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【完結】義理の妹が結婚するまで  作者: 夏目くちびる
第一章 春休み(文也の場合)
10/57

真剣

読んでくれて本当にありがとうございますですよ

 バイトを上がってスマホを見ると、夢子から連絡が届いていた。何時に帰ってくるのかという確認の連絡だ。今から戻るから十五分程度だと伝えると、すぐに「わかった」という返信があった。




 トラのたばこに付き合ってから店を出る。妙に肌寒い空気が漂っている。

 



 夢子が帰宅時間を確認してくるのは珍しいことだったが、俺はあまり不思議には思っていなかった。この数日、毎回俺が夕飯を買って帰るものだから無駄金を使わなくて済むように気を使ってくれたのだろう。




 程なくして家へたどり着く。扉を開けてリビングへ向かう。中へ入ると、夢子はソファの上に座っていた。




 「ただいま」




 声をかけても反応はない。その代わりに肩を少し上げてモジモジしている。




 「どうした。何かあったのか?」




 鞄を下ろして正面に座る。すると、夢子はジトッとした目で俺を見た。まるで、「こいつ、何もわかってねぇ」と言わんばかりだ。




 しかし、分からないものをあれこれ当てずっぽうで狙うより、こうして黙って答えを待つほうが夢子に対しては有効だと俺は知っている。決断力のある相手には、案外待ってみるのが正しかったりするのだ。




 少しの間夢子の顔を見ていると、そのうち諦めたように溜息をついて、つぶやくように話し始めた。




 「……から」




 うん?




 「お兄ちゃんが自分のこと、優しくないとかいうからあんなことになったの」




 あんなこと、とは立ち上がって声をあげてしまったことだろうか。その前後の会話を思い出す。それとも、その後酒に手を出してしまったところまでを俺のせいだというのだろうか。




 「あぁ、悪かったな、あれは」




 「それそれ!それだよっ!そうやってすぐ謝るんだから!」




 なんだなんだ。一体俺の妹はどうしてしまったんだ。




 「ちゃんと怒ってよ!お兄ちゃん全然悪くないでしょ!」




 「こ……こらっ!」




 「ふざけないで!」




 ふざけたわけではないのだが。しかしなぜ夢子が急にこんなことを言うのか俺にはさっぱりわからなかった。




 「悪い。お兄ちゃん馬鹿だから教えてくれない?」




 そういうと夢子は深く深呼吸をする。一瞬こっちを向いたかと思うと、目線を外してから話し始めた。




 「昨日、理子の家に泊まった時もまたお酒飲んだんだけど」




 若いうちから飲んでるとあまりよくないんじゃないだろうか。




 「理子のお姉さんが、私たちのこと怒ったの」




 「まぁ、そりゃそうだろうな」




 当然と言えば当然だ。世間的にやってはいけない事を彼女たちは犯しているのだ。(犯すというと、あまりに人聞きが悪いだろうか?)ならば周りの大人がそれを正してやらなければならない。




 「でも、お兄ちゃんは全然怒らない、私が何やってもいっつもそうでしょ?どうして?」




 夢子は更に問う。




 「どうしてよ。私、怒ってもらわないと。お兄ちゃんがお兄ちゃんだって思わせてくれないと、嫌だ」




 ……。




 自分が間違えたことは理解したが、どこでどうして間違えたのかが全くわからない。




 兄として尽くしているつもりだった。認めてやることが、味方になってやることが兄として正しいことだと信じていた。




 竹藤先生はどうして俺の良い師となれたのか。それは時に厳しく指導してくれたからではなかったか。あの人は真剣に俺を見ていてくれたと実感できる。




 ならばこうして認めるだけの俺の行動は、果たして本当に向き合っているといえるのだろうか。




 この数日で、夢子は俺が思う以上に幼いということに気づいた。一人で寝れずに寂しがることなど、あるはずがないと思っていた。




 夢子には夢子の欠点がある。だが、俺は夢子が大人だと思い込むことで、その欠点を見ることを拒否していたのではないか。完璧なもの手を加える必要はないと、知ってしまうことで責任を背負う覚悟が出来ていなかったのではないか。




