追放されたから「もう遅い!」と笑ってやったはずなのに
短編「よろしい。ならば研修だ。~もう遅いと言われないために国務大臣の私が肌を脱ぐ~」の番外編です。
冒頭と末尾で「もう遅い!」と言ってた青年のお話
ざまあ!
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とある王国の錬金術部門の研究班。俺はそこに3年前から所属し、基礎原料の精錬を専門として働いていた。基礎原料なくして錬金はできない。だからなるべくその純度と精度を高めようと必死になっていた。
だが、そんな俺の努力は部門長によって蹴散らされてしまった。
「マチアス研究員!貴様、また基礎原料の精錬だけをやっているのか!我々の研究に加われと何度言えばわかる!!いつまで新人と同じ仕事をしているつもりだ、この穀潰しが!!」
「で、でも部門長!まだ原料の純度が納得できるレベルになっていないんです!」
「うるさい!貴様がやる気を出すほど同じ仕事をする新人たちの士気が落ちているんだ!さっさと私達の研究班に加われ!さもなくばクビだ!貴様の代わりなど新人に任せればいい!!」
そんな馬鹿な話があるか!?
俺のおかげで錬金術部門は高い品質の錬成をしてこられたと言うのに…!!ならばもう知らん!!
「……!!だったら、辞めさせて頂きます!!あんたの言うとおり精錬は新人にでもやらせておけばいい!」
「……ああそうか!我々のやり方が受け入れられないなら王城から出て行け!!」
こうして俺は、王城の錬金術部門所属という経歴を捨てて、王都にある薬品ショップへと再就職を果たした。
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「マチアスー!ヒーリングポーションの媒体が足りてないんだ!もっと作れるか?」
「はい!任せてください!」
俺は新しい職場で順風満帆の人生を送っていた。担当は基礎原料の精錬。Sランクを量産可能になった俺の天職と言っていい。風の噂によれば、王城の錬金術部門は急激に品質が落ちて、兵士たちへ配る回復ポーションの品質も落ちて大変なことになっているらしいが。
まあ、それは当然だ。俺が王城の錬金素材を支えていたんだから、突然いなくなれば立ち行かなくなるのは目に見えていた。
いい気味だと思う反面、興味もなくなりつつあった。新しい職場は俺の実力をちゃんと評価してくれている。有給申請も簡単に通る。こんな天国みたいな職場を知ったら、王城勤務に戻ろうなどと思えない。
「ざまあみろ…!」
自然と口から出たその怨嗟の言葉は、口にするだけで気持ちよかった。
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転職から一月経って、俺は基礎原料部門のチームリーダーになっていた。いずれは工場長も夢ではないと言われている、将来有望株だ。働き甲斐もあり、給料も上がった。何より俺が精錬した材料で作った薬品は非常に品質がよく、お客様からも評判が良かった。
なんの不満もない毎日だった。だが、思いもよらぬ手紙が届いた。
「マチアス君。君あてに手紙だ。どうも国務局経由で届いたものらしくてね。大事なものだと思うから、必ず中身に目を通しておいてくれ。読み終わったら、後で私のところに持ってきておくれ。」
国務局経由と言われて思わず訝しんだ。俺は純粋に基礎精錬を極めようとしているだけで、別に法に触れるようなこともしていないつもりだ。
少々の警戒心と共に開いたその手紙の差出人は、俺予想を遥かに超えた人だった。…俺をクビにした憎い部門長からの手紙だった。
「まさか今更戻れってのか!?今更言ってきたってもう遅いぜ!!俺は新しい職場でうまくやってるってのに!!」
あの毎日のように叱責を受けた忌々しい日々が思い出された。あの日言われたことを俺は覚えている。忘れるものか!
