14 漆黒の魔女、再会する
それからレオナを含んだ勇者一行は、パレードの日までひっきりなしに各国のお偉方と引き合わされていた。
皆、初めて女性が魔法使いに選ばれたということもあり、勇者一行はもちろん、特にレオナに対して興味津々といった雰囲気を隠さない。
「いやあ、まさか我が国から女性魔法使いが出るとは! それも、こんな麗しい方が!」
目の前でニコニコしているのは、ミドランダの大使という小太りの男性だ。レオナよりも背が低いその男性は、いかにも人が良さそうな笑顔を浮かべている。
「えーと、出身はどちらでしたかね?」
「フィリヨですわ」
「おお、フィリヨか。あそこのリンゴ酒は我が国でも自慢の一品だ。フィリヨにあなたのような人がいたとはねえ」
レオナはミドランダの中でも端っこにある僻地の名前を上げた。
(地理をしっかり学んでおいて良かったですわ……。何事も勉強しておくものですわね)
その後もミドランダの大使は、始終上機嫌でレオナを褒め尽くした。
やれ、我が国始まって以来の才能だの、やれ、我々は女性魔法使いの育成にも力を入れているだの、胸を逸らして話しているあたり、レオナの出身詐称はバレていないらしい。
やがてご機嫌な大使を貴賓室から送り出してから、レオナはふうとため息をついた。その途端、シェリルが駆け寄ってくる。
「よく喋る方でしたね。顔見知りなんですか?」
「いいえ、全然。わたくしは僻地の出身ですから、お偉い方についてはさっぱりですわ」
「田舎出身にしてはやたら品があるんだよなぁ」
何気なくヴィムが言って、レオナはぎくりとした。
この口調がダメなのはわかっているのだが、長年、骨の髄まで叩き込んできた喋り方というのはそう簡単には直せるものではない。無理に崩そうとするとヘンテコな言葉になってしまい、逆に注目を集めてしまうのだ。
「それは背伸びしているんですわ。やっぱり今まで男性だった魔法使いが急に小娘になってしまったら、色々侮られるかと思って」
「ふうん、大変だなあ。まあ、なんだ。女だからって色々言われると思うが、あまり気にすんなよ」
「わ! 珍しくヴィム様が優しいこと言ってる」
「シェリル、お前なあ。あとその、“様“ってつけるのやめろ。くすぐったい」
「ダメです、これはどんなに仲良くなろうと、私が神官である以上必須のものなのです」
「そうかい」
諦めたようにヴィムが言ったところで、ノックの音がして眼鏡の補佐官が入ってくる。
「ブライスです。カルディア王国の大使がいらっしゃいました」
皆が慌てて居住まいを正した。祖国の名に、レオナにも緊張が走る。
(落ち着けば大丈夫、落ち着けば大丈夫……)
深呼吸をして、握った手に力を込める。
最初に入ってきたのは、おそらく魔法塔の責任者だろうと思われる老齢の魔法使いだった。それからーー
(……お父様!?)
続いて入ってきた人物を見て、レオナは硬直した。
綺麗に撫でつけられた金髪に、切長の瞳。壮麗の盛りを迎え、貫禄が備わってますます男ぶりに磨きがかかってきたのは、紛れもなくレオナの父だった。
「カルディアの大使殿と、それから今回特別に宰相殿も来てくださったそうです」
ブライス補佐官が説明しながら、まずはジェイドに父を引き合わせている。その様子を、レオナはどこか信じられないものを見るように見つめていた。
(なぜ、お父様がここに……!?)
宰相の身である父はいつも多忙を極めていて、休みを取るためにもいつも苦労していた。それを、いくら勇者一行が決定したからといって、その挨拶のためだけに数日かけて挨拶だけをしにくるような人ではない。そのために、大使という専用の役職があるのだから。
レオナがぐるぐると考えているうちに、大使を務める魔法使いが彼女に簡単に挨拶をし、それから父が目の前にやってきた。レオナと同じ色をした水色の瞳が、じっとこちらを見つめる。
「エフライン・バイミラーです。魔法使い様のお名前は?」
「……レオナ・カーターと申します」
「『雌獅子』か。いい名だ」
そう言って父はふっと微笑んだ。
(お父様は、わたくしだと分かっていらっしゃる……)
“レアンドラ“の名には雌獅子という意味がある。そして“レオナ“は、別言語で同じ言葉を意味していた。
「あなたのような若い女性が魔法使いだと聞いて驚きました。魔王討伐は過酷だ。命も危険に晒されるだろう。あなたにその覚悟がおありかな?」
レオナはごくりと唾を飲んだ。父は、レオナに聞いているのだ。「お前はそれでも行くのか」と。
「……ええ。わたくしはそのために、才能を授けられたのだと思います。きっと打ち勝ってみせますわ」
「そうか。……本当は代わってやれたらよかったのだが、君たち若者に頼ることしかできない大人を許してくれ。心より、君たちの無事を祈っている」
父の染み込むような低い声が、レオナの胸を打った。それは、宰相としてではなく、父として娘に贈られた言葉だった。
「ありがとうございます。どうぞ、見守っていてください」
(お父様は、それを伝えたかったのね……)
