意味深な夢
夢をみた。
夢の中で僕は、開けた場所、どこだか分からない屋外にいた。
辺りは薄暗く所々から柔らかな光が漏れている。
よく見てみるとあちこちにぽつんと灯篭が置いてあり、それが優しい光を湛えてこちらを見ていた。
足元は芝生で目の前には大きな枝垂桜があった。
樹齢百年はありそうな立派な桜だ。
吸い込まれそうなほど美しい花が枝に沿って沢山咲いている。
僕はその桜の前で一人の少年と話をしていた。
十代前半くらいの華奢な少年だ。
だが、その少年の顔は見えない。
不自然に顔の半分がぼやけていて、いくら目を凝らしても彼の顔をはっきりと認識できない。
それでも僕は少年と楽しそうに話をしている。
「茜。――――行かないか。――――――だろ?」
「いいな。――――だもんな、――――か?」
少年との会話はところどころ聞き取れない。
急に耳が遠くなってしまったように音を拾えない。
それは僕自身が話した言葉も同様だった。
それでも、僕は楽しかった。
そう。僕は彼を知っている。
言葉を聞き取れなくても、顔が分からなくても。楽しかったことを知っている。
どこからか花びらが舞ってきた。ひらりひらりとそれは舞う。
淡い薄紅色。桜の花びらだ。
風に乗って舞い散るそれは徐々に多くなり、やがて雨のように大量に僕らに降り注ぐようになった。
たまらず僕は花びらから自分を守るように腕を上げた。
「――――」
少年が何かを言った。
かろうじて見える彼の口元が笑っていた。
「う…うわあああああっ」
僕はベッドから跳ね起きた。
「はあはあ。夢…」
呼吸は整わず、心臓はばくばくと鳴り響いている。
体は汗をびっしょりとかいており、僕は右手で額をぬぐった。
「さくら…。また桜だ。それに、あいつは……」
呼吸を整えながら机の上に置いてある時計を見ると、午前一時だった。
「………」
頭の中ではまだ桜の花びらが舞っていた。
「うう…」
僕は呻いた。涙は、出てこなかった。いっそ泣けたらよかったのに。泣いてすっきりして、気持ちを切り替えられたならよかった。そうなりたかった。
「どうあっても、……忘れさせてくれないんだな」
死んだような声で呟き、僕はベッドから起き上がって部屋を出た。
キッチンによって、冷蔵庫から出したお茶をコップに注ぐ。冷たいそれを一気に飲み干して僕はもう一度部屋に戻った。汗に濡れたスウェットを脱ぎ、服に着替える。適当な上着を羽織って、スマートフォンを手にしようとしたが、やめた。
結局、スマホも財布も持たず、家の鍵だけもって玄関まで来た。
玄関には両親の靴があった。僕が寝ているときに帰ってきたらしい。
親を起こさないように玄関のドアをそっと開けて、家の外に出た。
「寒…」
春とはいえ、夜はまだ冷える。
外に出ると冷気と夜独特の匂いが押し寄せてきて思わず身震いをしたが、僕は躊躇わず歩き出した。
今夜は満月だ。
深夜のため誰もいない道を歩きながら、夜空を見上げた。
ところどころ街頭の明かりはあるが、それでも薄暗い道を月が精一杯光を与えて照らしてくれていた。その道をただただ無感情で僕は歩いて行く。
行く場所は決まっていた。