どうせ俺の作った素材がほしいとか書いてあるのだろうと、斜に構えて強い酒を片手に手紙を読んだ。読み終わって、工場長に報告したら、酒をぶっかけて燃やしてやろうと思った。
だが、その内容は俺の想像をさらに超えた内容だった。
そこに書いてあったのは、後悔でもなく、懺悔でもなく、ただ、俺のことを――。
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マチアス君へ。
宛名に書いたから想像はついているだろうが、君が働いていた王城の錬金術部門の部門長だ。元気にしているだろうか。転職後は体調を崩しやすいと聞くが、元気にやれているだろうか。才ある君が万事上手くやれていることを祈っている。
私の哲学を押し付けて、君を部門から追い出すようなことになったことを今も悔やんでいる。もう少し、君と目線を合わせて向き合うことが出来ていたなら、きっと違う未来もあっただろうに。
君は錬金素材の精錬において、一年目から秀でた才能を発揮していたな。私は内心舌を巻く思いだった。これはあまり部下には話した事はないのだが、私はまだ新人の頃、純水を精錬するのが特に苦手だった。一年近くCランクの純水、つまりは泥水しか作れなかったんだ。
そう、君が一番最初にSランク級を作れた、あの純水をだよ。君は不純物をひたすら取り除くだけでできる簡単な精錬だと言ってのけたが、そんな簡単なこともできない人間もいるのだ。
私が花形と言われる研究部門に移されたのは、ここに所属してから10年が経ってからだった。私には錬金術において秀でた才能がなかったんだ。何よりも好きだった錬金術は、私を見初めてくれてはいなかったんだ。
君は、私に研究部門に行けと言われたのがいつだったかを正確に覚えているだろうか。それは君が所属してから1年と1ヶ月が経ってからだ。私よりも8年と11ヶ月も早い。君のセンスが常人よりも優れていると気付いた俺は、いち早く研究部門に上がるべきだと思ったんだ。それが国にとって、そして君にとって一番いいと思っていた。良かれと思ってやったんだ。
だが、君は錬金素材の可能な限り高い純度と精度を、つまりは完全な素材を求め続けていた。私は君のそのプロ意識を好ましく思っていたし、君の素材に助けられていたのも確かだ。だが、君は君より後に入った職員たちの顔を見ていただろうか?彼らは君が作る素材を見て、自分の才能に疑問を抱いてしまっていた。
王城で働けるほどの秀でた才能を持っていても、精錬の精度はBが精々だ。そこから何年も精錬と研究を重ねてようやくA+になるというのに、君は常にSランク級の素材づくりに尽力して、Aランク品を失敗作だと嘆き、それでも満足しなかった。素晴らしいプロ意識、いや職人意識だと思う。だけど、それはAに届かない同じ部屋の新人たちの心を折っていたんだ。
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「馬鹿な…!?こ、こんな…!?」
俺が部門長から評価されていたことにも驚いたが、俺が作った精錬素材が新人たちの心を折っていたという事実に衝撃を覚えた。
確かに、錬金術部門の新人たちは定着率が悪いという噂はあった。だが、俺は常に最低でもAランク以上の素材を作り続けていたし、成果物に問題点は一つもなかった。だから問題ないと思っていたのに…お、俺も原因だったって言うのか?。
「……こ、こんなの、遠回しに俺のせいだって言いたいだけだろう!」
度数の高い酒を強引に喉へ押し込み、続きを読む。
だが、どこを読み解いても俺への怨嗟はなかった。
どこまでも、オレを心配していた。まるで俺の親父みたいに。
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マチアス君。
私は君に謝らなくてはならない。君の才能がどこにあるにしても、君に私の願いを押し付けていいはずがなかった。君に精錬ではなく、研究を押し付けるべきではなかった。君を守る力がなく、無才だった私を許してほしい。
基礎錬金が優れているものを研究部門に上げるべきだなんて、誰が決めたんだろうな。なんの才も無く、その決められた枠に入るのにただ必死だった私には、そこに疑問を抱かなかった。無才だからこそ、本当なら誰よりも早く気付くべきだったんだ。誰よりも君のために。
才なんてものは人それぞれで、私のように道具を万人向けに調整をするのが得意なものもいれば、君のように精錬に特化して才能を発揮するものもいるのだということを、才なき私こそが一番に理解して、君が働きやすい環境を用意すべきだったんだ。だのに私は君の能力を、部門が決めたテンプレートに当てはめることに必死になって、君がやりたい仕事が何だったのかを考えなかった。考えようともしなかった。
この手紙だって、国務大臣殿主催の研修を終えたその日に、薄暗くなった家の中でようやく書けているんだ。愚かな私を許せなくてもいい。ただ、君には優れた才能があって、その才能が活躍する機会に恵まれていることを祈っているのだと、ただそれだけが君に伝わればそれでいい。
マチアス君。君は天才だ。私が保証しよう。だから、私如きのためにその手を止める真似だけはしないでくれ。
最後に。これは君の工場長と、私の部門にいるメンバー全員には先に読んでもらっている。恐らく問題ないと判断してもらえたから、君にこの手紙が渡っているに違いない。私は君が今の職場で活躍することを心から祈っている。だがもし、私の職場でやり残したことがあるなら…私に返事の手紙を書いてくれ。私は喜んで君の願いを叶えるために努力するだろう。
未婚であることが惜しい。私に子供がいたなら、君のような子供が欲しかったよ。
では、元気でな。研究に没頭しすぎずにちゃんと寝るんだぞ。
王城付属錬金術部門所属部門長 モーリス
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「ばか…やろう…!!おせぇんだよ…!こんな手紙を今更…!迷惑なんだよぉ…!!」
手紙が俺の握る手と酒と涙のせいでぐしゃぐしゃになった。ちくしょう、馬鹿野郎。こんな手紙を工場長に渡したら、怒られちゃうじゃないか。
俺は…どうしてあの職場に入ったんだろう。あのクソッタレな職場でクソッタレな部門長がいる職場で、何を目指していた?
