第3話 悲劇の果て
オルトは病院のベッドで目が覚める。そして隣には女性と医者が立っていた。
「やぁ、おはよう」
「すごい、本当に今目覚めおった……!」
「さてこの通り、少年は何も異常はない。席を外してくれるか、ドクター」
「あ、あぁ」
医者は驚きながらも女性の言う通りに部屋を出ていく。
「あ、貴女は……!?」
何故自分がここにいるのかすら、吹き飛んでしまうほどの人物だった。
白髪の自然な短髪、虹色の瞳が特徴。剣を腰に拵え、格好も面構えも騎士のように凛としていた。
虹の目、星斬り、英雄騎士、マスターなどと数多の肩書きを持つ女性、エレス・ノア、その人だった。
「知ってくれているとは光栄だ。君の名は?」
「オ、オルトです……」
力強くも穏やかな口調、カリスマ漂う佇まいに面識がないものの本物と感じ取るオルト。故に、現状が全く掴められなくなっていた。
「うむ、混乱しているな。説明するとだ、貴族街で起きた崩落事件、その地下から判明した凄惨な人体実験……その当事者である君に、事情聴取と待遇について話をしに来たという訳だ」
「貴女ほどの人が……僕に……?」
「この事件は私が担うべきと直感したのでね。聴取と言っても、この目で大体は察している。君があの崩落を起こし、自らの命を絶とうしたこともね」
「そうだ……あの状況下で自分が生きてるなんて……」
「君と……女の子だった槍だけが、生き埋めになっていなかったのだよ。降り注ぐ瓦礫が消滅させられてね」
「……つまり、またイヴに救われたのか」
告げられた事実に、素直に喜べないオルト。何もしてあげられず、2度も助けられた。何故自分だけが生き残ってしまったのかを。
「ただそれだけじゃない。女の子の魔力が、まるで加護のように君を守ってるのが視える。薄まっているが、とても強力だ。心当たりがあるだろう?」
エレスの問いに、実験者の発言を思い出す。
「確か……呪法とか言ってた……」
「やはり禁術か……全く非道な連中だが、その女の子は一途であったんだな」
「彼女の槍は……今どうなってるんですか!?」
「やむなく……その場で封印という形をとった」
「封印!?」
「動かせないのだ、誰の魔法でも。だから厳重な監視下の元にある……危険なうえに、悪用する輩がいたら尚更だ」
「元に……戻す方法はあるんですか……?」
「……残念ながら、今のところない。人間の魔法道具化自体が禁忌、未知の領域でもある」
マスターほどの人物から言い渡されては、受け止めるしかない。悉く救われたのに何もしてあげられなく、戻す術がない。オルトは無力を感じざるおえなかった。
「ただ、彼女は死んだわけではない。この目で見た限り、確かにいる。我々も方法を探していくよ」
その一言とエレスの微笑みで安堵するオルト。命すら投げようとした絶望から、一縷の望みがみえたのだ。
「では、君は今後どうしたい? あそこにいる前、もしくは家族がいれば__」
「父だけがいます……ただ、父に売られてあそこにいたんです。戻ればまた、売却されかねない……」
「そ、そうか、なんて親だ……とはいえ、今回の件に全く無関係ではない。所在を教えてくれまいか?」
「サーロウ・セルフィッシュ。ビギンニン領でセルフィッシュ商会という魔法道具の売買を__」
「なに!? 世界一の商人じゃないか!?」
「……は?」
オルトがまだ居た時は、せいぜい付近の領ぐらいにしか展開していなかった。それ故に、世界一などという飛躍した言葉に戸惑っていた。
「いや正確には最近世界一になった、というべきか……」
「……あぁ、僕を売れば次の事業にうんたらと言っていたから、それで上手くいったのか」
(随分冷静なリアクションだな……いや、ここまでの仕打ちを受ければ当然か)
今更どうでもいい、といった様子で無表情のオルト。それに戸惑うエレスであったが、仕切り直すように咳払いをする。
「ごほん、では君を引き取ってくれる所を見繕っておこう。後はゆっくり休むといい。ちなみに、この件は世界魔法協会の極秘事項だ。口外しないように」
