第5話 魔法学校入学試験後
世界最大級の魔法学校、アルストロメリア。年に一度の入学試験を終え、教員達が受験者達の査定を行っていた。
一般科、魔法工学科、魔法戦闘科があり、共通して筆記試験と基礎魔法試験がある。それとは別に、魔法工学科は課題作品提出、魔法戦闘科は土人形との模擬戦闘試験が存在する。
なかでも、模擬戦闘試験は特殊な採点方法をとっている。土人形は頑強な造りで、魔法による生存や防御、妨害など、強者との戦闘の想定した立ち回りを見る。仮に破壊できた場合、それはそれで評価となる。
「今年もまた、粒揃いな子達が集まりましたな」
「中でも彼は素晴らしい」
教員がリストを手に取り、目を通していく。
バイト・ノーブル、男性。
・ノーブル貴族長男。ジュニア魔法大会ベスト4経歴あり。
・筆記試験、85/100点
・基礎魔法試験、90/100点
・模擬戦闘試験、7/10分の生存、ランクB
「うむ、文句なしの合格だ。貴族という名目に甘えることなく、実力と教養を兼ね備えているな」
「ノーブル貴族が代々継いでいる固有魔法の召喚魔法……まだ未完成であったが、これからの伸び代にも期待できるな」
シャルール・パシオン、女性。
・経歴特になし
・筆記試験、70/100点
・基礎魔法試験、75/100点
・模擬戦闘試験、8/10分での破壊、負傷リスク2回、ランクA
「ほう! あの土人形を破壊するとは……!!」
「今回、破壊できたのは2人だけです。彼女の固有魔法、魔力与奪によって、土人形の魔力を全て抜き取られてます。時間がかかり、危うい時もありましたが、今後化けそうですね」
エンリル・カルム、女性。
・器物破損歴多数、Aランク魔物アイアンワイバーン討伐、魔法犯罪者4人検挙。
・筆記試験、40/100点
・基礎魔法試験、65/100点
・模擬戦闘試験、10/10分の生存、負傷リスクなし、ランクA
「器物破損歴多数て」
「調べによると、魔物や犯罪者との交戦時に被害がどうしても出てしまうと……」
「模擬戦闘の記録を見れば納得でしたよ。風魔法に特化した固有魔法ですが、威力が桁違いです。土人形こそ破壊できませんでしたが、完封でした。唯一の時間満了生存者です」
「知力も基礎魔法まだまだだが、ずば抜けた固有魔法だ。実戦向けか」
オルト・アルトイズム
・旧名、オルト・セルフィッシュ。セルフィッシュ魔法道具商会の実子であるが、事情により絶縁し改名。貴族街で起きた崩落事件に関与。内容は世界魔法協会により極秘事項であり、保護対象かつ監視対象。現在はマスターのシスターフェアラートにて保護。
・筆記試験、100/100点
・基礎魔法試験、5/100点
「こ、これはこれは……なんと尖った経歴と試験結果だ」
「筆記試験は全科でトップですが、基礎魔法試験は全科で最下位です……」
「いくら事情があって頭がよくとも、魔法ができなきゃ魔法学校に入る余地はない。しかもこれで魔法戦闘科を受けるとは……マスターに保護されている人物とはいえ、贔屓はできん」
「最後までよく見てくれ」
「ん?……これはっ!?」
・模擬戦闘試験、2秒での破壊、負傷リスクなし、ランクA
「馬鹿な!? 歴代最高記録だぞ!?」
「俺が審査員だったが……本来はもっと早い。あまりの出来事に終了の合図が遅くなっちまった。すんません」
「ますます信じられん……!」
「土人形の四肢が土くれになって、即決着ってわけ」
「固有魔法の劣化で、ということですか……?」
「あぁ、魔法を発動してから発現するまでの差がなく、精度も抜群。全く末恐ろしい」
「固有魔法のみで基礎魔法が使えないとは珍しい……やっていけるのか……?」
「しかし、戦闘模擬試験で優秀な成績を収めれば合格、に当てはまります。知力は申し分ないですし、魔法戦闘科なら入学後の基礎魔法試験にも縛られないでしょう」
「……いや、私は反対だな」
老練の教員が異議を唱える。
「合格基準云々の問題ではない、この子の危険性を考慮すべきだ」
「と、言いますと?」
「貴族街で起きた崩落事件、真相は触れられないが少なくとも崩落したのは彼の魔法であろう。何をしでかすかわかったもんじゃない、我が校の沽券に関わる」
