1.『3ポイント』
◇
私がふと気がつくと、そこは真っ暗な暗闇の世界だった。
いや、正確にはそれは“気がついている”とは言えないのかもしれない。
というのも、見ることができるのは(見えていると言って良いのか不明だけど)、ひたすらに広がる暗闇であり、自分の手足などは一切確認できないからだ。
何も見えず、何も聞こえず、触れず、感じることもできない。
「私、死んじゃったのかな……。ここは死後の世界……? あー、呆気なかったな……。あ、友達に借りた本、返すの忘れてた……。まぁいっかどうでも……」
私はなんだか全てが億劫になってきて、どうでもいいことを考えて意識を手放そうとした。
……その時だった。私の頭に、とある文章が浮かんできたのだ。
それはまるで、直接脳内に語りかけられている様だった。
『あなたは今、転生する機会を与えられています。転生にあたって、次の項目にポイントを割り振ることができます。』
『なお、割り振ることができるポイントは前世の言動に影響されて決められています』
「は? どういうこと? ポイントって何?」
『それでは以下からお選びください。一度決めた割り振りは、あとから変更することができません』
「……いやシカトかい! 人の話聞かねぇな!」
天の声に自分の質問を堂々と無視された私はひどく憤慨したが、ここで文句いっても仕方ないかと思い直すことにした。
あるいは、死んだ人間というのはこんな風に次の人生をどう生きるのかを決めているのかもしれない。
要はRPGとかネトゲのステータス割り振りみたいなものでしょ?
大人しく従っておいた方が世のため人のためってね。どれどれ、私に与えられたポイントはどんなものかな。
私の目の前に、転生可能なリストと思われる種族がズラリと羅列されていく。
『総合ポイント:3。種族を選んでください。』
キラーアント 必要ポイント1
スライム 必要ポイント1
大土蜘蛛 必要ポイント1
大ミミズ 必要ポイント1
ポイズンビードル 必要ポイント1
ミニゴブリン 必要ポイント2
大ガラス 必要ポイント2
ポイズンリザード 必要ポイント2
スコーピオン 必要ポイント2
・
・
・
私は絶句した。
どれもこれもロクでもない転生先を提示されているのは百歩、いや一万歩譲って良しとしよう。
しかし、どうやっても総合ポイントがたったの3しかないというのは納得がいかなかった。
「ちょっと待って。ポイント3って何!? あまりにもクソすぎるでしょ! ふざけてんの!?」
『ポイント数は前世での行いに依存しています』
「ファー!! ひどく納得いかないんだけど! いや、そりゃ少しは私の行いは良くなかったかもしれないけどさ! 人間は!? 人間はないの!?」
私の憤慨ぶりとは裏腹に、天の声は努めて冷静に必要な情報を淡々と表示していく。
『ヒューマン 必要ポイント:30』
そのあまりの冷徹さに、私は半泣きになった。
必要ポイントが三十っていうのは、どういうことなのかと。自分の総ポイントを十倍してやっと届く数字。
それは、逆立ちしたって私が人間に転生することはできないということを意味していた。
私は死んだ魚のような目をして他のリストを眺めてみたが、他には獣人が二十五ポイントだの、ドワーフが三十五ポイントだの、エルフが四十ポイントだの。
高ポイント種族がしっかりと存在していることを見せつけられるだけだった。
どうあがいても自分自身には届かないそのポイントに憤りしか感じなかったが、一周回って冷静となった私は一つの結論を導き出していた。
どうやらこれから転生する場所は異世界であるらしい。
転生先に現実ではまず有り得ない種族が多数存在しているんだから、ほぼ確定でしょ。
自分のポイントが少なすぎることには全く納得が行かないけど、異世界に行くことができるということに少しばかりワクワクしていた。
これまで私は完璧な女子高生だったとか考えていたけど、なんだかんだこれまでの肩身の狭い日常に辟易としていたのかもしれない。
転生先の項目を更にスクロールしてみると、最もポイントが必要なのはヒューマンやらエルフやらに“上流階級”というオプションがついたものだということも分かった。
人型系の転生に上流階級オプションをつけると、取得に倍のポイントが必要になるらしい。
ヒューマンだと六十ポイント。エルフだと八十ポイント。
そういった項目が存在するということは、少なくともいきなり八十ポイント以上貰えているやつも、恐らく存在するということだろう。羨ましい奴らめ。
項目のポイント数をざっと見た限り、普通は三十~四十ポイントは貰えるというところだろうか?