『…君は先月入った新人だな?』
『は、はい!マチアスといいます!』
『そうだったな。マチアス研究員、君はここで何を成したい?』
『ぼ、僕は王国で一番の錬金術師になりたいんです!最高と名高い王国の錬金術部門で働いて、完璧な素材で完璧な錬金を出来るようになるのが夢なんです!』
『なら、まずはこれを完璧に作れるようになるんだな。』
『これは…水?』
『ああ。純水だ。これをSランクで作れるようになったら、まずは完璧な精錬と言えるだろうな。純粋な物質を目指せば良いだけだから、精錬で完璧さを求めることはさほど難しくないのだ。私は随分苦労したがね。』
『では、完璧な錬金とは?』
『全く気が早いな。…それはな――』
「………誰もが幸せになれる物を生み出すこと。出来の問題ではなく、何があれば幸せになれるかを考えて創り出せること………くそったれが。何が俺みたいな子供が欲しかっただよ。」
自然と、紙とペンに手が伸びた。
「俺もだよ。クソ親父。」
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俺は工場長に頭を下げて退職を願い出た。だが、工場長は首を縦に振らなかった。
「その部門長とやらはちゃんとお前を見てたじゃないか。全くバカ野郎が!つまりよく話も聞かずにキレて出ていったテメーが悪い!!しかも今更になって向こうに戻りたいってか?遅すぎんだよ!お前の精錬素材は練度が高すぎて誰も真似できないんだよ馬鹿が!!お前がいなくなったら誰が素材を作るってんだ!!」
それは、本当にそのとおりだった。俺は、俺の手で、自由を手にすることが出来なくしていた。俺が出ていけばこの店は成り立たなくなる。俺のわがままで、大恩のある工場長と店の未来を奪うわけにはいかない。
諦めようとしたその時だった。
「だから約束しろ。向こうに行ったらそこの部門長にこの薬品ショップの錬金が王城の部門など及びもつかない、王都随一の腕前を誇るってな!!俺らの店が王都一だって、王城で宣伝してこい!!」
「…えっ?」
「えっ?じゃねえ!退職しようがこの店の従業員だったんだろうが!だったらちゃんと店のために尽くせってんだ!そうだ、ついでだからうちと錬金術部門との提携まで持ち込んでこい!それでチャラにしてやる!出来なかったら一生うちの店から出禁にしてやるからな!!」
俺を…こんな理由にもならない理由で古巣に戻る俺を、許してくれるのか。
店の生命線を無責任にも握り込んで、そのまま古巣に戻っていく出ていく俺を許してくれるっていうのか。
「…す…すいません…っ!ありがとうございます…っ!俺…!楽しかった…っ!」
「…泣くな。笑え。錬金術は笑顔を生み出す最高の魔法だと教えたはずだ。うちの社訓を忘れんな。向こうでもうちの社員としての誇りを忘れるなよ。…達者でな。」
「はい……!!はい!!」
転職してわずか数ヶ月。俺は古巣である王城の錬金術部門に戻ってきた。
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「マチアス!誰が純水をSSクラスまで高めろと言った!!ここは教会じゃないんだぞ!?聖水より純度を高めてどうするつもりだ!!」
「うるっさいな!だったら教会に売ればいいじゃねぇか!!高級聖水の原料として売り出せ!原価かかんねぇんだから収益は出るだろうが!」
「そんなことしたらお前の仕事が増えるだけだろ!!本来の業務を疎かにしたらクビにするぞ!!」
「そんなヘマしねーよ!誰かさんと違って純水作りだけは大得意なんでな!さっさと検討に入れこの凡人部門長が!」
錬金術部門に戻ってからは、騒がしくも楽しい毎日を送っていた。このクソ部門長はわざわざ俺のために個室を用意し、そこを高級精錬専用として大々的に宣伝してみせた。
………おかげでここにゴミを放り込めば資源となって返ってくるとかで、便利なリサイクルボックスみたいな扱いを受けている。
確かに毎日、誰の目も気にせず精錬できているが、なんか違うぞこれは。もう少しなんとかならなかったのか!?
「全く!やはり研究部門に押し込んでおくべきだったか!?無駄に品質の高い素材ばかり生み出すから、私の仕事が増える一方じゃないか!!」
ぼやくクソ部門長に、俺は満面の笑みと最大の皮肉を込めて言い返してやった。
「今更俺の才能に気づいてももう遅い!!俺を見習って笑いながらキリキリ働きやがれ!!このクソ親父!!」
ぼやくクソ親父の背中は、前よりも大きく見えた。
ただいま。