第4話 命のやり取り
オルトが教会に迎え入れられて1ヶ月が経ち、すっかり子供達とも意気投合していた。食後の食器洗いをしていると、早速催促される。
「オルト兄ちゃーん、遊ぼうよー!」
「ごめんよ、今日はこの後シスターに用事があってね」
「えー!! お姉ちゃんとも遊ぶなんてずるい!!」
「あはは、遊びではないんだ。終わったらやろっか」
「うん! 約束だよ!」
元気に返事をして、庭へと走っていく子供達。その会話を聞いて、隣で皿を拭くソルダが質問する。
「しっかし、あんだけ否定してたのに、よくシスターに魔法を見てもらえるようとり付けたな?」
「……ちょっと躓いちゃってね。原因はなんとなくわかってるんだけど、念のため答え合わせがしたくって。こればっかりは、有識者がいないと進まなくてさ」
「ほーん、たまには善行をするんだな」
「ちゃんとお酒奢ったけどね」
「聖職者辞めちまえアイツは」
食事の片付けを終え、フェアラートと共に森の中へと行く。ソルダも面白半分で見学に来ていた。
「で、アタシに何を見てもらいたいの?」
「基礎魔法全般なんだ」
オルトは、小石程度の魔弾を生成する。
魔力の消費は少ないうえ、形成と操作を基本とするため、訓練として最適でもある。闘う魔法使いならば誰もが通る道で、熟練の魔法使いであろうと愛用し、極めて損はない攻撃魔法。
「あ〜、なるほどね。じゃあこっちに撃ってみなさい」
フェアラートはその魔弾を見て何かを察するとともに、まるでハイタッチを待つかのように片手を挙げる。
通常であれば怪我をしてもおかしくない行為。それをわかったうえで、オルトは魔弾を放つ。
パフッ。
衝突した音すら弱々しく、怪我どころか受けた反動は極々微小。
「ガキの泥団子の方がまだマシね。魔壁は作れんの?」
「うん、一応は」
次にオルトは自身の前方へ、半透明な薄い壁を作る。魔弾と対を成す基本の防御魔法である。
「パッと見は良さげじゃん。あっ」
ソルダが近づいて魔壁をノックすると、あっという間にひび割れて崩れ落ちていく。
「脆っ……!!」
「そう、これが悩みなんだ。全体的に質が悪すぎる」
「……そうね、基礎魔法の習得は諦めなさい」
フェアラートは真面目な表情できっぱりと告げる。
「おいおい、それはあんまりじゃあねぇか? ちゃんとアドバイスしてやれよ」
「最善な答えよこれが。オルトも薄々気付いているんでしょ?」
「うん……固有魔法の劣化が、全ての魔法に作用してしまってる」
「その通り。正確に言うと、魔力そのものに劣化する作用が付属してる。オンオフができないわね、工夫して基礎魔法が使えるようにっていう考えは、捨ておいたほうが賢明よ」
「やっぱりそうか……魔力を込めれば込めるほど脆弱になるから、おかしいと思ってたんだ」
「おいおいそれって、かなりハンデあんじゃねぇか……?」
「ソルダが何言ってんのよ、アンタは魔法なしで魔法使いと戦ってきたくせに」
「え!?」
「お、おい! 言わんでもいいだろ!」
「別に隠さなくてもいいじゃない」
「そ、それって、マスターのエレス・ノアみたいに……」
「やめろやめろ! 俺はそんな大層なもんじゃねぇって!」
「丁度いいわ、ソルダはこれから仕事でしょ? オルトを連れていきなさい、きっと参考になるわ」
「マジかよ……」
「仕事って……?」
「少なくとも、見学するような所じゃないんだが……」
「いいから行った行った!」
「……へーい」
「あ、あの、結局何をしてるの?」
「……行きながら説明するわ」
渋りながらもソルダは歩き出し、手招きをする。それにオルトは、よくわからないまま付いていく。
教会を離れ、人気のない街の路地へとやって来た2人。重い口を開くようにソルダが喋り出す。
「俺はさ、少年兵だったんだ。シスターが言ってた、魔法使いと戦ってきたというのはそういうことなんよ」
「少年兵ってことは……あの戦争に参加してたってこと……!?」
ソルダの年齢は16歳。そして、直近にあった戦争は1つだけ。
「あぁ、4年前の『デマンティーの戦い』だ。お馴染み、マスターのエレス・ノアが星を斬って終結させたやつな」
デマンティーの戦い。世界魔法協会と唯一の反乱国デマンティーとの戦争であった。
「俺はデマンティーで生まれた。奴らは魔法を忌み、物心ついた時にはその思想を叩き込まれる。んで、人手不足で強制参加ってわけ。だから、魔法使いとの戦い方……もとい、殺し方を心得ている」
「へぇ……どんな風に?」
「っておい!? 普通はもっとドン引きするとこだぞ! ただでさえ、デマンティー出身ってだけで、魔法使いは嫌うっつうのに……」
「生まれとか関係ないよ。どこであろうと救いようがない人はいるから」
「プッ、クク、あっはっはは!! 普通よぉ、フォローするんだったら俺を立てるべきじゃないか!」
「ごめんごめん」
「まぁいい、むしろ気に入ったぜ、その考え。柄じゃあないが、ご教授といこうじゃないか」
陽気に笑うソルダがオルトを引き連れて、薄汚れた闇市へと出る。
「んで、仕事ってのがはやい話、賞金首を狩りに来たってわけよ」
「……如何にもって場所だね」
「まだここらの輩は可愛いもんよ。追ってんのは外部から来た連続殺人犯だ。ここなら隠れ蓑に丁度いい」
ゴロツキ達が溜まると酒場へとやって来る。ソルダはその主人に話しかける。
「よぉ、繁盛してんな旦那!」
「そうでもないさ、これでもカツカツなんだ」
「本当かよ。不躾で悪いんだが、人を探してる。こいつを見たことないか?」
ソルダはカウンターに寄りかかり、写真を提示する。黄土色の髪に髭跡が多い男、追っている連続殺人犯の写真であった。
「さてね、見かけんな」
「じゃあ情報だけでも聞いたことないか? ここいらで見かけない顔が来たとか」
「なにぶん、人の出入りは激しいもんで」
「……そうかい」
「君は若いんだ、あまり危険なことに首を突っ込まないほうがいい」
「それは今更だな」
「あぁ、だからこうなる」
ソルダの後方に座っていた男達3人が、勢いよく飛びかかろうとする。
「危な__」
バンバンバン!!
