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第1話 売られ、虐げられ

 魔法道具の商人、その息子として生まれたオルト・セルフィッシュ。10歳になって間もない日、この少年は魔法が発現した。


手に持つ花が一瞬にて枯れたのだ。(おぞま)しく感じつつも、念願の魔法が使えた喜びから、早速父へと報告しようとする。


褒めてもらうわけでも、感情を分かち合うためでもなく、進路についての相談をしにいくために。


 父親であるサーロウ・セルフィッシュは仕事に奔走し、息子のオルトを放置していた。そのためオルトは、魔法使いとして魔法道具を扱う家業に貢献できないかと考えていた。


そして、このことを口実にして魔法学校に編入したいと。


「父さん! 僕魔法が使えたのです! 綺麗だった花がこのように!」


嬉々として枯れた花を見せつけるオルト。それに対してサーロウは一瞬硬直するも、花をまじまじと見つめて近寄る。


「そうかそれは……上手くいけば、これで次の事業に手を出せる__」


オルトの肩に手をかけ、歪んだ笑みでサーロウは言った。


「お前を売ればッ!!!!」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 

 被験体5号。実の父に売られたオルトが、買取先につけられた名前がそれだ。


「5号、それを片付けといてくれ」

「……はい」


指示された『それ』とは、実験によって黒く朽ち果てた人間だった者。運ぶのに抵抗はなくなってしまうほど、繰り返された命令と作業をこなすオルト。ただ、どうしても慣れないことがあった。


「いやだぁぁぁぁ!! やめてくれぇぇ!?」


これから行われる被験者の悲痛な叫び。聞く度に手が震え、冷や汗が出ていた。


(いつか自分が同じ目に……)


「魔力注出パターン12で試せ」

「助けてください! まだ俺は__」

「黙らせろ」


口を封じられ、拘束されても尚動く小さな体動音。なるべく情報入れないよう、オルトは背を向けて離れる。ここから先は地獄の光景になるからであった。


「ンンンンンンッ!?」


声にならない悲鳴、稲妻が走るような轟音が実験開始の号令。一度見ただけで脳裏に焼き付くほど(むご)い。ありとあらゆる部位から出血し、組織が灼かれていく。


「オェッ……!」

音と記憶だけで嗚咽が催す。もはや拷問、処刑の域に達する。オルトにとって、ここまでして遂行する理由は理解できないが、目的は判明できていた。


()()()()()()()()である。


(魔法道具商人の息子が、魔法道具にされるとは……皮肉にも程がある)


「魔力注入パターン12、失敗です……」

「チッ、やはり人体そのものから道具にするのは上手くいかんな」

「従来式の、被験者の魔力を道具に移す方が見込みが……」

「それだと固有魔法はおろか、魔力すら弱まると検証しただろう……!」


被験者そっちのけで実験者達が口論していると、整えられた髭に鋭く細い目をした男が現れる。


「こんなとこで揉めるな!! 解決できるというのか!? こんな薄汚い所でお喋りが好きなら、トイレにでも暮らせ。嫌ならとっとと上に行ってレポートを纏めろ!!」


 リーダーの男が部下を引き連れて階段へと上がっていく。実験者達が去ると自由時間、この場に来てから唯一救いの時間となる。


鉄格子の牢屋に大量の被験者達が匿われ、石畳みの床に排泄用の容器しかない粗末な設計。


しかし、奥に特別な部屋がある。鉄格子ではなくガラスで覆われ、フカフカの絨毯にベッド、本棚に専用の給水機、個室のトイレまである宿泊施設顔負けの贅沢仕様。


「やぁオルト、今日は早かったね」

「うん、諦めが良かったみたい」


被験体0号、イヴ。金髪で桜色の瞳が特徴的な同年代の女の子である。


 魔法は大きく2種類に分けられる。魔力が誰でも行える基礎魔法、個人だけが行える固有魔法。


オルトが花を枯らした『劣化』の魔法が固有魔法に位置する。ここでは固有魔法を使える者はナンバー化され、他の被験者より優遇される。唯一の枷として、魔力吸収装置が首にはめられるのみ。


