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【完結】義理の妹が結婚するまで  作者: 夏目くちびる
第一章 春休み(文也の場合)
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残響

目標にしていた読者10人がとりあえず達成できたので、ここにでかい感謝を申し上げます。

 その後、俺は特に何をするわけもなく、ただ軒先に座って空を見上げていた。こういった何もない時間が、俺は結構好きだったりする。




 暗い空にポツポツと星がある。北極星を見れば道に迷わないと昔の人たちは言っていたようだが、そもそも俺には北極星がどれなのかわからなった。




 「あれが北極星だよ」




 突如指さされた場所を俺は半ば反射的に見上げる。確かに他より少しだけ青みがかった星があった。




 「ふーん」とから返事をして、俺がただ単純なのかそれとも夢子が読心術を使えるのかを考えた。恐らく前者だろう。




 オールレーズンを齧る。思ったよりも口が渇いたから、袋を折って残りは後で食べることにした。




 「お兄ちゃん、明日暇だよね?」




 突然の問い。確かに明日、お兄ちゃんは暇だった。




 「買い物に付き合ってよ」




 付き合うのはやぶさかではないが、友達といった方がよっぽど楽しいだろうに。




 「お昼ご飯外で食べようよ。私ピザ食べたい」




 俺はナラの木の薪で焼いた故郷の本物のマルガリータを食べたい。ボルチーニ茸ものっけてもらおう。




 「お兄ちゃん、それは死亡フラグだよ」




 なぜ知ってるんだ。というか、やっぱり心が読めるのか。




 小さく笑う夢子を見て、こいつは何でも知ってるし何でもできるな、と感心していた。




 スマホの画面に目線を落とした夢子の顔を見る。長くて黒い髪。大きな目は猫を思わせる形をしている。こうしてじっくり見てみると、普段大人びて見えるのは夢子が意識して周りにそう見せているからなのかもしれないと思った。画面をタッチするその無防備な表情は、俺にはとても幼く見えた。




 そして、俺は妹のこと何も知らないのだとこの時気が付いた。




 「あのさ」




 ……聞けば友達は多く成績は優秀。スポーツもなかなかの成績を残したらしい。吹奏楽部はやり切ったから、高校では別の部活に入りたいとか。やはり完璧超人だった。




 「彼氏はいないのか?」




 沈黙。




 夢子はスマートフォンから目を離して俺の目を見た。瞬きを二回。




 「いると思う?」




 いないと思う。訊いてみただけだ。男が信用できないのだから、恋人を作るとは思えない。




 しかしそれは夢子本人の事情である。もしアプローチがないのなら、その超人ぶりに周りがびびって手を出してこないだけだろう。男は女が思っている以上に度胸がないし、奥手なのだ。




 「まあ作ってみれば、男への価値観も変わるかもしれないな」




 言うと、夢子は少し寂しそうな顔をした。恐らく俺は回答を間違えたのだろう。




 「あー、代わりといっては何だけど、明日はデートのつもりで出かけましょう」




 チラッとこちらを見た。「意味わかんない」と呟くと、妹は膝をたたんでそ腕を組み、そこに顔を伏せてしまった。




 また沈黙。遠くのパトカーのサイレンの残響が聞こえた。




 「お兄ちゃんは彼女いないの?」




 そのままの姿勢で夢子が訊く。




 「うん。受験前に別れた」




 お互いの勉強のために、という話だった。しかし、今考えれば体のいい別れ文句だったのだろうが、俺は当時それをちっとも疑わなかったし、受験が終わればまた付き合うのだろうと思っていた。

 



 だが、あの子はまだ受験期間中に別の彼氏を作っていた。ひょっとすると浮気されていたのかもしれないし、俺が浮気相手だったのかもしれない。何にせよ割と酷い方法でわからされたのだ。それ以来俺は恋愛から遠ざかっている。ちなみに、恨みなどはない。




