国ではわたくしが初めてなんでしょう?」

「それは……まあそうですが……」


 ユアンは何かを言いかけ、諦めて黙り込んだ。それを見てレアンドラが微笑む。

 実際の所、この国に魔力持ちの女性が生まれたのは恐らくレアンドラが初めてではないと彼女は考えている。過去には魔女だと言われて処刑された前例がわずかにだがあり、そこまではいかなくとも、魔力らしきものを持っている女性の噂というのは各地に点在しているのだ。だが、誰もそのことを口にしない。あの不吉な言い伝えがある限り、誰も表立って自分が魔力持ちだとこの国で主張するはずがないのだった。


(恐らくみんな……わたくしと同じように他国に逃げたのではないかしら)


 侯爵令嬢であるレアンドラはともかく、平民女性ならばそれが一番賢い生き方だ。例えば女魔法使いが許されているすぐ隣のミドランダ王国であれば、処刑される恐れもない上に、魔法使いとして認められれば今よりいい暮らしが望めるかもしれない。レアンドラも平民であったら、迷わず移住していただろう。


「それに、さっきあなたも言ったけれど、悔しいじゃない」


 レアンドラの言葉に、ユアンが少し驚いたように彼女を見る。


「もしわたくしが男だったら、きっとお母様は今も生きておられたわ。あそこにいたたくさんの人たちも、助かったかもしれない」


 レアンドラが何の話をしているのかに気づいて、ユアンはハッとした。


 六年前。よく晴れた夏のある日。バイミラー侯爵一家は、領地の端にあり、避暑地としても有名な地へ視察を兼ねた家族旅行に来ていた。家族全員が揃っての旅行は久しぶりで、はしゃいでいたのは何も子供たちだけではない。普段家からあまりでない母も、仕事に忙殺されている父も、それに使用人たちまでもが浮かれ、夏の爽やかな風を楽しんでいた。見晴らしのいい丘に陣取り、さあこれから楽しいピクニックをーーそう考えていた矢先のことだった。

 辺りが突然陰ったことを不思議に思い、幼いレアンドラが見上げると、空は一面の魔物で覆われていた。怪鳥の形をした魔物は筋張った大きな翼をはためかせ、血走った目はギョロリとして焦点が合わず、醜く尖った口からはだらりと涎を垂らしている。やがてその口から、けたたましい、ひきつれるような不快な鳴き声が響き渡った。


 それは、凄惨なる狩りが始まる合図だった。


「ーーあの時、魔法を使おうとしたわたくしをお母様が庇ったわ。もし魔法を使ってしまったら魔女だということがばれてしまうから、我慢しろと、ずっと仰っていた。わたくしは我慢したわ。我慢して、我慢して……その結果お母様は死んで、他にもたくさんの人が死んだのよ」


 レアンドラは痛みをこらえるように、ぎゅっと目をつぶった。


 あの時、護衛のために騎士も魔法使いも連れてきてはいたが、現れた魔物の数があまりにも多かった。そして足をもつれさせて転んだレアンドラを、魔物は見逃さなかった。鋭く大きな鉤爪が間近に迫り、襲いくる衝撃を覚悟して目を瞑った次の瞬間、レアンドラは母に抱えられていた。そして魔物の太い鉤爪は、深々と母の体を貫通していた。


「おかあさま……?」


 レアンドラのことを守るように、庇うように抱えていた母は、痛みに顔を歪ませながらもしっかりとレアンドラの瞳を見た。そして囁いたのだ。


「だめよ、今ここで魔法を使ってはいけないわ、お願い、我慢して」


 と……。


 レアンドラは母の最後の言いつけ通り、唇を噛んで我慢した。そして噛んだ唇から血が出るほど我慢して得られたものは、母の死と、大勢の領民の死だった。


 あの時の悔しさ、悲しみを、レアンドラは一生忘れることはできないだろう。

 そしてもしあの時、レアンドラが自らを抑え込まず、その驚異的な力を使っていれば、あそこまでの死者は出なかったかもしれない。それはレアンドラがあの惨状とともに、何度も繰り返し考えてきたことだった。


