deta,87:いちいち皮肉なガキだこと
「え? 別れる?」
悠貴美誠はキョトンとした様子で口にした。
彼女は病院の廊下で、電話中だった。
相手は親友の藤井梓だ。
『何やデートするんにしてもすれ違いばっかでなかなか出来ひんし、ようやっと会えた思たら、美誠の彼氏から麻酔なしで腕の手術された言うて、メソメソめっちゃ泣きおるしで、何や興醒めしてもうたんや……』
「あー……成る程なー……」
『せやからうち、今から別れ話してから寮に帰ろ思うわ』
「そっか。ああ、分かった。梓の気持ちが変わったのなら、仕方ねぇもんな」
『ほな、そういうこっちゃから』
「おう」
そうして通話を終了した。
「全くラフィンってば……」
美誠は嘆息吐くと、エレイン・ローレンスの病室に戻る。
「梓、遊ちゃんと別れるってさ」
室内にいた水沢堂魁に、そのことを告げる。
「あらまたどうして」
「俺らのせいだよ。梓には言わなかったけど」
「あたし達の? 何かしたかしらね?」
美誠の言葉に、魁がキョトンとする。
「魁が散々遊ちゃんを扱き使ったろ」
「ええ。それが何か?」
「そのせいでデートする暇もなくてすれ違いばかりだからって梓が言ってたんだよ」
「あらまぁ、それは申し訳ないことをしちゃったわね……」
「そしてとどめに、ラフィンが麻酔なしで遊ちゃんの腕のICチップ取り出したらしくて、それが原因で遊ちゃんが梓に泣き付いて、すっかり興醒めしたんだと」
「あらあら、まぁまぁ。ラフィンの奴、何て残酷な」
魁は言うと、セレア・メイランドが切ってくれた梨をシャリシャリ食べる。
エレインもベッドの上で黙々と梨を食べていた。
「他人事だな、魁」
美誠は言いながら、彼の向かいのソファーに腰を下ろす。
「ミコトも梨、そうぞ」
魁の隣に座っていたセレアが、美誠に梨を勧める。
「ありがとう。頂くよ」
そうして結局、美誠も何だかんだ言いながらも梨に手を伸ばした。
――21:30PM。
ラフィン=ジーン・ダルタニアスがノックアウト遺伝子注射を携えて、病院へやって来た。
エレインはもう眠っていたが、構わずラフィンはそっと彼女の腕の血管に、それを注射する。
一瞬、エレインが小さな声を漏らしたが、目覚めることなくそのまま眠り続けていた。
その様子をジロジロと眺める魁。
「終わりました。怪力の方は、これでもう無力になったでしょう」
「はぁー……大したものね。あんた、この際だから闇医者にでも転職したら?」
リビングスペースへと戻って来たラフィンに、魁が感心しつつソファーに座ったまま言い放つ。
「闇医者、ですか……それはいいかも知れませんね」
「……本気? あんたのその雰囲気、マジでしそうで怖いんだけど」
「今、実際行ったことは闇医者とは大差ないですからね。しかし裏社会の人間である水沢でも、怖いと感じることがあるのですね」
ラフィンはニッコリ笑うと、美誠の隣に腰を下ろす。
「おや? そういえば氷室君はまだ交代に来られないのですか?」
するとセレアが苦笑する。
「ラフィン兄さん、彼に意地悪したでしょ?」
「さて、何のことでしょう?」
答えたラフィンの笑顔は、とても爽やかなものだった。
「腕が痛むから、今晩の付き添いは魁に頼むって、電話あったぜ」
美誠も苦笑しながら、そう口にする。
「あんなのは、ただの掠り傷と変わらないでしょうに」
傷口は約1cm程だ。
「自白したわねラフィン……」
魁が睥睨を寄こす。
「何です、その目は」
「あたし、セレアとデートする予定してたのよ。台無しじゃない」
「何も焦って付き合うこともないでしょう。今夜はここでゆっくり眠って、明日の昼間にデートをした方がセレアも喜びますよ」
ラフィンの言葉に、魁は隣に座っているセレアを見ると彼女はコクコクと、大きく頷いていた。
「それもそうね……セレアにとって昼の世界は未知との遭遇だろうし、張り合いもあるしね」
魁はセレアの様子を見て、呆気なく陥落した。
「魁、セレアに弱ぇのな」
クスクス笑う美誠に、魁は身を乗り出して言った。
「“弱い”んじゃないの。これは“優しさ”。愛した女には己をも犠牲に出来る男な・の! あたしは」
「ええ。そうでなくてはその顔に張り付いている火傷があろう筈もないですしね。では、私はこれと言って用事もなくなったので、美誠を連れて帰ります」
「ホント、いちいち皮肉なガキだこと」
魁はソファーの背凭れに体を預けると、大きく足を組む。
「では、おやすみセレア」
「おやすみなさいラフィン兄さん。エレインのこと、ありがとう」
ラフィンとセレアは挨拶を交し合うと、彼は美誠を連れ立って病室を後にする。
ドアを閉める直前、美誠はセレアに手を振ると、そっとドアを閉めた。