 要するに夢子はただ怒ってほしいわけではない。怒ることで真剣に自分を見てほしいということを言っている。妹はとっくに、俺が真剣でないことを見抜いていたのだ。




 ならば、応えるしかない。兄として、これ以上情けない姿を見せるわけにはいかない。だから。




 「そう言ってくれてありがとう。俺は夢子の事、大好きだよ」




 向き合うのであればこうして本当の気持ちを言うのが一番だと思った。俺は夢子を好きだ。妹として、家族として、そして人として尊敬できる彼女が、俺は好きだ。




 ……きっと、兄として。




 「はわわ……」




 なんだその反応は。




 「そっ、そういうこと言ってるんじゃないでしょ!お兄ちゃんが私を好きなのは今関係ないでしょ!」




 全く無関係というわけでもないと思うのだが。しかしそれだけでは言葉が不十分であるのは重々承知している。なのでしっかりと。




 「ちゃんと見るようにするから。夢子のこと。だから許してくれないか?」




 と補足した。




 「わかってるなら最初からそう言えばいいじゃん。すっ、すっ、好きなのは関係ないでしょ」




 そう何度も関係ないといわれるとそれはそれで悲しい。




 「まあわかってくれたならそれでいいよ。もう気を付けてよね」




 「……わかったよ」




 俺の言葉を聞くと、夢子はさっさと出て行って自分の部屋に閉じこもってしまった。




 そういえば、てっきり夕飯の準備をしてくれていると思っていたが特に何も用意されていないことに気が付いた。冷蔵庫の中は、あまり充実していない。




 コンビニへ出かけることにした。夢子は夕飯を食べたのかわからないが、腹が減って下へ降りてきたとき何かがあった方がいいだろう。




 いくつかの弁当とカップ麺を買って戻る。お湯を沸かして弁当を三つ温めて、その全てを完食した。




 部屋に戻ってスマホを見るとトラから連絡が来ていた。その内容は、俺が殴られている動画がSNSにアップされていた、という報告であった。




 着信に折り返すと、トラは怒っていた。ブチギレだ。自分がやられた訳でもないのに、優しい奴だと思った。




 公開されている動画は十秒程度のもので、俺が殴られている場面しか映っていない。幸運にも、夢子の姿はフレームには入っていなかった。




 「こいつのプロフィールと投稿内容で名前も住所も通ってる大学もわかってる」




 俺より上の年齢の奴が、実名晒して暴力自慢か。すごい時代になったものだ。




 「どうする?」




 どうする?とは、つまり復讐するのか、ということだろう。きっとトラのことだから、一緒についてくるに違いない。




 「やめとく。お前がやったら取り返しがつかなくなるだろ」




 実際殺しかねない。トラに病院送りにされた奴の数は、俺が知っているだけでも両手では数えきれない程だ。




 「……そうか。お前、ほんとに変わったんだな」




 「悪いな」




 「あぁ、まあいいよ。それなら俺も黙っとく」




 思わぬところで気を使わせてしまった。しかしせっかくだから、その頼り甲斐ついでに一つ頼み事をしてみることにした。




 「ついでと言っては何だけど、明日時間ないか?」




 俺が訊く。




 「ある。飯でも食うか?」




 「うん。それと、少し相談したいことがある」




 「フミがか?珍しいな」




 「そうか?まぁそういうことだから。明日の昼頃、いつもの駅に来てくれ」




 了解と返事をして、トラが電話を切った。俺たちが遊ぶとき、明確な時間指定はしない。昼頃といえば昼頃だし、いつも何となく同じような時間に集合することになる。互いに三十分以上待ったことはない。