レオナが祖国を発ってから、父がどうしていたのかはわからない。弟のユアンはレオナの企みを知っていたが、父に言えば反対されそうだったから内緒で出てきてしまった。ユアンは勝手に秘密を打ち明けるような子ではないから、きっと父は自分で気づいたのだろう。勇者一行の魔法使いが、自分の娘に決まったということに。
だから、わざわざアレキサンドロ王国までやってきたのだ。娘を、レオナを送り出すために。
(お父様……わたくし、きっとやり遂げるわ。どうか見ていてください)
堪えていないと、熱くなった目頭から涙が溢れてしまいそうだった。そう思っていたら、父がさりげなく体でレオナを隠すように立ってくれている。その気遣いに感謝しながら、レオナは急いで目元を拭った。
*
「ふー。俺たちは一体全部で何人に挨拶したんだ? 魔物と戦ってるより疲れた気がするぜ」
予定していた各国の大使全員との面会を終え、ヴィムが大きな体をソファに沈めて言った。みしみしと、革張りのソファが悲鳴をあげる。
「二十三人です! ねっレオナ様」
「そうですわね」
「覚えているのかよ! ……まさか一人ずつ名前までは覚えていたりしないよな?」
ヴィムの答えに、レオナとシェリルが顔を見合わせる。
「覚えてます!」
「覚えていますわ」
貴族社会にいた関係上、レオナは人の顔と名前を覚えるのは得意だった。また、シェリルも神童とか聖女だとか呼ばれているのは知っていたが、改めて頭の良さを感じる。
「お前ら、化け物かよ……。ジェイドは俺の仲間だよなあ!?」
「……途中から顔が全員同じに見えていた」
ジェイドが漏らせば、「わかる、わかるぞぉ」とヴィムが機嫌よくその背中を叩く。その一撃は重く、レオナだったら吹き飛ばされそうな気すらする圧に、ジェイドは僅かに体を揺らしただけだった。
(あれが勇者の体幹なのね……)
などと密かに感心していると、また唐突にブライス補佐官が中に入ってくる。連日の度重なる業務で、心なしか最近の彼はやつれ気味だったが、大使たちの謁見という大きな業務を一つ終わらせたからだろうか。眼鏡の奥の瞳が生き生き……というよりはギラギラとしていた。
「皆様お疲れ様でした。これで残るは明後日のお披露目パレードのみです。パレードが終われば、皆様にはそのまま最初のひずみに向かってもらうことになりますので、今からその説明をさせて頂きます」
ーーいよいよだ。四人はお互いの顔を見合わせ、素早く着席した。この数日間で、僅かにだがお互いの人となりを掴み、仲間としてのスタート地点に立ち始めていた。
ブライス補佐官が、机に大きな世界地図を広げながら、ある一点を指さした。
「一番最初に向かってもらうのは、アレキサンドロの東にあるアレイス王国です。ひずみの中でも一番小さく、ここから近い。さらに、現在この大陸に現れる魔物の半数がここから出てきたものだと言われています。封印に成功すれば、それだけで魔物の数をグッと減らせるという意味でも重要度は高い。最初の討伐に、これほど打ってつけの場所もないでしょう」
アレイス王国。歴史の教科書でしか見たことはないが、古くからある由緒正しき王国だ。国の規模こそ小さいものの、さまざまな国の文化の影響を受けて発展した建築物は有名で、観光の名所としても知られていた。
そのアレイスの端に小さいながらも歪みが出現したことによって観光客は激減。元々稼ぎの大部分を観光に頼っていたため、深刻な被害を受けているという。
「この歪みからは兎や狼によく似た獣型のほか、鳥型など、非常に脚が速いものが多く出現します。比較的我が国から近く迅速に支援を送れたため、かろうじてアレイスの首都は無事ですが、常に命の危険と隣り合わせな状態が長年続いています。砦を守る兵士たちも、アレイス国民も限界が近い。一刻も早く、あなた方の手で彼らに安寧の地を取り戻してあげて頂きたい」
一同は頷いた。最初のひずみが現れてから、もう八年になる。近隣諸国の助けがあるとは言え、アレイス王国も国の形を保っているのがやっとな状態だろう。彼の国を救えるのは、自分たちしかいないのだ。
(鳥型の魔物……。では、お母様の命を奪った魔物は、きっとこのひずみから来たのね)
レオナは苦々しげに、じっと地図上の小さな黒丸を見つめた。翼を持つ鳥型の魔物を仕留めるのは魔法使いでも難しいと聞く。アレイスのひずみから出てきた魔物はすぐさま大陸各地に広がり、凄惨な爪痕を各地に残していた。
「ようやく全員揃ったんだ。俺たちで、この戦いを終わらせよう」
ジェイドの低い声には、静かな決意が込められていた。
最初に勇者であるジェイドが選ばれてから、魔法使いが見つかるまで一年かかった。大陸中の人々が首を長くして待っていたに違いないが、その中でもレオナの登場を一番待ち望んでいたのは、実はジェイドなのかもしれない。
自分に力があるにも関わらず、何もできない。そのもどかしさを、レオナはよく知っていた。
「はい。私たちの力で、皆に安寧を」
シェリルが杖を握って力強く言う。ヴィオとレオナも、大きく頷いた。