緊張
動き始めた感ある
ひとしきりを伝え終わると、俺はコーヒーを口に付けた。割と長い間喋っていたから、既にぬるくなっている。
「俺、お前はもう少し感のいい奴だと思ってた」
トラが虚を突く。
「どういう意味だ?」
「いや、普通に考えてさ。……まあ、当事者になってみればまた違うのかもしれないけどよ」
本当のところ、俺はトラが何を言いたいのかは分かっていた。どちらかと言えば、俺は人の感情に敏感な方だから。
「お前が俺に話したことを後悔してほしくないからこの際はっきりさせておくが、お前の妹は、お前のことが好きだ」
「そうか」
兄として否定するのではないかと思っていたその言葉を、自分が案外素直に聞き入れることが出来たことに驚いていた。つまるところ、俺に最初から兄としての素質はなかったのだろう。むしろ、兄にならなければならないという強迫にも似たその観念から逃れられたことに少し安心さえしていた。
「そして妹……夢子ちゃんは、今のままお前と暮らしていけるのであれば、それに対して答えを求めるようなことはしないと思う。叶わない恋に対する行動なんてそんなもんだ」
トラは決めつけるような物言いをするが、俺にはそれが間違っているような気は全くしなかった。何故なら、その時見せた表情から、トラには叶わない恋をした経験があるのだろうと直感したからだ。
「そうか、わかった」
その姿を見て、俺はこれ以上何かを訊く気にはならなかった。
「それじゃあ行こうぜ」
そして、俺達は席を立った。相談に乗ってくれたお礼にここの会計を俺が全て持つことにした。
その後、そのまま帰るのも味気がないからと、二人でゲーセンに行って遊んだ。トラの異常な格ゲーの強さをしばらく眺めていたが、夕方になったのを思うと俺たちは互いのバイクに乗って解散した。
家に着く。夢子がソファに座ってテレビを見ていた。夕飯の支度は既に終わっている。
「明日、お母さんたち帰ってくるね」
「そうだな、迎えに行ってやらないと」
明日の昼間、俺は車を運転して空港へ父と時子さんを迎えに行くことになっている。
「私も一緒に行く。空港でご飯食べよ」
いい提案だ。二人に確認を取ったわけではないが、明日は久しぶりの家族揃っての外食という事になった。(父は帰りが遅いし、俺も高確率でバイトに行っているから中々時間も合わないのだ)
夢子の隣に座る。クッションに沈む俺の体に、夢子は少し肩を寄せた。
「今日も一緒に寝ていい?」
テレビに顔を向けたまま、夢子がそう聞いた。
……。
「いいよ。きっと今日で最後になるだろうしな」
そう。今日で最後のはずだ。
「やった。でもコーヒーは飲まないよ。明日は昼まで寝てられないしね」
夢子は俺に笑顔をむけると、夕飯の支度を始めた。程なくして準備が終わり、二人で挨拶をして食事を開始した。
なぜか飯が喉を通らなかった。おかずはタラの西京漬に根菜の煮物、豆腐とわかめの味噌汁。手間がかかっていて、味はもちろん最高だ。それに腹だって減っている。なのに、どうしてだろう。
何とか一人前を平らげる。ご馳走様の合図をすると、夢子はどこか心配そうな顔で俺を見た。
「どうしたの?具合悪いの?それとも、おいしくなかった?」
「そんなことない!体調は悪くないし、最高においしかったぞ!」
思っていたよりも大きな声が出てしまった。自分の声のボリュームの調整が出来ていない。
「そっか。なら大丈夫だね」
夢子は一瞬驚いて、笑った。その表情を見て、俺は心臓が高鳴っていることに気が付いた。
……そうか。俺は緊張しているのだ。今日、夢子と同じベッドに入ることを。
そう思うと俺は途端に恥ずかしくなって、夢子と同じ部屋にいることが出来なくなってしまった。だからまず落ち着くために足早に自室へ向かい、トレーニングウェアに着替えるとすぐにロードワークに向かうことにした。
家の前の道でストレッチをしていると、やはりどこか心配そうに夢子が俺を覗きに来たが、俺は妹に「大丈夫だから」と伝えると、まだ温まっていない体のまま走り出した。
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