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【完結】義理の妹が結婚するまで  作者: 夏目くちびる
第一章 春休み(文也の場合)
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かりん糖

三話連続でした。

 「きっと大学でたくさん飲むことになりますよ~。そういう場所って私知ってるんです~」




 語尾が伸びるたびに深く息継ぎをしている。俺が思っている以上に酔っているのだろう。




 「そうだな、気を付けるよ」




 コーラを飲む。シュワシュワと音を立てているのが聞こえる。他に何の音もないからだ。




 「布団、準備しておくよ」




 俺は立ち上がり、物置として使っている部屋のクローゼットを開け、中から敷布団と毛布を取り出した。夢子の部屋で寝るのだろうから、部屋に持っていってやった方がいいはずだ。無許可で部屋に入るのは忍びないが、この際仕方がない。




 ちなみにこの布団、休みに入る前に時子さんが外で干していたのを覚えている。こうなることを夢子が先に伝えておいたのだろう。




 夢子の部屋の扉を開く。俺がここに入るのは、実は初めてだ。




 この前もらったであろう卒業アルバムが広げられていた。ページは一番後ろ。寄せ書きのように、様々な形の文字でたくさんの前向きな言葉が綴られていた。




 ……そこって、そうやって使うものだったのか。




 寝床を作ると、俺は足早に部屋を出た。




 「いたた。頭痛い」




 再びリビングに入ると、そのタイミングで真琴が目を覚ましたようだった。片手で頭を押さえでいる。目はほとんど開いていない。




 「夢子の部屋に布団敷いておいたから、そこで寝なよ」




 「あぁ。ありがと」




 軽く右手を挙げると、彼女はそのまま上へ行ってしまった。元居た場所を見ると、空のコップが置いてある。




 「じゃあ私も寝ます~」




 望月も席を立つ。




 「夢子~?行くよ~」




 そういうと、望月は突然力尽きたのか、立ち膝をついてテーブルの脚にしがみつき、そのまま眠ってしまった。




 「……やれやれ」




 まず望月を抱えて、上に運ぶ。あまりこういう事はしたくないのだが、あの状態で朝まで過ごして具合を悪くするよりは余程マシだと思った。




 再び夢子の部屋に入ると、真琴が足元に転がっている。下に引いた布団を全て占領する形で眠っていた。




 仕方がないから、俺は望月をベッドの上に寝かせて毛布を掛けた。すると、彼女はすぐにそれを蹴飛ばして寝がえりを打った。どうやら寝相は悪いらしい。




 さて、夢子はどうしようか。もう妹の部屋に人が眠れるようなスペースは残っていない。ならば仕方ないが、俺のベッドで眠ってもらう事にしよう。




 夢子を抱えて、再び階段を上る。自分の部屋に入ってから無香料の消臭剤を適当にベッドの上にかけ、少し叩いてからそこに夢子を寝かせた。




 完全に熟睡しているかと思った妹だが、布団をかけたタイミングで目を開けた。




 人差し指に、夢子の小指がかかっている。




 ……。




 「おやすみ」




 それだけを言って俺は立ち上がり、部屋の電気を消した。




 三度下に降り、俺は適当なブランケットを引っ張り出して、ソファの上に寝そべるとそれを被った。




 アラームをいつもより早くかける。彼女たちより早く起きられるように。




 しかし、それは杞憂であった。なぜなら翌日三人が部屋から出てきたのは、俺が外へ出かけた後のことだったからだ。




× × ×




 あの夜から二日後、俺はいつものようにピザ屋のアルバイトに来ていた。一日置きのシフトは精神的にも体力的にも優しい。




 昨日、俺は三人の朝ごはん(もちろん調味料は普通の量)を作った後出かけてしまった為、彼女たちがその後どうなったのかを知らない。しかし帰ってこなかったのを見るに、あの二人のどちらかの家に泊まりに行ったのだろう。書置きにもそう記されていた。




 現在俺は、メイク台(店のキッチン)回りの掃除をしている。昨日の夜散らかしたのであろう、チーズやピーマンが大量に放置されていたからだ。




 「おはよ」




 スマホをいじりながら現れたのは、同期の中根紗彩(なかねさあや)だった。狙ったような清楚メイクと、小さな体躯に不釣り合いな巨乳が特徴だ。高校は違ったが、どうやら大学が同じで更に学部も被っているようだ。




 「おはよう」




 挨拶を返す。




 「今日、社員いないらしい」




 「へぇ、じゃあ楽できそうだな」




 言いながらも、俺は心の中では別の事を考えていた。




 個人的には管理する人がいてくれた方が職場の空気が張って仕事がやりやすいと思うのだ。ピザ屋というコンビニエンスな性質上、未成年のアルバイトが多い。中には度を超えて怠けたり強気になったりする者もいるから楽すぎるのも考えものだ。