……まぁ、確かに前世の私はちょっとばかり傲慢だったかもしれないけど。
それにしてもたったの三ポイントって。頭がおかしくなりそうだ。
種族だけ見ればベビーウルフやらレッサーキャットやらが三ポイントとか、ちょっとはマシなものもあるにはあるんだけど。
ポイント振り分けと銘打っている以上、転生先の種族だけ選んで終わりってこともないだろう。
なけなしのポイントを種族の選択だけで使い切っては詰んでしまう気がしたので、ここは1ポイントで比較的マシそうなスライムにしておく。
仕方がないよね、他のが虫やらミミズやらだし。
ハァ、私はほ乳類にすら転生できないのか……。情けなさから涙がちょちょ切れそうだ。
『種族:スライムが選択されました。
種族ユニークスキル:<捕食>を取得しました。
残りポイントでスキルを取得してください』
やっぱりそうか。先に良い種族を選びすぎると、良いスキルがとれないと……。
まぁ私の場合は元が3ポイントだから関係無いけどね!
はっ! いいよ別に! スキルを選ぶからさっさとリストを見せてよ!
『2ポイント以下で取得できるスキルは以下になります』
取得済み
<捕食>
1ポイント
<跳躍> <痛覚軽減> <ストレス耐性> <第一言語>・・・
2ポイント
<目星> <聞き耳> <忍び足> <念話>・・・
うーん。予想はしていたけどロクなのがない。
そりゃそうだよ、だって普通は数十ポイントは残してる前提なわけであって……。
だけど、スキル欄を目で追っていくうちに、一つ気になる項目を見つけた。
それは、<ランダムスキル>。
『スキルを選んで習得しない代わりに、ポイントをすべて使用してランダムで一つ強力なスキルを得ることができます』
これは決まりかなぁ……。1ポイント無駄になるけど。
あ、種族って選び直すことできんの?
『一度決定した種族の変更はできません』
はい知ってた。なんという無慈悲。けち! ……でも、これでもう迷いはない。
普通は生きるために有用そうなものをバランス良く選ぶんだろう。けど、私にはこれしかないんだ!
地獄に垂れてきた蜘蛛の糸にすがるが如く、祈りながら<ランダムスキル>を選択する。
『ランダムスキルが選ばれました。スキル<早熟>を習得しました。すべての項目の選択が終了しましたので、転生を開始します……』
ウーン? 当たり……なのか? あ……なんだか意識が遠のいていく……。
なんとか……なるのかな? ……。
◇
視界が徐々にぼんやりしたものから、輪郭がはっきりしたものへ変化していく。
一面緑に覆われ、見えるものは草むら、茂み、鬱蒼と生い茂る木々、わずかに見える空。どうやらここは森の中らしい。
なんでこんなところにいるんだっけ……。
あっ! そうだ私転生したんじゃん!