「決めつけるのはよくないな。特殊な経歴とはいえ、迷惑をかけるかはわからないだろう」
「可能性があるという時点で駄目なのだ。そもそも、監視対象であることからやはりリスクが__」
「では儂から説明しよう」
「「「校長!?」」」
金髪のオールバックに力強い目をし、厳格な雰囲気をした男が現れる。アルストロメリア魔法学校校長でありマスター、グランドリア・キング。
「オルト君はあくまで被害者、監視対象なのは情報の秘匿と、接触しようとする者を考慮してじゃよ。人格に関しても、あのマスター・エレスが太鼓判を押している。安心せい」
「ひゃあー、あの星斬りまで名が出てくるとは」
「……そうでしたか」
「言わんとすることはわかっておる。退学になったアリス君のような問題児を、警戒しておるのだろう」
「あ〜、世界魔法協会の重鎮達に喧嘩ふっかけた奴ね……」
「……左様です」
「あの子も異質な才があった故に、道を外した。また、そうならないよう教えを説くのも儂らの務めさ」
「そうですな……早計でした」
「では、纏まったということで……」
オルト・アルトイズムの資料に、合格の押印が押される。これにて、アルストロメリアの入学者が決まった。
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オルトは教会の自室にて、山積みの本に囲まれながら一冊の本を熟読する。ページをめくろうとしたその時、廊下からドタドタと音が立つのに気が向く。
「オルトお兄ちゃん!! 合格だって!!」
「馬っ鹿お前!? そういうのはちゃんと本人が開けてみんだよ!」
アルストロメリア魔法学校の合格通知書を掲げ、無邪気に喜ぶ孤児と、それを叱りつけて付いてきたソルダ。
オルトはその光景を見てクスリと笑い、本を閉じる。
「そっか、ありがと」
「……意外と喜んでねーな」
「基礎魔法試験以外は手応えあったからね。流石に落とされはしないかなって」
「ちぇ、可愛くねぇ奴。ま、『勉強は覚えるじゃなくて身につける、走るのと一緒だよ』とか訳わかんねぇこと言ってたくらいしな」
「?? それは今でも撤回するつもりはないよ?」
「あぁもういい、掘り返した俺が悪かった……ほれチビ達! オルトはもうじきいなくなる! 存分に遊んでもらえ!」
「「わああいい!!」」
「わっ、ちょっ!?」
オルトは孤児達に引っ張られ、庭へと行かされる。
「何するー!」
「おままごと!」
「3股がバレて賠償金をやりくりしてる内に、新たに関係を持つ奴!」
「そんな生々しい劇やだよ!?」
着々と準備する孤児達を見て、オルトは驚きながらも現状も省みて微笑む。
(あぁ、なんて幸せなんだ……)
残酷な世界から解放され、自由と多くの友、そして学びの場まで設けられた。
(だからこそ……隣にイヴがいてほしかった)
この幸せを、なんてことない日常を分かち合いたかった、笑い合いたかった。想像するだけでどんなに愛おしく、虚しい。
涙を流すオルトを見て孤児達はたじろぎながら声をかける。
「だ、大丈夫オルトお兄ちゃん……? まだ出番じゃないよ……?」
「ホラホラ! そんなドロドロしたままごとやってないで、早く夕食の準備をしな!」
オルトの様子を見かねて、シスターフェアラートが孤児達を離そうとする。
「でもまだ修羅場が!」
「こだわんな! はよいけ!」
孤児達の拘りに呆れながら怒鳴り、オルトとシスターフェアラートの2人だけが残る。
「胸貸そうかい?」
「……いや、大丈夫。ちょっと思い出しただけだから……」
「そ……あのね、過去ってのは変えられない。だから未来のために現在を噛み締めて生きんのさ」
「……驚いた、ちゃんとマスターらしいこと言うんだね」
「当たり前よ!! 感心したなら続きを耳かっぽじってよく聞きなさい!」
シスターフェアラートは一呼吸置いて、満面の笑みで告げる。
「そんでもって、アンタはよくやってるわ」
泣き止みかけていた感情が、再び揺さぶられていく。
「気が済んだら、来なさい」
「……うん」
シスターフェアラートは立ち去り、オルトはそのまま立ちすくむ。
(……まだ通過点に過ぎない、報われるべきは僕じゃあないんだ)
顔を拭い、風が涙の跡を撫でる。想いは風化せず、強くなっていく。