 翌日十二時前、家を出て集合場所へ向かう。まだトラは来ていない。今日は俺の方が早かったようだ。




 ものの数分で彼はやってきた。黒のオーバーサイズのトレーナーにスキニーパンツ。いわゆるストリートファッションだ。




 喫煙所に寄ってから近くの喫茶店に入った。俺はハンバーグセット(サラダ、コーンスープ、ライス付き)、カツサンド、ナポリタン(大盛)とホットケーキ、それにホットコーヒー。トラはミートドリアセットとジンジャーエールを注文した。




 「いっつも思うけど、お前食う量減らせばもっと早く金貯まるんじゃねえの」




 わかってるが、腹が減ってしまって仕方ないのだ。




 先に飲み物が来た。それを飲みながら他愛もない会話を交わす。最近は専ら、大学生活に関する話ばかりだ。




 トラはとにかくサークルを作りたいらしい。活動内容は何でもよいが、とにかく自分でサークルを作って大学生活を充実させたいんだとか。現在の候補はダイビングサークルのようだ。ちなみに、トラにダイビングの経験はない。




 「もし既にあったら別の案を出さねえとな」




 「ならシーズンスポーツ同好会とかにすればいいんじゃない?冬はスキーとかボードやったりして」




 「それいいな。それにしよ」




 そういうと、トラはスマホのメモ帳に今の案を記した。




 「……それで、相談ってのはなんだ?」




 話題は俺に移る。




 「単刀直入に言うと、人の叱り方を知りたい」




 「なるほど、中々難しいこと言うな」




 まあ、そうだよな。




 「トラは組織のトップだっただろ。だから律し方というか、道を正す方法を知ってると思って」




 「組織ったって、あいつらは不良だぞ。言ったくらいで聞くわけねえし、正しい道からわざと外れてんだよ」




 盲点だった。確かに人の言うことを聞かないから不良なのだ。




 「じゃあ全部ぶん殴って聞かせるわけ?」




 恐怖政治は崩壊すると歴史が証明している。




 「流石にそういうわけにはいかないけどよ、……いや待てよ?後輩なんかは叱ってたといえばそうなのか?」




 「おっ、それだよそれ」




 「そうか、そうだな。そもそも俺を怒らせるようなことをしてくる奴は少なかったけど」




 やっぱり恐怖政治じゃねえか。




 「なんかあったときは、責めるだけじゃなくて同じくらい褒めてやってたな。お前は普段はいい奴なのに酒が入るとひでえ、とか」




 なるほど。




 「まあ、悪いところを直させるために叱るわけだから、やっぱりそいつの何が悪いのかをきっちり伝えてやらねえとな。悪口になっちまうと、そいつも考える暇もなく謝るようになるからな。ビビらせたらダメなんじゃねえか?」




 よく考えていると感心する。どうしてトラが番長なのかが分かった。




 「勉強になったわ、サンキューな」




 「参考になったか?」




 頷く。ちょうど料理が届いた。テーブルにどっさりと料理が置かれる。俺はカツサンドから食べることにした。




 「しかしなんで叱り方を知りたいなんて言うんだ。妹絡みか?」




 なんだこいつ。




 「感が良すぎて気持ち悪い」




 ドヤ顔で俺を見る。勝ち誇ってやがるなぁ。




 「フミの知り合いで年下なんて、妹くらいだしな」




 死ぬほどシンプルな答えだった。俺の交友関係をよく知ってらっしゃるようだ。




 「まあ、その通りだよ。妹が最近少しおかしくてな。昨日もモメたんだ」




 「今年から高校生だっけか。まあ考えることも色々あるんだろ」




 サラダを平らげ、ナポリタンにフォークを伸ばす。付け合わせのポテトにナポリタンのケチャップを付けて食べ、コーンスープを飲み干した。コーヒーのお替りを頼んでからハンバーグに手を付け、最後にホットケーキを完食。




 しばらくの間互いに黙って食事をしていたが、ひと段落したところで最近起こった出来事を順を追ってトラに話すことにした。

んいいい

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