世界魔法協会、マスターを率いてこの世を統治している機関。この事件の重大さを感じつつ、1つの疑問を覚える。
「……その極秘事項をこんな軽く口止めしてていいんですか? 契約魔法とか……」
「あぁ、見たところ君は言わない。そして私が断言すれば協会も納得するからな」
(こ、これがマスターか……)
「辛いと言うのであれば、記憶を消す処置もできるが……答えは決まっているだろう?」
「……当然です」
(……忘れられない、忘れちゃいけないさ)
「ゆっくりと休むといい。最後に私からのアドバイスだ。君の信じる道を行くんだ、きっと開花する」
「ありがとうございます……!」
エレスは涼しげな微笑を浮かべて病室を去る。そして、オルトのなかで新たな目標もできていた。自分でもイヴが人間に戻れる方法を探すこと。そして、同様な悪に対抗する力を身につけることを。
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緑生い茂る木々と草原の中にある教会。無邪気な子供達の笑い声が響く。経営するのはマスターの1人、シスターフェアラート。エレス・ノアのつてをたどり、無事退院したオルトの新たな居場所となる。
「ぃんや〜、よく来たね〜。好きにしてって、アタシらは家族さ!」
紅の長髪に美麗な蒼い瞳、修道服に身を包んだフェアラートが陽気に迎え入れる。それもそのはず、酒瓶片手に酔っ払っていた。
「こ、これはどうも、フェアラートさん……」
「子供が気ぃ遣うんじゃないよ! もっと気楽に生きな!」
「テメーはもっと大人らしく振る舞えやババァ」
黒髪で背が高く、爽やかだがどこか勇ましさがある整った顔立ちの青年。隣から呆れ顔で、フェアラートに注意してくる。
「何言ってんのよ、これぞまさしく大人ってもんよ」
「失敗例のな。っと、こんなわけだ。あ、俺の名はソルダ。ガキの中じゃ最年長だ、よろしくなっ」
「どうも、オルトです」
(職員じゃなくて孤児側だった……しかし、同じマスターのエレスさんと比べると正反対だな、フェアラートさんは)
「俺の次にオルトが年長だ、お兄ちゃんしてやってくれ。部屋を案内するよ」
「あ、その前に、フェアラートさんにお話が」
「うぺ?」
「……こんなんだから、あんま当てにしない方がいいぞ」
「……そう思えてきました」
シスターフェアラート、魔獣大侵攻が起きた時に全てを焼き払い、国々を救ってマスターに選ばれた。『裁焔の魔女』とも呼ばれる人材に、オルトは頼み込むのを決めていた。
「どうか僕に、魔法を教えていただけませんか……?」
「却下」
「え……!?」
(マスターの指導……そう簡単にはしてもらえないとは思ってたけど、即答か……)
「おいおいケチんなって、飲んだくれてるぐらいならいいじゃねぇか」
「あのね、何も意地悪して言ってんじゃないの。魔法を習いたいというなら、ちゃんとそういう教育の場に行くべきなのよ」
「教育の場って……」
「そりゃ魔法学校よ、きちんとした指導者に教わるのが一番ね。アタシ、弟子なんて雇ったことないし」
「人望なさそうだもんな」
「うっさいわね!」
「魔法、学校……!」
魔法を発現した時に真っ先に憧れ、それが今現実的になっていることに胸高鳴る。
「アンタはあの事件の被害者かつ重要人物、どこの学校だろうと、学費や手続きくらいは魔法協会が出してくれるわ」
「そ、それじゃあ……!」
「ただし! 特例はそこまでよ。入学試験に受からなきゃ入れないのは一般とおんなじ。むしろ実力がないのに入れても苦労するだけよ」
(チャンスを与えてくれるだけでも十分……!)
「確か10歳だっけ? だったら後2年間、独学で頑張んなさいな。環境なら整えてあげるから」
フェアラートはしたり顔で言った後、酒瓶をグイッと飲み干し、気持ちよさそうに大きく息を吐く。
「もうちょい威厳を保てよな。んじゃ今度こそ案内するぜオルト」
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