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1回目

 お盆休み。

 親父とお袋にとっては貴重な休みらしいが、子供から見たら迷惑この上ない。

 夏休みでエンジョイしているにもかかわらず、こうしてお袋の実家へ連れてこられている。小さな頃ならともかく高校生なると何もすることはなく、無為に過ごすことになる。


「今の俺のように!」


 叫んでみても何も変わらない。

 畳の上でゴロゴロしてしまって何もやる気が起こらない。

 お盆休み明けにはテストがあるから勉強しないと駄目だけど、そんな気分じゃない。

 大体、今日着いたばかりで疲れているのに、勉強とか狂気の沙汰かよ。


健吾けんごー? 健吾けんごー! 降りてきて!」


 1階でお袋が呼んでいる。

 ここで無視するのもいいが、取り返しのつかないことが起こりそうなので言うとおりにしておく。


「ういーっす。りょーかーい」


 投げやりな返事をして1階へ下りると、お袋が待ち構えていた。

 こうやって呼ばれると言うことは、何か用事があるわけで。


「買い物に行ってきて」

「俺、疲れてるんだけど?」


 お袋曰く、晩飯に必要な食材が足りないので買って来いとのこと。

 サボると今日の晩飯がなくなるらしい。俺のだけ。


「いい? 買って欲しいもの言うから、ちゃんとメモしなさい。あんたは忘れっぽいから」


 俺はへいへいと答えながらスマホのメモアプリを起動させる。

 いつもメモするときは必ずこのアプリを利用する。覚える必要があるときはこれでメモを取らないとすぐに忘れてしまう。


8月11日

・海老   12尾

・パン粉  1袋

・卵    1パック

・キャベツ 半切り

・トマト  3個


 お袋からお金を受け取ると手を振られた。さっさと行って来いという事らしい。


―――


 家を出て10分、バス停が見えてくる。

 丸い標識には「北山田」の文字、その隣にはトタンでできた簡易的な天井、その下には木製のベンチ。

 絵に描いたような昔の田舎にあるバス停そのものだった。

 その木製のベンチには先客いた。

 総白髪が真っ先に目に付く女性。歳は同い年だろうか、背が低いので年下くらいだろう。

 白いセミロングに相対するように黒に統一されたブラウスにフレアスカート。遠めに顔を覗くと大人びていて綺麗に整っているが、その様子は儚さを帯びている。

 俺の嗜好が琴線に触れた。控えめに言って滅茶苦茶好みだ。同じ高校に通っていたら告白さえ厭わない。

 だが、総白髪とかあまりに気合が入りすぎている。流石に近寄りがたい。いや、関わり合いたくない。彼女の反対側の端に腰を下ろす。


「初めまして!」


 彼女は突然、こちらに声をかけてきた。

 儚げな印象が一撃で破壊されるほど元気な挨拶。


「は、初めまして……」


 こちらが気圧されていると、彼女は畳み掛けるように言葉を浴びせてくる。


「私の名前は矢国やくに 澄子とうこ、7月10日生まれのかに座! 年齢は17の高校2年生、今は祖母の実家に来ているの」


 びっくりしてドン引きする程、早口で言ってきた。

 ちょっと怖い。


「お、俺は山本やまもと 健吾けんご、高校1年生です。同じくお袋の実家に来てる……」


 一応、自己紹介程度のことは言ってみた。相手が相手だからか完全に滑っている。お互いに。

 でも、彼女が年上な事が意外だった。


「ねぇ、健吾くん」


 気安い。外見に反して気安い。いきなり名前呼びにくん付けである。


「一緒に遊ばない?」

「いえ、遊びません」


 いきなりのことだったので、つい断ってしまった。色々と残念なことはあったが、自分の好みの女子から誘われたのだ。これは千載一遇のチャンスだったのではないだろうか。


「遊んでくれたら、何でもしてあげる」


 俺の耳に聞き覚えのない言葉が聞こえてきた。

 「何でもしてあげる」俺の短い人生でこんな言葉を女子から聞いたことはない。いや、一生涯かけても聞けないかもしれない。

 聞き間違いかとも思ったが、確かにあの薄い唇から出た言葉だ。


「健吾くんの言うこと、何でもしてあげる」

「マジで!」

「マジよ!」


 彼女の外見に似合わず、意外とノリがよかった。

 彼女に抱くイメージとは違うが、こういう一面があるものいいかもしれない。

 しかし、遊びに誘ってくれて、何でもしてくれるなんて……天使だったか。

 だが、少し考えればこれはあまりに都合がよすぎないだろうか。

 実はこの話を動画に撮られていて、後になってネットに上げるとか言われて脅迫される可能性もあるのではないだろうか。


「やっぱり、断り――」

「何をしてもいいよ?」

「はい、遊びます。遊ばせてください、お願いします」


 俺は全力で喰い付いていた。ここで断る理由なんてない。

 彼女の可愛い笑顔は破壊力が大きく、こちらの思考を奪っていく。

 こんな穢れた大地に降り立った天使に何をしてもいいなんて、禁断の果実を口にするようなものではないか。


「君は少しスケベだよね?」


 想像が表情に出ていたようだ。もう少し体裁を整えないといけない。

 スケベなことは事実で、友人からもそう言われている。いまさらな話ではあった。


「じゃあ、遊びましょ。3日後に」


 いきなりの条件提示に動きが止まる。


「3日後にまたこの場所、この時間に会いましょう」

「3日後?」

「3日後よ」


 やはり、動画にされるのだ。

 『何でもしてあげるって言ったら本当に来た男』みたいなタイトルで、3日後にここで待つ俺の姿がネットに流されるのだ。


「分かった。3日後だな」


 自分のことより、彼女を好きにできる方が大切だ。艶やかな白髪に、10人中9人は美人だと言うだろう相貌、胸は……ささやかだが、スタイルもいい。そんな彼女を……そんな彼女を……

 どんな危険を冒しても男ならやるべき事がある。


「じゃあ、3日後にね」

「絶対に来てくれよ、動画をネットに上げられたくないからな。俺の人生に関わるレベルの問題だからな!」

「君は一体何と戦っているのかな?」


 もう後には引けない。ここまで来たら、毒を食らわば皿までだ。

 ここに来る。3日後にここにくると決めた。

 俺は早速スマホにメモを残す事にする。


8月14日

・いつもの時間、いつもの場所で彼女と待ち合わせ


 この文面なら、誰かに見られても問題ない。俺にはわかるが傍から見たら何を指しているか全くわからない。我ながら完璧だった。

 ここまで来たのなら後には引けない。


「健吾くん、バスが着たけど乗らなくていいのかな?」


 彼女の言葉に我に返る。

 自分が町へ行く為にバスを待っていたことを忘れていた。

 少し錆びのある薄い緑色のバスがやってきたことに気付く。


「あ、本当だ。じゃあ、3日後な!」

「うん、それじゃ、またね」


 やってきたバスにすかさず乗り込む。

 バスの窓から彼女に向かって手を振ると、手を振り返してくれた。

 これは、3日後が楽しみだ。

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