気付いたオルトが忠告しようした時にはもう遅く、3発の銃声が鳴り響く。
「こいつはどういうことだ?」
ソルダは冷酷に主人を睨みつける。襲おうとした男達を、持っていた拳銃で瞬時に撃退していたのだ。
(嘘だろ……見ずに撃ってあんな正確に……!?)
「ま、まさかそんな……!?」
「てめぇが肩を貸してるのは今のでわかった。理由と居場所を吐け」
主人は銃口を首元に突きつけられ、唾を飲み込んで一思いに口にする。
「や、奴といれば、『烏合』と繋がれるって聞いて……」
「喋りすぎだよ」
酒場の入り口に杖を持った男が、魔法で火を放つ。いち早くソルダは躱し、男に向けて銃弾を放つ。頭部に当たるはずだった弾は、跳弾して天井へとのめり込む。
「チッ」
酒場の入り口はおろか、窓にすら魔壁が貼られていた。仕掛けた張本人は写真と同一の殺人犯。
「使えん連中だが、良い囮になった。それではご機嫌よう」
放った火が燃え広がるのを確認し、殺人犯は逃げていく。
(野郎、手慣れやがる……! このまま炙って窒息させる気か!)
「無事か、オルト!」
「うん……追うの?」
「まずは脱出できたらな」
「なら大丈夫だよ」
オルトは魔壁に近づき、力強く蹴る。すると、ガラスのように魔壁は飛び散った。
「流石に僕のよりは硬いや」
「……そうか、他人のにも劣化できんのか」
「ごめんよ、銃を撃つ前にやれてたら」
「いーや、嬉しい誤算だ」
大火事になりかけてた火も劣化させ、ボヤ程度の範囲になっていた。
(……こりゃあ使えるなぁ)
「っし、ちょっとそこから見てな!」
ソルダは素早く酒場から出て殺人犯を捉える。
「……壊す手段があるとは驚いたな」
殺人犯は慌てる素振りを見せず、いくつもの魔弾を放つ。通行人すら巻き添えにして。
「阿呆が」
ソルダは迫り来る魔弾、逃げ惑う人々を掻い潜り、僅かな隙間を縫うように引き金を引く。
「ぐっ!?」
殺人犯の右肩に銃弾がヒットする。
「慢心したな、さっきみたいに守りを固めねぇとはな」
「よくも貴様っ!」
負けじと魔壁を展開し、魔弾の数を増やす殺人犯に、ソルダは嘲笑いながら酒場へと戻る。
「オルト、一旦退くぞ」
「え、追撃するチャンスなんじゃ……?」
「何もまともやり合う必要はない。それに、苛つかせるのも立派な戦術さ」
2人は入り口から反対の窓を乗り越え、酒場を去る。
殺人犯は傷口を手で抑えながら物置へと隠れる。杖を取り出し、回復魔法の準備をしようとしていた。
「ハァハァ、クソッ……!!」
「アンタ、詰みだぜ」
「っ!?」
ソルダ達は回り込んで殺人犯の跡を追い、息を潜めて気を窺っていたのだ。
(手傷を負わせて、頭に血が昇ったところを敢えて退き、相対したくない場面で詰め寄る……やられる側は溜まったもんじゃないな)
オルトは戦いの終わりを察し、黙って見守る。
「言っとくが、アンタが魔法を使おうとした瞬間、先に俺がぶち込む。大人しく捕まんな」
「……ここまでか」
「っ! おいお前__」
ソルダの忠告を意に介さず、殺人犯は反撃を試みようとする。宣言通り、銃弾が頭部を撃ち抜いた。
「……死を覚悟していたね」
「あぁ、そうなった奴は恐ろしい……特に魔法使いはな」
決死の行動にも怯まず、冷静に対処する。オルトは殺し合いを肌で実感し、同時にソルダの手腕に驚いていてた。
「こう血生臭くなるから、見せたくなかったんだがな」
「……平気だよ。そういえば、酒場で言ってた『烏合』に繋がれるっていうのは何だったんだろう?」
「ありとあらゆる犯罪者達の拠り所みたいなもんだ。規模が半端なくてな、入れば安泰だとでも思ってたんだろう」
「……だとしたら、尚更止められてよかった」
「……だな。ま、俺の場合は先に殺らなきゃ殺れるからな。あくまで一例にすぎない。俺の真似をするんじゃなくて、自分なりに考えて戦い方を身につけていきな。シスターが伝えたかったのはこんな感じだろうよ」
「うん。そもそも、あんな銃の腕前は到底真似できないよ」
「へへっ!」
ソルダは自慢げに鼻を擦り、2人は帰路へと就く。