 「大学の同期、もうSNSでつながって入学前に飲み会とかやってるよ。私もこの前行ってきた」




 「へえ、どうだったよ」




 「サイッテーだった。髪の毛キラキラのチャラ男に絡まれまくった」




 一見同情してしまいそうな意見だが、俺は中根が自ら隙を見せて男を狙っていることを知っている。つまりこれは、自虐風の自慢だ。




 「つーか普通に酒飲ませてくるほんとダルいわ。あれが嫌だから文也呼んだのに」




 「悪いな」




 メイク台に座って、中根はブツブツと文句を言い始めた。相変わらず見た目とは裏腹な腹黒い女だ。いや、むしろ見た目通りか。




 ここまでステレオタイプ(清楚を絵に描いたような容姿)なスタイルは逆に敬遠されるのではないかと過去に訊いたことがある。しかし、色々試した結果「男は弱そうでおっぱいがでかい女が好き」という結論に至ったそうだ。異論はあまりない。




 しばらく文句に付き合っていると、次第に別のバイトのメンツが揃ってきた。男のアルバイトはほぼ全員が中根のファンだから、まずは中根のところに行く。




 「あっ!おはようございますぅ~」

 



 他の男を見るなり、中根の態度が急変した。そうなれば俺の居場所はここではない。隅っこで皿洗いをしよう。




 「え~!?私お酒飲めないですよぉ~」




 どうやら飲み会の話で盛り上がっているらしい。甲高い声が店内に聞こえてくる。




「そんなことないですよぉ~。でも頼りになりますね、せんぱ~い!」




 妙に甘ったるい声だ。さっきまでスマホの内カメラで前髪を整えながら拗ねていたのがウソのようだ。




 店内清掃を終えるころには既に始業時間を過ぎていたが、予約がないことも相まって、店内はまるで休み時間の教室のように盛り上がっていた。




 あそこに入って仕事をさぼれればいいといつも思うが、金をもらっているからには働かなければならないという固定観念が俺を邪魔する。誰かがやらなければならないことを俺がやっているだけ。というのは、さすがに自分に酔いすぎているように思えてしまうけど。




 店の裏に回って配達用の原付を洗車していると、中からもう一人の同期である日向虎緒(ひなたとらお)が俺の隣に並び、一緒になって洗車を始めた。




 そうか。こいつはファンじゃなかったな。




 「おう、お疲れさん」




 「お疲れ」




 わざとらしい程の黒髪は、元々派手な金髪を染めたからだ。あまり見慣れないが、こいつもこれから先大学生としてやっていく上で過去とのケジメをつけたのだろう。




 虎緒は県下では有名な不良高校出身であり、そこの番長を担っていた。今の時代に番長とは少しレトロな感じはあるが、一つの組織をまとめていただけあってそのカリスマと知力には目を見張るものがある。ちなみに、顔は暴力的だがイケメンだ。




 タバコに火を点け、それを咥えてからバイクにホースで水をかける。俺はたばこのに匂いがあまり嫌いではないし、ここは人目につかない裏道だから吸っていても大丈夫だろう。




 「先輩ら、ずっと女共と話してるぜ」




 「そうか。まあ暇だしな」




 「あぁいうの、ちょっとずりいよな。フミはどう思うよ」




 果たして、それは仕事をさぼっているからなのか、女と話しているからなのか。……まぁ、こいつはモテるし、後者はないな。




 フミというのは俺のあだ名だ。そう呼ぶのは彼しかいない。だから、俺も虎緒のことは親しみを込めてトラと呼んでいる。




 「どうとも思わない。あれで金がもらえるなら、正しいのはむしろあの人たちだろ」




 楽して儲ける。これが勝ち組の定義だ。




 「確かに。それはそうだな」




 はははっ、と笑い声をあげてトラはたばこの火を消すと、吸い殻を灰皿に入れてバケツの中のスポンジを手に取った。




 「きったねえな。見ろよこれ」




 そういって、トラは指先でタイヤに張り付いた何かをつついた。




 「あぁ、それうんこだよ」




 俺もさっき触ったから知っている。




 「マジかよ。うんこ触っちまったのかよ、俺」




 その割には大したリアクションではない。さすが元ヤンだ。




 「早く終わらせて戻ろうぜ。俺も楽して稼ぎてえよ」




 賛成だった。




 俺たちはとっとと掃除を終わらせると、事務所の中にこもって注文の電話が鳴るのを待っていた。しかし、その日は結局ほとんど注文はこず、久しぶりのノー残業デーとなった。

いつもありがとうございます。

特に、評価してくれたあなたにあり得ないサイズの感謝を申し上げます。

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