第6話 学校生活の始まり
アルストロメリア入学式当日、オルトは朝早く荷物を纏めて教会から出る準備をする。
「しっかし、昨夜のガキ共はあんだけギャンギャン泣いてたってのに、起きられんとはなぁ」
「仕方ないよ、早いし。だから昨日の内に、盛大に別れを惜しんでくれたわけだし」
門出を見送るのはソルダのみ。学校まではシスターフェアラートが魔法で送る手立てになっているが、深酒でまだ就寝している。
「でもこれで、ソルダは僕のお目付役は解任だね」
「は、は? 何言ってんだよ……?」
「誤魔化さなくていいって。あれだけの実力があって、マスターの下にいるんだ。世界魔法協会に関わっていないわけがない。守ってくれてありがとう」
「……ちぇ、見透かされてたとはな……俺はでも別に__」
「それでも僕は、ソルダが兄のように思ってるよ」
「おっ、おまっ、小っ恥ずかしいことを平然と言うなよ……」
「ごめんね、教会は家族よりも家族でいられたから」
「……へっ、だったらいつでも歓迎するぜ、我が家に。ほれ! そろそろ起きろ!」
「フガッ!?」
ソルダはぐっすり眠っていたシスターフェアラートを叩き起こす。
「シスターが通学費ケチりたくて、自分で送るって言ったんだろ! 起きんかい!!」
「ふぁあ〜い……」
身支度を整え、シスターフェアラートは目を擦りながら、オルトの肩に手を乗せる。
「んじゃ、いくわよ」
「達者でな」
「ありがとう、ソルダ」
一瞬の内に教会から、アルストロメリア魔法学校へと転移する。山脈に隣接し、その中で最も標高が高く、敷地面積・実績も世界最大級となっている。
そして、待ち構えていたのはこの広大な学校のトップ。
「ようこそ我が学舎へ、オルト君。そして久しぶりだ、フェアラート君」
マスター兼、アルストロメリア学校校長、グランド・リアキング。
「初めまして、グランド学校長。お世話になります」
「あら、暇なのグラちゃん?」
「たわけぃ、入学者のなかで『制約者』に当たる者は儂が案内をしとるんだ。オルト君にも事前に通達しといたはずじゃ」
「は、はい」
制約者とは、危険な魔法に使用条件を課さられる者。学校の場合、該当する魔法を詳細に打ち明け、教員の監視下でなければ発動してはいけない。
「あ〜、どうりでこんなくそ早いわけね」
「このままオルト君には儂に付いてきてもらう。制約者としての手続きが終わったら、茶でも飲まんかね? フェアラート君」
「おっ高いワインでも出してくれたら付き合ってあげる」
「そうか、じゃあ帰れ」
(マスター同士とはいえ、シスターはブレないな……)
「ちぇ、お偉いんだから期待したのに。じゃあねオルト、何かあったら全員ぶっ飛ばしなさい」
「バイバイ、シスター!」
行きと同様に、シスターフェアラートは転移して去る。
「全く変わりゃせんやい、あの娘は。君も苦労したろう」
「あぁ、いえ……」
オルトはグランドに連れられ、校長室へとやって来る。一緒に入ってきた茶髪の男が声をかけるり
「よっ! 試験以来になるな、今日から担任になるハンズだ、よろしくなっ!」
「オルトです、よろしくお願いします」
(魔の手のハンズ……マスター候補者が担任とは豪勢だ)
「ちなみに、担任っていうことで君の極秘事項は特別に聞かせてもらってる。他は校長以外知らないから、注意してな」
「では早速、君の固有魔法について確認をとらせてもらう。入学試験で見せた固有魔法の劣化について」
「はい……対象は認識さえしてれば物体だけでなく、魔法や事象、人体にも作用します……そして、取り返しがつきません。僕には戻す術がないです」
「校長お手製のゴーレムがあんなになっちゃあ、人に使ったらと思うと怖いね〜」
「……2年前の事件で、君を魔法道具にしようとした連中が、朽ち果てた老人となったようにかね?」
「っ! ……はい」
「ちょ、校長……それは突っ込みすぎでは……?」
「気を悪くしたらすまない、咎めてるわけでないよ。むしろ、因果応報だと思っておる。ただ、魔法戦闘科を志望した以上、他生徒との模擬戦は避けられない。そこで心配なのは他生徒なんだ。人生に支障をきたしかねず、命に関わるかもしれん」
「わかっています……僕の固有魔法を、人体に使用しないという制約を付け加えていただければ」
「そうさせてもらおう。と言っても、最初は使用した場合に罰する。もし行ってしまった場合なんて、君なら充分承知しているだろう」
グランドが生徒手帳に制約事項を魔法で書き込み、それをオルトに渡す。
「ありがとうございます、それでは」
「学校生活を楽しみ、励みなさい」
「じゃ、また教室でな!」
穏やかな空気で学校長室から出ようとドア開けると、女性が倒れていた。
「うわっ!? 大丈夫ですか!?」
オルトは慌てて倒れている女性に駆け寄り、身体を揺する。
「……ふぁ」
「え……?」
その女性は鈍重な動作で起き上がり、あくびをする。
(え、寝てた……?)