私は周囲の状況を確認するために足を踏み出そうとした。
「!?」
しかし、それは叶わず地面に顔を擦り付けることになった。……そうだ、私スライムだったわ。
手足がないんだわ。こう、跳ねたり転がったり、地面を這うようにしないと移動できないみたい。
「――ッ!」
おまけに声も出ない。スライムだもんねー、口もなければ声帯もないよねぇ……。
せめてドラ○エみたいに、喋れて愛嬌のあるスライムなら良かったのになー。
ボク悪いスライムじゃないよ! なんてね。
……そうだ、ありがちだけどステータスとかは見られないのかなぁ。ステータス、オープン! なんちゃって。
『種族名:スライム Lv.1 固有名:なし 性別:女 状態:正常
HP 8/8
MP 2/2
筋力 G 敏捷 G+ 器用 G 知性 G 精神 G SP 0 LB 0
魔法 なし
スキル <捕食>Lv.1 <早熟>Lv.1』
ブォンという機械音と共に、眼前にこれ見よがしにウィンドウが出現する。
うわ、本当に出たわ。
まじまじと自分のステータスを眺めてみたけど……うーん、弱いなぁー。
周りのもののサイズ感的に、私の大きさはせいぜい30センチってところだろう。
その小さいサイズが相まって、敏捷が他の項目よりちょっと高いみたい。
SPやらLBやらちょっとよく分からない項目があるけど、まぁそのうちはっきりするでしょ。
問題はスキルだよスキル。
私はウィンドウからスキルを選択し説明を見ようとした……のだが。
『<鑑定>スキルを取得していないため説明を見ることができません。』
ええええ。
自分のスキルすら分からないってどういうこと。
そりゃあ、なんとなく予想はつくよ?
<早熟>は成長促進スキル、<捕食>は食事に関するスキルってことくらいは。
でもただでさえウルトラハードモードなんだから自分のスキルくらい解説してよ……。
がっくりとしたくもなるが、身体が真ん丸な球体になってしまったので肩を落とすことすらできないときたものだ。
ともかく、ステータスにレベルという概念が表示されている以上戦って強くなる可能性が残っていることがせめての慰めだ。
あんまり落ち込んでいても仕方ないと、私は気合を入れ直した。今はできることをコツコツやろう。
転生時の選択肢から考えても、同レベル帯にアリやらミミズやらいるってのは分かるし。
まず戦うならその辺がいいんだろうな。
あーでも、その前に他のモンスターに見つかったらアウトだよねぇ。例えば……。
「グルルルル……!」
そうそう、ちょうどあんな狼みたいなモンスターとかね。
うん、勝てないよねこれ。ドウシヨウ? すごいこっち見てるよ。
あっ、やめて涎を垂らさないで。ワタシおいしいスライムじゃないヨ。
「ガァァァッ!!!」
アッハァァァーッッ!? こんなん逃げ一択でしょうがァ!!
うわ私足おっそ!! 足無いけどね! あっ、これ転がった方が早いわ!
って、眼の前めっちゃ下り坂なんですけどォーーッ!?
思いつくまま転がってみたは良いが、その回転する勢いを止められずにすごい勢いで転がっていく。そのうちに、とある文章が頭の中に響いた。
『<回転移動>Lv.1を取得しました』
へぇースキルってポイントを使用しなくてもとれるんだー。って今はどうでもいいよ誰か止めてぇぇぇぇーッ! あっ回りすぎて気持ち悪っ……。
『<酔耐性>Lv.1を取得しました』
あぁそうかいありがとよ! おかげでちょっと気持ち悪くなくなったわ! くそが!
『バシッ!!』
「――ッ!!」
脳内でツッコミをしているうちに、木にぶつかって止まったらしい。
ステータスを見ると、HP表示が4/8になっていた。もう超痛い。
いきなり体力の二分の一も削れたんですけど?
「グルルルル……」
そうして悶絶している間に狼さんに追いつかれたと来たもんだ。
転生して早々、もうゲームオーバー?
嫌だ。こんな身体だけど私は私だ。前世みたいにあっけなく終わるなんてごめんだ!
「……」
これはもう戦うしかない。……覚悟を決めよう。
正直言って勝てる気は全くしないけど、逃げるチャンスくらいは生まれるかもしれない。
こちとら元人間様の脳みそですよ。
たかが犬っころに負けてたまるもんか。