 「そうなんだ。じゃあデートのつもりで出かけてあげるね」




 気が付くと夢子は顔を上げてこちらを見ていた。その表情は先ほどまでとは違う、少し大人びたものだった。




 その後、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。バイトの疲れもあってか、俺はベッドに倒れこむとそのまま気を失うように眠ってしまった。




 翌日、目覚めるとなぜか夢子が俺の隣で寝ていた。特に招待したような覚えはないのだが、またコーヒーでも飲んだのだろうか。




 妹を起こさないようにゆっくりと体を起こし、立ち上がってから一階へ降りて歯を磨き顔を洗った。




 ベーコンエッグを焼いていると、寝ぼけた様子の夢子が目をこすりながらリビングの扉を開いて、挨拶もせずにそのまま食卓に座った。しかし、歯磨きだけはなんとかすましたようだ。その証拠に唇の端に歯磨き粉が付いている。




 その表情はまるで小動物のようだ。妙に目が大きいものだから、少し笑っているようにも見えた。




 大皿にレタスを千切って乗せ、トマトを四分一に切って乗せ、そして焼きあがったベーコンエッグ(卵は俺が五つ、夢子が二つ)を乗せた。焼きたてで未だ白身に気泡が立ち、プツプツと音を立てている。フライパンに引いたオリーブオイルの香りが、僅かに鼻孔をくすぐった。




 チン、と音を立ててトースト二枚が機械の中から飛び出した。一枚にバターを塗って夢子の皿へ。もう一枚は俺自身、口にくわえて更に二枚をトーストにかけた。焼けたら何を塗ろうか。




 二つの皿を食卓へ運び、二人で食事を済ませる。途中、二枚のトーストは牛乳とガーリックバターで胃の中へ流し込んだ。




 朝ごはんを食べ終わる頃には夢子は意識を取り戻していた、いつの間にかスマホを手に取り、今日行く店をいくつかピックアップして俺に見せつけてくる。その全てが都心のテナントであった。どうやら俺は今日、電車に乗ってそこへ行くらしい。




 皿を洗って自室に戻ると、俺はシャツを着てジーンズを履いた。靴はハイカットのスニーカーにしようか。いつもと雰囲気を変えるのならば、俺は靴を変えるしかない。




 夢子は髪を整えて、服を選んでいるらしい。俺が準備を終えてリビングに着いてから、既に二十分が経過しようとしている。




 暇つぶしにとつまんでいた父のつまみのミックスナッツの缶が底を尽きかけたころ、ようやく妹が階段を降りる音が聞こえた。




 立ち上がり、リビングを出る。廊下に入ると、そこには淡い色のブラウスとロングスカートを着て小さな鞄を肩に下げた夢子の姿があった。




 「かわいいね」




 早速、デートらしく相手を褒めることとする。夢子は「えへ」などと言って俯いた。照れているのだろうか。




 玄関でスニーカーの紐を結んでいるとき、ふと茶色のパンプスが視界に映った。そういえば夢子の服装にどこかデジャヴを感じる。妹が着ていたのを見たわけではないはずだが、果たしてどこで見たのだったか。




 鍵を閉めて、二人で並んで駅へ向かう。特に目立った会話はなく、ただ夢子の話に俺が相槌を打つだけだった。しかし傍から見ればこの光景は、きっと兄と妹として映っているだろう。俺にはそれが嬉しい。




 駅に着いた。普段使っている定期のチャージ金額は充分だったが、なんとなく目的の駅までの切符を二枚買って、夢子に一枚を渡した。




 「ありがとう」




 いいってことです。




 ホームに着いてから数分で電車が到着した。電車の中は随分と混んでいる。きっとそのほとんどが休み中の学生だ。




 俺は吊革につかまったが、夢子は俺のシャツの裾の少し横当たりを軽くつまんだ。それが安全に電車に乗るための作法だとは思えなかったが、もし何かあれば俺が夢子を守ってやればいいと思いそれ以上何も考えることはなかった。

ありがとうございました。

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