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【完結】義理の妹が結婚するまで  作者: 夏目くちびる
第五章 義理の妹と結婚するまで
56/57

文也と夢子

いつもありがとうございます。これにて本編終了です。

応援してくださった方々、本当にありがとうございました。


また何か書くので、読んでもらえると嬉しいです。

 × × ×




 「お兄ちゃん!」




 呼ばれて振り返る。走って向かってくる夢子を受け止めると、彼女は俺を見てこう言った。




 「卒業おめでとう!」




 そう。今日は俺が通う海明大学との別れの日。俺が夢子と婚約して、早くも三年の月日が経ったのだ。




 「ありがとう」




 頭を撫でる。大学生になって大人の姿になった今でも、頭を撫でたときの表情は相変わらず幼い。こうしていると、あの頃の事を思い出してノスタルジーに浸れるというのは、夢子に明かしていない秘密の一つだ。




 それを見ていたジレンマのメンバーが囃し立てる。俺は恥ずかしくなってしまったが、夢子はそんな様子もなく俺たちの関係をアピールをしていた。




 夢子は東都大学に進んだが、ジレンマのメンバーとして度々この大学や飲み会の場に現れていたから、知らない者はいない。(ちなみに、理子と真琴も東都大学に進んでいて、ジレンマのメンバ-だ)




 集まりの場で俺に引っ付く夢子を見て、野郎どもによく無茶振りの余興や一気飲みをさせられた。……まぁ、今となってはそれもいい思い出だ。




 少し落ち着いたからトラの方を見てみると、とんでもない数のメンバーに囲まれててんやわんやしていた。流石の彼と言えども、あの数の人を捌くのは無理だったようだ。




 ジレンマは海明大学の歴史上最も巨大な組織となった。中小のサークルとの合併を繰り返し、その人の多さを生かして更に規模を拡大していくうちに千五百人近い人数が集まってしまったのだ。それだから、ジレンマ内でグループサークルのような支部を作り、共同運営として活動をしていた。




 俺が三年の時点で役を降りようとした時、トラが本気で泣きそうな顔をして(初めて見た)「お願いだから俺の傍にいてくれ」と言ったから、結局最後まで業務部長として在籍してしまった。引継ぎを済ませたとはいえ、これから先あいつらは大丈夫なのだろうか。後輩たちの活躍に期待するとしよう。




 ともあれ、その巨大組織のトップともなれば、あの盛り上がり方もなんら不思議ではない。最終的に秘書陣だけで百人くらいいたもんな。




 しかし、トラには彼を待つ女性がいる。だから俺は夢子に荷物を預けると覚悟を決めて飛び込み、トラ救出に向かった。




 ……何とかして集団から離れると、息を切らしながら二人して物陰に逃げ込んだ。




 「助かった。本当にありがとうな」




 「いいよ、大丈夫」




 あまり自信はないが。……この借りのせいで、いつか殺されてしまわない事を祈ろう。




 「なんか、初めて会った時みたいだな」




 「言えてる」




 そう言って、二人で地面に座り込んだ。




 「さっき中根から連絡来てた。フミにもよろしくってさ」




 律儀なんだか適当なんだか。しかしそれを聞いて嬉しかったのは確かだ。




 「わかった。よろしくされておく」




 そして、トラは俺の右手を握った。俺も固く握り返す。




 「今日まで本当に楽しかった。お前が居なかったらここまで来れなかった」




 「俺も楽しかったよ」




 トラは集まったメンバーと会社を設立して、学生起業家として一足先に社会人となっている。在学中、俺はピザ屋のバイトを辞めてそこで手伝いをしていたが(おかげで大学生では持ちすぎなくらい稼げた)、これで会う機会もグッと減る事だろう。




 「またな。落ち着いたら連絡する」




 「あぁ、元気でやれよ」




 そう言って、表に出て彼を送り出した。見えなくなる直前にトラはこっちを振り返ったから、俺は大きく手を振った。




 「……男の友情ってヤツ?」




 夢子がひょっこりと現れた。放っておいたからだろうか、少し不機嫌そうだ。




 「まあな」




 恥ずかし気もなくそんなセリフを吐いてしまったが、後悔はしていない。




 喧騒を振り返る。幾度となく通った図書館や教室に部室。そのどれもが思い出深いが、もうここに来ることはない。一抹の寂しさが俺を襲ったが、しかし思い出にしがみ付くわけにはいかない。




 「行こう」




 夢子に手を差し伸べると、彼女はそれを握って俺の隣に並んだ。




 「ねえお兄ちゃん。これ見て」




 左手に、あの指輪があった。




 「まだそれ持ってたのか」




 「いいでしょ。宝物なの」




 そう言ってくれると嬉しいが。




 「そのうち、本物も買いに行かないとな」




 「これだって本物だよ」




 大切そうに言った。だから、俺は思わずその指輪をもう一度見た。




 「……そうだな、確かに本物だ」




 気持ちに嘘がない以上、形は重要ではないのかもしれない。その指輪は、確かに俺が好きな人に渡したモノだから、夢子の言う通りだ。




 駅へ向かう途中、桜並木の広い道に出た。吹雪のように花びらが舞い、旋風を巻いて俺たちを追い越していった。微かに香るその花に、俺たちは立ち止まって見惚れていた。




 ……。




 「夢子」




 「なに?お兄ちゃん」




 向かい合って、見つめ合う。あの時と同じだ。俺たちの世界から音が消えた。




 「好きです。結婚してください」




 仕事はある。自分の家もある。責任だって負える。もう俺たちを阻むモノは何もない。




 夢子はとびきりの笑顔で俺を見ている。大人びていて、無邪気で、とても綺麗だ。




 「……これからよろしくお願いします。文也さん」




 兄と呼ばれなかったその時、俺は彼女の為に何ができるのかを考えていた。

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