Data,8:運命とは無意識な存在
勢い良く教会の敷地内に走りこむと、丁度スーツを着て車に乗ろうとしているラフィン・ジーン=ダルタニアスがいた。
彼は悠貴美誠に気付くと、驚いた表情で駆け寄って来た。
「どうしたのですかミス・ミコト」
「ど……どうしたも……クソも、ある……か、よ……!!」
ゼェゼェ息を切らし、言葉を途切れさせながら美誠は、突然激しい痛みに立ち崩れた。
「う……っ! 痛……っっ」
「どうしたんですその足は!」
美誠の足が鮮血に濡れているのに気付くラフィン。
「あ……そうかあの時……いつの間にか足、撃たれてたの……逃げるのに必死だったから気付かなかったん……だ……スッゲェ血……」
撃たれている足の部位は、右足のふくらはぎだった。
「撃たれた……? とにかく凄い汗と出血ですから、奥で手当てを……」
「当たり前だ……っっ、俺はこのクソ暑い炎天下の中……あの訳の分からんクローン野郎と戦ってたんだ……から……!」
「クローン……!?」
思いがけずに美誠の口から出た言葉に、ラフィンは愕然とする。
しかし美誠は微かに口端を引き上げると、言った。
「そんなこと……お前が一番知ってんだろうダルタニアスさん……」
ここまで口にして美誠は、そのまま気を失ってしまった。
美誠の治療を済ませ、彼女が眠るベッドの横にある椅子に座っていたラフィンは、これまでの状況を整理していた。
あの一羽のクローンオウムは、自分を探す為に放たれた云わば探知機。
物覚えのいいオウムを音声代わりに、小型カメラによる視察。
そのクローンオウムによって、おそらく私の居場所は知られたことだろう。
そうなるとこれから先、追っ手がこの教会にやって来るかも知れない。
――ずっと研究所での生活。
ドクターの手により命からがら逃げ出して、来る日も来る日も国を渡り歩く逃亡の日々。
誰も信用出来ず、何者にも警戒し続ける日々に疲れ、この日本の町で行き倒れになっていたのを助けられて、この教会に身を匿わせてもらった。
「ダルタニアス君。彼女の具合はどうかね」
一人の老神父が顔を見せる。
「はい。大分落ち着いています」
これにラフィンは椅子に座ったまま、背後へと体ごと振り返る。
「こんな若い娘さんがトラブルに巻き込まれるとは……可哀想に」
「……申し訳ありません……」
神父の言葉に、ラフィンは項垂れる。
「いやいや。別に君を責めて言っている事じゃない。この子の運命を哀れに思うのだ」
「運命……?」
ラフィンは訝しげに顔を上げる。
「ああ、そうだとも。これまで人を受け入れなかった君が、初めてこの少女に対し心を開けたのも、そしてそんな君のトラブルに巻き込まれたにも関わらず、こうして君の元にやって来たのも運命によるものだ」
「お言葉ですが神父様。私は運命などは……」
ラフィンの抗議の言葉を、神父は肩を揺らして笑って遮った。
「ホッホホ……君が信じる信じないは自由だ。しかしな、この少女は君から逃げようと本気で思っていれば、わざわざここまで傷を負ってまで来はしないはずだよ。何かに導かれるようにこの子は君の元へやって来た。もっともこの子はそんな事気付いてはおらんだろうがね。運命とは無意識な存在。自然な流れで紡ぎ出すものだよ」
「しかしこれ以上、私などの為に犠牲を出したくはありません。私はまた他へ……」
落胆した様子のラフィンへ、神父は相変わらず笑顔を湛えた顔で言った。
「おやおや。随分無責任な人だね君は」
「そんな……」
「君はそのつもりかも知れないが、もうこの子もこの教会も、君のトラブルに巻き込まれているのだよ。君にとってはこの場から去るのが最善かも知れんが、敵にとっては一度睨んだ標的を無視するわけにはいかんだろう。君がこの子や我々から離れても、敵は一度チェックしたこの子や我々にまた手を出すよ」
「ではどうすれば……」
戸惑う事しか出来ずにいるラフィンへ向ける神父の声音は、あくまでも温かいものだった。
「今までは逃げれば済んだかも知れんが、今回はもう多くの人と君は関わっている。本当に周囲を思いやるつもりなら、いい加減立ち向かったらどうかね」
「ですが神父様、相手は予測不能なクローン集団です。中には失敗によって人間離れをした者だって当然いるのですよ。そんなのを一般人である人間が相手をすれば最悪の場合、命すら危ないのです」
「それはダルタニアス君。君にも言えることじゃないかね」
「ですが私は彼らの弱点を熟知しています」
これに神父は、相変わらず優しい眼差しでラフィンを見つめて笑う。
「フォッフォ……ここは教会だよ。君もこの少女も神のご慈悲をお受けになっている。神は善行ある者の味方だ。科学に頼るのもいいが、たまにはこういう超常現象を信じてみるのもいいと思うがね。何せこの世は、科学だけでは証明できない神秘に満ちているのもまた、事実なのだから」
「神父様……」
「とにかく君は、これまでと変わらずここに暮らしていなさい」
老神父はそう言い残して、部屋を出て行った。
ラフィンは、閉ざされた部屋のドアを、無言で見つめていた。




