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【完結】義理の妹が結婚するまで  作者: 夏目くちびる
第一章 春休み(文也の場合)
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デート

普通にデートしてるだけです。

 そんなこんなで都会へやってきた。ここは街全体が大きな店となっているような場所で、様々な店舗が街道沿いに並んでいる。ちなみに若者に聞く定番のデートスポットの三位らしい。先ほど、夢子がそんなことを言っていた。




 駅を出て早速の人だかり。人、人、どこを向いても人しかいない。この人達はこれから何をするのだろうか。それぞれに目的があって、その全てが同じではないと考えると少し心が動く。




 夢子は少し先を歩いている。俺は行先を知らないから、きっと先導してくれているのだろう。だから黙って夢子についていくことにした。




 辿り着いた店は本屋だった。俺はてっきりブティック的なところに連れていかれると思っていたのだが。




 「欲しい本があるの。ちょっと探してくる」




 そういうと妹は一人でどこかへ行ってしまった。




 待っている間、俺は一階のメインスペースに置いてある店員の一押しの書籍を何冊か捲った。そのほとんどがドラマ化された物語やタレントの著作だったが、店長の趣味なのであろう(特に根拠はないが、そう直感した)哲学の名著や、古い映画の解説本が隅の方に申し訳なさそうに積まれていた。




 俺はその中の一冊を手に取った。キルケゴールの「死に至る病」。確かその正体は絶望だったはずだ。




 高校一年の冬。クリスマスの日にこれを読んだのを覚えている。ちなみに中身を理解すること全くできなかった。




 「人間一人一人の存在を大事にし、どう生きるか考える」




 帯に書いてある文章を読む。人生においてこんなに大きなテーマは中々ないだろう。もしもそれについて絶対に正しい事が見つかれば、俺はそれをなぞるだけの人生を送るはずだ。しかしそれは、果たして幸せなのだろうか。




 ……と考えたところで俺は本を置いた。特に深く掘り下げることはしない。そういう難しいことは頭のいい人に考えてもらって、俺のような凡人は先人が出した答えを知ればそれでよいのだ。




 その後、入り口付近の雑誌コーナーへ向かい料理本を開いた。俺みたいなものは、こうしておいしそうな料理の味を想像しているくらいがちょうどいい。




 しばらくして、夢子が来た。手には緑色の袋を下げている。何かの参考書だろうか。サイズが文庫本より二回りほど大きかった。




 その袋を夢子から預かると、俺たちは並んで店をでた。現在時刻は十一時。昼食までは少し時間がある。




 「服も見たい」と夢子が言う。だから次に向かったのは服屋だったし、その次もまた服屋だった。




 ひとしきり店を回ると、時間は十四時前となっていた。腹の中は既にすっからかんだ。




 俺はここぞとばかりに昼食を提案した。場所は歩いている途中に見つけたイタリアンの料理屋。店頭に置かれていた黒板を見る限り、価格も安くてよかったからだ。




 了承を得て早速そこへ向かう。偶然にも俺たちが店に着いたタイミングで中にいた客が退店したから、待つことなく入ることができた。




 「何にしようかなぁ」




 夢子はメニューを広げてウキウキしていた。少し見た感じピザの種類も充実していたから、きっと何か気に入るものが見つかるだろう。




 「決まった。お兄ちゃんは?」




 「すぐ決まるから大丈夫」




 こういう時、俺の注文は早い。なぜなら食べたいと思ったモノは全て注文するからだ。




 ぱっとメニューを見て、店員を呼ぶ。俺は三種類のピザとミートソースのスパゲッティー、それにアイスコーヒーを注文した。




 「私はアイスティーをください」




 とだけ、夢子は口にした。




 「食べないのか?」などと間抜けな質問をするところだったが、きっと夢子は俺が頼んだものを少しずつつまむつもりなのだろう。そもそも俺もそのつもりだった。いや、本当に。




 料理が来るまでの間、午後はどうしようかと考えを聞かれた。特に目的があるわけではないが、何も答えないのも嫌だったので俺は鞄が見たいと伝えた。




 「お待たせしました」




 料理が運ばれてくる。テーブルの中心に皿が三枚、俺の前にスパゲッティ。そして取り皿とドリンク。デートスポットの店舗だから、これだけの料理を並べるには少々小さかった。




