17 漆黒の魔女、野営をする
「いやあ俺たち、まさか魔法使い様がレオナ姐さんだとは思わなかったぜ!」
ぱちぱちと爆ぜる焚き火の前に大きな体を屈めながら、兄のモアブが言った。
「そうなんだす。噂では、“漆黒の魔女“って聞いてたから、パレードで見てびっくりしちゃったんだすよ」
その隣で、手を膝の上にお行儀良くちょこんと乗せているのは弟のアモンだ。
夜も深くなり、食事を終えた一同は休息を取るために野営を張っていた。あちこちに寝泊まり用のテントが張られ、神官たちが魔物や獣を寄せ付けないための結界に綻びがないか、点検して回っている。
「あら、そうだったの。あなたたちの姿は見当たらなかったのだけど、どこにいらしたの?」
レオナは、ジェイドやシェリル、ヴィム、モアブとアモンらと共に焚き火を囲んでいた。
「教会の丘だす!」
「教会の?」
ジェイドが驚いたように片眉をあげた。彼が驚くのも無理はない。教会からパレードで使った道まではかなり遠いのだ。あの丘からでは、かろうじてレオナの姿形は見えるかもしれないが、普通顔を見分けるなんて到底無理な話だろう。
「俺たち、目はいいんだすよ!」
モアブが誇るように体を揺すった。
「目がいいにも程があるだろうよ」
ヴィムが面白がるようにガラガラと笑った。彼がこういう笑い方をする時は、相手を気に入っている証拠だというのをジェイドに教えてもらったことがある。そして言葉通り、ヴィムは興味津々と言ったようにモアブたちに話しかけていた。彼の言う『デカブツ枠』が自分以外に増えて嬉しいのもあるのだろう。
モアブたちは問われるまま、自分たちが遥か遠く北国のど田舎出身であることや、レオナとの出会いを話していた。
「レオナ、お前そりゃないだろう。こんなデカブツ2匹を街中でひざまずかせてって……くくく」
モアブたちとのエピソードを聞いて、ヴィムが笑い転げている。酒も入っていないのに本当に陽気な男である。
「それが一番手っ取り早くわかりやすかったんですもの」
「おい、ジェイドもその場にいたんだろ? 止めてやれよな」
「あの時のレオナは迫力があった。俺には見ていることしかできなかったよ」
言いながら笑うジェイドの顔を見て、レオナの耳が赤くなった。
(……やっぱり、やりすぎたかしら?)
自分としてもちょっと大袈裟かなと思っていたが、改めて他人に指摘されるととても恥ずかしい。
「も、もう人前であんなことはしませんわ」
「なんでだよ。面白いからもっとやれ」
全くこの男は! と思いながら、レオナはつんと顎をそびやかした。そこへ、兄モアブが身を乗り出してくる。
「そういやあ、俺も聞きたいことがあるんだけどいいだすか?」
「何かしら?」
「なんでジェイドの兄貴だけ、シェリル様と一緒の馬に乗ってるんだす?」
思わぬ問いにどう答えたものか考えていると、代わりにジェイドが口を開いた。
「ああ、シェリルは乗馬には不慣れなんだ。だから俺が乗せている」
「そういうことだすか〜」
ジェイドが答えれば、アモンが納得がいったように頷いた。当事者のシェリルは、黙って恥ずかしそうに身をもじもじとさせている。
「けど……それじゃあ逆にシェリル様がしんどくねぇだすか? 相乗りって言っても相当な時間乗ってれば、お尻が痛くなるだすな?」
続けられた兄モアブの言葉に、その場にいた皆が驚いた。確かにモアブの言うことは事実なのだが、まさかこの岩のように頑丈そうな男から、そんな繊細な気遣いが出てくるとは思わなかったのだ。
「それは……確かにそうなんだが、歩くよりはいくらかましだと思う」
ジェイドの言葉にレオナが頷く。実際レオナも太ももやお尻などに多少の疲労を感じているものの、同じ距離を歩き続けるよりは楽なのだ。
「だったら、そういう時こそ俺たちを使ってくれだす! 俺、前に神官様が輿で運ばれてるのを見たことあるんだす。あれだったら俺とモアブでシェリル様一人ぐらい楽々運べるぜ!」
「ああ、なるほど。その手がありましたわね。それ、いいんじゃないかしら?」
「で、でも、流石にお二人に運んでいただくのは申し訳ないです!」
レオナが同意すると、シェリルが必死に手を振って否定する。それを聞いたジェイドは、しばし考えたのちにあっさりと承諾した。
「もし二人と、それからシェリルも嫌じゃないのなら、俺はそっちの方がいいと思う。やっぱり馬よりは輿の方が楽だろう」
「わたくしもそう思うわ。モアブとアモンもお手伝いしたいって言ってるし、ちょうどいいんじゃないかしら? シェリルはどう?」
「でも……でも……私一人だけそんな楽をするわけには」
「あら、遠慮なさらずに。わたくしは馬の方が好きですもの。乗馬って楽しいし、いい運動になりますわ」
「レオナもそう言ってるんだ。もちろん、馬の方がいいなら止めないけれど」
段々と声が小さくなっていくシェリルへの最後の一押しとなったのは「馬の方がいいなら」という言葉だった。長時間の乗馬がよっぽど応えたのだろう。シェリルはしばらく困ったように馬とモアブたちを見比べてから、やがて観念したように小さな声で言った。
「で、ではモアブ様、アモン様……お願いしてもいいですか?」
「もちろんだぜ」
「にいちゃん、これで俺たちにも仕事ができただすね!」
「でも輿なんてどこで手に入れるんだ? 一度王都に引き戻すのか?」
ヴィムが聞くと、シェリルがすぐさま答える。
「アレイスの教会に行けばあると思います。アレイスはアレキサンドロと同じくラザレ神の教えを説いている国ですから、祭事に備えて輿を保管してあるはずです」
「じゃあ、ひとまずはそれまでの辛抱ということだな」
ジェイドの言葉に、シェリルが頷く。話がまとまったのを確認して、そばで控えていたアボット卿が皆に声をかけた。
「皆様、そろそろお休みにいたしませんか。明日からも長いのですから、体力を保たねばいけません」
その言葉に一同は頷いた。ヴィムだけはまだ夜の談笑を楽しみたいようで一人文句を言っていたが、レオナにたしなめられると、渋々と言った様子で引き上げていった。