「……思えば、その頃からでしたね。姉上が真剣に魔法を勉強し始めたのは」

「ええ。同時に、あの頃からわたくしは、いつかこうなる日を夢見ていたのかもしれないわ」


 家族や身分のしがらみから解放され、魔物を倒すため、人々を守るために自分の力を振るう。それはなんて素晴らしいことなのだろう。レアンドラの父はこの国の宰相で、レアンドラ自身は王太子の婚約者だったために迂闊な行動は取れなかったが、今ならば出奔したところで誰にも文句は言われないと考えている。事実、傷心を理由にもうこの一ヶ月ほど引きこもっているが、様子を伺う手紙を送ってくるキール王太子の他に、苦言を呈するものは誰もいない。


「そう思えば、アリシア様にも感謝しなければいけませんわね。わたくしの代わりに王妃という大役を代わってくださるなんて……」

「いや、姉上。それとこれは別ですよ。別に姉上贔屓だからってわけじゃありませんが、僕はどうもあの女性のことは好かないです。なんであんなに人気があるのか謎なくらいですよ」

「それは……とても可愛らしいお方だから」


 アリシア・ロイス。ロイス伯爵家の一人娘で、幼い頃は病弱で社交界にはほとんど姿を見せていなかったが、一年前に遅めの社交界デビューをしてからあっという間に社交界の話題をかっさらっていった女性だ。淡いストロベリーブロンドに、春の花を思わせる可憐な容姿と柔和な雰囲気。庇護欲を掻き立てずにはいられないアリシアの愛らしさは、たちまちキール王太子まで虜にした。


(それもしょうがないですわね……元々キール殿下は、あの魔法塔の事件以来、わたくしを嫌悪していたようですし)


 皮肉なことに、王子を助けるための行動が、王子に嫌われるきっかけとなってしまった。今でもあの時の判断に悔いはないが、事件以降レアンドラは冷血令嬢と後ろ指を刺されるようになり、まだ幼かった彼女は深く傷ついたものだ。それは彼女から笑顔を奪い去り、そんなレアンドラを見たキール王太子はますます態度を硬化させ、二人の関係はどんどん冷え込んでいった。

 今でこそレアンドラは家族の前でなら笑えるようになったが、一歩社交界に出れば、たちまちその顔は強張って、美貌よりもキツさばかりが目立ってしまう。


「キール殿下のことはお願いしますわね。わたくし、彼のことは結構好きだったんですのよ。向こうには嫌われてしまいましたけれど」


 婚約破棄に、全く傷付かなかったと言えば嘘になる。けれどアリシアが現れ、キール王子の気持ちが目にわかるくらい彼女に移ったのを見てレアンドラが最初に思ったのは、「自由になれたら、魔法使いとして出ていくチャンスが来るかもしれない」だった。だから二人に対して、怒りといった感情が一切ないのが正直な気持ちだ。けれどユアンは、姉と同じ考えではないらしく、フンと不満そうに鼻を鳴らして言った。


「元々姉上との婚約はキール殿下が望んだからこそ実現したものなのに、あっさり乗り換えるなんて不誠実な上に見る目もない。それを言うならこの国の貴族たちはほとんどがそうですけど」

「しょうがないですわ。もしかしたらみんな、どこかで感じていたのかもしれませんわね。わたくしが普通と違うって」


 人間というのは、自分たちと違うものを敏感に嗅ぎ分ける。レアンドラが魔力持ちだということはわからなくても、本能が彼女を忌避させていたのかもしれない。


「……それで、いつ、出発するつもりなんですか」


 話を逸らすようにユアンが言った。


「明日の朝よ。皆が寝ている間に発つわ」


 夜明け前、まだ皆が寝静まっているうちにこっそりと家を抜け出し、馬で駅馬車が出ているところまで行く。その後、レアンドラは乗合馬車を乗り継いで、アレキサンドロ王国までいこうというつもりだ。この日のために、レアンドラは密かに乗合馬車の使い方や宿屋の取り方、街で生活していくための諸々を勉強して頭に叩き込んでおいた。


「……わかりました。どうかくれぐれも気をつけてください、姉上」

「ええ、あなたも元気でね、ユアン」


 そう言ってレアンドラは、優しく弟を抱きしめた。

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