 ピザを口運ぶ間、夢子はまた俺の顔をじっと見ていた。気が付いていたけど、気づかないふりをして俺は食べ続けた。きっと突っ込んだらまたあの笑顔で「食べてるとこ、見てるだけ」と返されるに決まっている。




 だから俺は、めいっぱいうまそうに食べることにした。 




 昼食を終えて落ち着いてから、支払いを済ませて夢子が先に、俺はトイレに寄ってから外に出た。




 ……それが良くなかった。




 「ちょっと、やめてください」




 遅れていくと、夢子がナンパされていた。二人組の男。恐らく俺と同じ年くらいだろう。夢子の大人びた見た目からすれば、それも不思議ではない。




 いいじゃないかと食い下がる彼ら。出しゃばるほどではないかと思ったが、流石にしつこい気がしたので夢子に声をかけた。




 「お待たせ」




 それだけ言って出ていく。




 「遅いよ」




 そういうと、夢子は俺の背中に回って彼らから隠れた。




 てっきり俺は、この光景を見ればそのままどこかへ行ってくれると思っていたのだが、どうやら彼らはそれほど頭のいい人たちではないようだった。




 「あぁ?なんだてめえは」




 金髪の男が言う。俺より少し背が低い。




 「兄です」




 そういって、踵を返した。これ以上関わるときっとよくない。




 「おい待てよ!」




 確かにナンパに失敗したのには同情するが、これ以上食い下がっても自らの価値を下げるだけなんじゃないだろうか。引き寄せられて振り返ると、もう一人の男は既に冷めた様子でスマホをいじっていた。ひょっとして、あれは俺たちをカメラに写しているのではないだろうか。それとも動画を回しているのだろうか。




 そのどちらも、俺にとっては望むところではない。ましてやこんな昼下がりの街中で、妹の目の前で胸倉を掴まれているところをだ。




 鈍い音。




 黙っていればいずれ警察なり警備員なりが来るだろうと思っていたが、それよりも早く俺は殴られてしまった。




 「いやっ……っ」




 夢子が小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。




 一発ぶん殴って気が大きくなったのだろう。男はさらに声を張り上げて、俺を脅した。




「おい!てめえ俺に喧嘩売ってんだよなぁ!?」




 最早夢子にフラれたことはどうでもいいらしいし、何なら既に忘れているのかもしれない。彼の標的はとっくに俺だ。




 「そんなことはない。やめとけ」




 抵抗はあくまで口にするだけ、俺は体に力を入れることはしない。




 「うるせえな!ぶっ殺すぞ!」




 怒鳴り声を聞いて、瞬く間に人だかりが出来ていく。こんなにたくさんの人に注目されたのは、生れてはじめてかもしれない。




 程なくして、その人だかりの中から正義感のある人が数人出てきて俺と金髪の彼を引き離してくれた。彼は未だ興奮しているようで、二人に羽交い絞めにされている。




 「大丈夫か?」




 壮年の男が俺に問う。恐らく家族連れだろう。後ろに妻らしき女性と、幼い子供の姿が見えた。




 「大丈夫です。当たっただけですから」




 口元をぬぐう。本当はがっつり殴られていたのだが、これ以上大事になってしまうのが嫌で、だから俺は夢子の手を取ると人込みをかき分けて足早にその場を去った。




 「おい!逃げてんじゃねえぞ!」




 怒号。しかし、だからと言って彼が俺に追いつくことはない。




 しばらく歩いてとある路地裏に着くと、ようやく俺たちは立ち止った。夢子の顔を見ると、今にも泣きだしそうな表情をしていた。




 「悪かったな、もう少しうまく処理できればよかったんだが」




 「そうじゃないよ」




 夢子は泣いてしまった。複雑な気持ちなのだろう。しかし、その様々な感情を抑えて妹は俺に。




 「助けてくれてありがとう」




 そう言った。




 俺は結んでいた手を解くと、泣いている妹の頭に手を乗せて「もう大丈夫だから」と答えた。




 夢子が泣き止むまでの時間、俺は壁に描かれた落書きを見ていた。夢子を泣かせたのが彼らだとは思えず、どこか罪悪感を覚えたからだ。

ありがとうございましちや。

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