なかでも彼女は特別中の特別。道徳も倫理も糞もないここの連中が、ストレスすら危惧して大事に保管している事実。


『消滅する(いかずち)』を持つ彼女を魔法道具にすることこそが、ここの最終悲願になる。


だが、現状はまだまだ遠い未来の話。あの有様で、1〜4号の人は既に不出来な魔法道具に成ったか、死んでいたのだ。


オルトは新たに固有魔法が使える者が来ない限り、彼女の最終テストとして使われる予定であった。


「今日は何を聴かせてくれるの?」


イヴは永らくここにいて教養が乏しく、最近まで外にいたオルトが、新たな知識や物語を教えるのが日課となっていた。


「そうだね……じゃあ、『虹の目』エレス・ノアの話でもしようかな」

「あ、本で読んだよ。魔法を使わずに腕っ節で闘う英雄でしょ? その割には魔法使い千人斬りや星を斬ったり、なかなかぶっ飛んだ創作物で楽しめたよ」


「……実在する人物だよ」

「えっ、本当……!?」


「彼女は世界に6人しかいない、『マスター』の1人で__」


互いに悲惨な現実から目を逸らし、話すことがかけがえのない時間となっていた。親に売られ、実験される羽目になった絶望的な少年と、畏怖されるほどの魔法を持ち、行き場のなくなった少女。2人が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。


「__後はイヴの知る通り、戦場に隕石が落下した際、一切の被害なく斬り飛ばしたんだ。それで戦は収まり、その功績でマスターに選ばれたんだ」

「はぇ〜、そんな最強善人が世の中にはいるんだね〜」


「彼女に憧れて弟子入りする人も少なくないんだって」

「わかるね、生き様聞くだけで格好良いもん。そんな人が助けにくれたらいいね」


「……だね」

イヴは懇願するわけでなく、渇いた笑いで言う。望み自体本当だが、諦めていたうえでの発言に愛想笑いで返す。


(そんな都合の良い話はない……だからこそ僕は……)


「さて、そろそろ行くよ」

「え? もっと話そうよ」

「少しは掃除しておかないとさ」


「……どうしてそこまで奴らに協力するの?」

「協力なんてとんでもない! 僕は君よりも利用価値が低いから、地道な努力で上げているだけさ。じゃないと、簡単に実験されそうなんでね」


「……そっか、じゃあまた……ね」

儚げな表情を浮かべるイヴに別れを告げ、実験場へと戻るオルト。血痕を拭き取りながら、周囲を確認する。


(奴らは……いないか)


常に見張りはいない。この場が地下であるため、出入りは実験者が使用する階段のみで、警備の必要がないからである。そのため、普段は実験場だけが誰もいない。


実験者、被験者、イヴにすら悟られないようオルトは秘密裏に行っていることがあった。


ポケットからパンくずを取り出し、掌に乗せる。食事で出てくる食材が、最も変化がわかりやすく処理しやすいため。


(集中するんだ……!)


それは劣化の魔法訓練。脱出のために会得しようとしていた。魔力吸引装置が付けられているので魔力は微小、日に数回しか行えないため、極度の集中で魔法の感覚を養う。


次第にパンくずは、目に見えて腐っていく。


(……うん、大分掴んできた。これなら……!)


そっと手を、首に付けられた魔力吸引装置へ運ぶ。なけなしの魔力で行う、極小の規模と程度の劣化。実験者達に気付かれないよう、魔力吸引装置を破壊するのが最初の目的であった。



結果が出たことによって、決意が固まる。作戦は同様にイヴの魔力吸引装置をバレないよう壊し、魔力回復とタイミングを待っての脱出であった。


(ここから出る……必ず君も連れて……)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 実験者達はテーブルに資料をどっさり置いた状態で話し合いをしていた。


「やはり、依代となる道具を用意し、被験者の魔力・魔法を移す方法で煮詰めていくほうがよさそうですな」


「課題は魔法が弱体化してしまうことだが……あらゆる魔法を試してきた。新たに何かをしなければ解決しないぞ」


「……呪法を取り入れてはみませんか?」

女性研究員の発言に周囲は静まる。


「貴様……呪法の定義がわかっているのか?」

リーダー格の男が呆れ気味に返す。他の者も困惑し、徐々にざわつき始める。


「えぇ、何かを犠牲に払って成す魔法のことです」

「そうなるとだ、我々がその犠牲を払うということがわかっているのかね? それとも、君が命を投げてまで尽くしてくれるのか?」


「いえ、犠牲を払わせるのは被験者本人ですよ」

「……はんっ、失うものがない者に?? そもそも、命を失うのは大前提で行ってるんだぞ! 今更何を惜しがるというのだ!」


「0号と5号は、仲がよろしいそうじゃないですか」

「……ほう、そういうことか」


「太古の魔法道具化は、魔法使いが望んで成ったと記されています。今でも半永久的に動いている物は後世に__」


「御託はもういい、結果を示せ」

「……恐れ入ります」


女性研究員だけが微笑み、この話し合いは静かに終わった。


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