「おやおや、何事かね?」
グランドとハンズも様子が気になって駆け寄ってくる。
「えっと、寝てた子がいて……」
「ん? あぁ、この子も制約者なんだ。君の次に手続きをしようと待っててもらったんだが、長かったかな?」
(……彼女も選ばれるほどの魔法使い、か)
髪は翠色で癖っ毛が強いセミロング。猫目でおっとりした表情で、オルトと目を合わせる。
「……おはよ」
「お、おはよう」
「ハハ、朝早いから耐えきれなかったかな? すまんね、エンリル君」
「大胆だなぁ……」
エンリルはゆっくりと立ち上がり、学校長室へ歩んでいく。
「心配をかけたね、オルト君。彼女は大丈夫だから」
「は、はぁ……では失礼します」
(マイペースな子、というレベルを超えてるな……)
オルトは寮の自室で荷造りをし、入学式も終えて、教室でハンズから校則などの説明を受けていた。
それでも、エンリルのことが気になっていた。何故なら入学式でもウトウトし、今も尚眠りについているからだ。
学校のトップ、ひいてはマスターという世界でのトップでもある人と話すというのに、横になってまで寝れている。
(昨夜緊張して寝れなかった、なんてもんじゃない……もはやそういう性分なんだろうな」
制約者でもあることに加え、オルトはエンリルのことが気になって仕方がなかった。
「__これにて、君達の学校生活が始まりだ! 訓練場は今日から使用していいが、上級生との交戦はまだ禁止だ。ただ、見学なら好きなだけして構わない。それじゃあな!」
ハンズはそれだけ伝えると、教室から去っていく。徐々に教室内も騒ぎ始め、1人の男子が名乗りを上げる。
「おい! 誰か俺と戦わないか! せっかく魔法戦闘科に入ったんだ、初日からやんねぇと勿体ないだろ?」
気概に当てられ、数人の男子がその挑戦を受ける。申し出た男子を見て、クラスメートが呟く。
「あれって、ノーブル貴族のバイトじゃねぇか」
「ジュニア魔法大会でベスト4の……!!」
噂をされるなか、バイトと男子達は訓練場へと行く。
(それは見ものだな……情報もとれるいい機会だ)
オルトはそう考えて、バイト達の後をつくように訓練場へと向かう。
50はあるブースに、2階席から見学も可能になっている訓練場。常に生徒が鍛錬、もしくは模擬戦を行っている。その2階席からバイト達の戦う様子をオルトは見ていた。
最初は基本的な魔弾と魔壁の攻防戦。それでもなお、力量の差がはっきりと見てとれるほど、バイトは抜きん出ていた。
「どうした、もうへばったか?」
「くっそ、まだまだぁ!」
バイトの方が魔弾の威力が高く、魔壁は堅牢で崩れない。そのうえ、魔壁は2重に展開されている。
(上手いな……魔壁の重複は1枚目が壊されても保険になり、正面からはわかりにくい。相当慣れてるな)
「お前はよくやったよ、終いといこうか。擬似召喚、ケルベロス!」
バイトの近くに現れたのは、魔力で形質化された犬型の魔獣。
(魔獣の中でも上位のケルベロス……魂だけ呼び込み、魔力でできた器に憑依させる擬似召喚。実物には劣るものの、精巧な出来だ。それだけ、基礎魔法のレベルが高い……!)
ケルベロスを召喚してからはより一方的にバイトの優勢となる。
素早く迫り来るケルベロスになす術なく、挑んだ生徒は敗れた。
(本人の戦闘能力の高さも相まって強い……)
「っし! 次はどいつだ!? 女子でもいいぜ!」
勢いづくバイトに対して、エンリルが手を挙げる。
「……私やっていい?」
(制約者の子……!)
「お、いいねぇ! 雰囲気に似合わず好戦的なんだなお前」
「……そんな讃えなくても」
「どう受け取ったらそう感じるんだよ」
両者は決闘の準備をし、一定の距離をとる。
「はいはい、ここからは俺が仕切るぜ」
担任のハンズが現れ、バイトは疑問を投げる。
「なんで先生が急に出てくるんですか?」
「彼女は制約者、これだけ言えばわかるだろう」
「へぇ……!!」
面白い、そう言わんばかりにバイトの口角が上がる。
「……怪我させたらごめん」
「そいつはお互い様だな……!」
「んじゃ……始め!!」
ハンズの合図とともに、バイトが正面に魔壁を3枚重複して展開する。
(まだ余力を隠してたか……!)
「擬似召喚、ケルベロ__」
召喚するまでの隙を固め、戦力を増やす堅実な戦い方。オルトですら、勝負はすぐ決まらないと思っていた。
『風砲』
エンリルから放たれる暴風が軽々と全ての魔壁を破る。
「はい、終了」
バイトに直撃する寸前で、ハンズが片手で暴風を受け止めきり、決着を告げる。
「……ごめん。やっぱり怪我させるとこだった」
「ハ、ハハ……バケモンかよ……」
有無を言わせないエンリルの完勝に、オルトは冷や汗を垂らす。
(……あれはただ風魔法を飛ばしただけだ。本来、風魔法は範囲を狭めて出力を上げ、斬撃などにして使うのが主だ。なのに、それで威力は上級魔法並……それを呆気なく止めたハンズ先生もすごい……)
エンリルに対して1年生が歓声をあげるなか、オルトは見学席から離れていく。これ以上の戦いは、今日はもう見れないだろうと悟っていた。
(正直羨ましい。正々堂々、自分の魔法と相手の魔法でぶつかり、ねじ伏せる。僕にはそれができない。ただただ相手の魔法、努力や才能の証を劣化させることでしか……それでも……いや、だからこそ勝たなければいけない)
オルトは今後の行事を見据え、勝算を探っていた。若葉杯、1年生の実力試しであるトーナメント戦。その上位者筆頭が挑める2年生との実戦試合に向けて。




