02 冷血令嬢、まさかの天才だった
レアンドラ・バイミラー侯爵令嬢。宰相でもあるバイミラー侯爵家の長女で、黄金のように輝く豊かな金髪に、純度の高い宝石を思わせる水色の瞳。美丈夫である父親譲りのきつめの美貌は、人形のようだと評されている。その家柄の良さと美貌から彼女はキール王太子の婚約者として長年社交界に君臨してきた。
だがーー。
「ご存知? 冷血令嬢が、婚約破棄されたそうよーー」
「そりゃあそうよね。冷血令嬢は見た目と家柄だけですもの。それに引き換えアリシア伯爵令嬢の愛らしさと言ったら……まるで天使のようじゃありませんか」
「ええ、最初からこちらが正しい組み合わせだったのですわ。そうに決まっています」
人々から囁かれたのは、そんな話ばかりだった。
「やれやれ、みんなここぞとばかりに姉上のことを好き勝手言っていますよ」
ばんと乱暴な音を立ててドアを開け、ユアンが部屋に入ってくる。その顔は怒りでまなじりが釣り上がっていた。
「あら、わたくしの評判が悪いのは今に始まったことじゃなくてよ。皆、矛先が見つかって嬉しいのでしょうね」
「嬉しいのでしょうねって……全く、姉上は寛容にも程がありますよ」
ユアンはむくれて、首元のタイを緩めると乱暴にソファに身を沈めた。
「寛容なのではなくて、興味がないのですわ。社交界のあらゆることに。言ったでしょう? わたくしが本当にしたいことは一つだけ。魔王討伐だけだと」
微笑んで言えば、ユアンはさらに大きくため息をついた。
「それが一番解せないんですよ。勇者に魔法使いに戦士に……強者は山ほどいるのに、なぜ侯爵令嬢である姉上がそんなことをしなければいけないんです?」
「あら……だってわたくしが誰よりも魔法の才能に恵まれているのは、魔王討伐のために神様が遣わしてくださったからでしょう?」
言うなり、レアンドラはふわっと手を広げた。その細い指先から、つるが伸びるように水が曲線を描きながら部屋に広がっていく。水のつるはやがて土のつるに姿を変え、さらにはそれが燃え盛る火の鳥となり、レアンドラがパチンと指を弾くと最後は風に吹かれて消えた。
どう? と言わんばかりにユアンに向かって微笑んで見せれば、弟は今日何度目になるかわからないため息をついた。
「姉上の才能は十分知ってます。魔法詠唱もなしにそんな芸当ができる人を僕は知りませんよ。でも誰かに見られたら本当にまずいんですから、そう簡単に披露してくださらなくて結構です」
レアンドラは、魔法使いとして天才と呼ばれる程の才能を持って生まれた。彼女はまだ言葉も話さない赤子の時から精霊たちと会話をし、魔法使いたちが血の滲むような努力をして手に入れる魔法を、幼児のうちからいとも容易く習得してしまったのだ。だが、ある意味それは彼女の悲劇の始まりとも言えた。
『ああ、レアンドラ……。あなたが男だったら、どんなによかったか』
幼き日に母が言った言葉が、この国の全てだった。
建国以来何百年と続く由緒正しきカルディア王国は、代々魔法使いを輩出する魔法大国として中央諸国の中でその地位を確立させている。国のあちこちに魔法使いを育成する魔法塔が立てられ、日夜優秀な魔法使いを育てるべく国をかけて注力していた。今まで勇者一行に同行して共に魔王を倒した魔法使いのほとんどが、カルディア王国出身と言ってもいいくらいだ。だが、そんな華々しい経歴を持つカルディア王国には、一つだけ、忌々しい言い伝えがあった。それは……
『魔法使いはこの国に富と栄誉を。魔女は、この国に災厄をもたらす』
つまり、カルディア王国では、女が魔法を使ってはいけないのだ。そしてその言い伝えを裏付けるかのように、この国にはどれだけ女が生まれても、魔力を持つことはなかった。ただ一人、レアンドラを除いて。