Data,5:レッスンを始めましょう
約束したその日、教えられた通りに、何とかセントティベウス教会に到着した悠貴美誠。
「ったくこの真夏の炎天下にこんな分かり辛い場所まで来させられるとは。あのお気楽キザ野郎! 文句の一つでも言ってやる!」
そう言いながら派手に両ドアを開け放つと、ずっと奥の祭壇の前に全身黒で足元まで隠れるワンピースの様な正装姿をしたラフィン・ジーン=ダルタニアスが背を向けて立っていた。
両脇には長椅子が20脚ほどそれぞれ横向きに縦列しており、真ん中に道を作っている。
赤いカーペットの先にある祭壇も豪華で、白い大理石で作られたであろう3メートル程のアーチ状の額縁の中にはイエス・キリストとマリアのイラスト。
アーチの天井には左右真ん中と天使の彫刻が施されており、その前にある四段高くなっている祭壇も白を基調として細かい彫刻に、上には十字架と蝋燭、花が飾られていてラフィンはそこの前にいて花を飾り付けていた。
そしてドアが開く音に気付いて、ゆっくりと振り返る。
「おや、ミス・ミコト。やっと来ましたね。約束の時間から30分の遅刻ですよ」
「道に迷ってたんだ! こんなクソ暑い中、少しは気を使って迎えにでも来てくれたらどうだっっ!」
「いやぁ、すみません。仮にそうしたくても30分前はミサの最中でしたから、きっと無理だったでしょうね」
言いながらラフィンは、肩にかかる腰まで長い金髪をサッと背後へと手で払う。
美誠も、ここでようやく彼の姿に気付く。
「そういや何か変な格好してんな」
これにはラフィンは苦笑する。
「お言葉ですが、これは立派な教会の正装ですよ」
「まさか神父やってんの?」
「はい。正確には助祭ですが」
「ボランティアで?」
「そんな理由で簡単に務まる職業ではありませんよ。こっちが本職で、英会話教師が副業なんです」
「マジかよ! よく頑張るなぁ!」
美誠はようやく教会内に足を踏み入れると、ラフィンの元へと歩を進める。
「結構楽しんでいますよ。私は。今日はもう何も用事はありませんし、約束の英会話を教えましょうね」
「その前に何か飲み物くれよ。咽喉渇いて砂吐きそう」
「向こうの部屋が空いていますから、そこで冷たい飲み物でもお出ししますよ」
そうしてラフィンに促されるまま、彼の後を追って教会の奥へと移動した。
美誠はリビングダイニングにある10人掛け程の大きさのテーブルに座ると、何気なく手元にあったリモコンに手を伸ばしテレビをつけてから、ラフィンが飲み物を持ってくるのを待っていた。
その時テレビのニュースでは、クローンについてを取り上げていた。
そこには拒否反応を突如起こして、後ろ足が異常なまでに筋肉が盛り上がった牛や、体の一部が足りない豚、再生・回復が追いつかなかったり出来ない生き物などが、紹介されていた。
それを観ていた美誠の表情に、丁度飲み物を部屋に運んできたラフィンが気付く。
「どうしました?」
「観ろよこのニュース」
言われるままにテレビに目を向けるラフィン。
そしてハッとした顔をする。
「一見成功に見えるクローン技術も結局はこのザマだぜ」
関係者らしい一人の学者が、インタビューに答える。
“たった一度だけ拒否反応も起こさず、成功した例もある”
「こいつらも意地だよな。成功してたらこんな事態が起こるわけねーって。なぁ!」
ラフィンに同意を求めるべく、美誠は背後を振り返る。
「え……あ、ああ、そう……ですね」
テーブルに飲み物を置きながら、冴えない彼の答えに、美誠は顔を顰める。
「何だよ。ダルタニアスさんも暑さにバテちまったのか?」
「え……ええ、少し。さて、咽喉を潤し次第、レッスンを始めましょう」
彼は言いながらリモコンを手に取ると、テレビを消した。
「お手柔らかにな」
美誠はそう言って、ラフィンが運んできたオレンジジュースに手を伸ばした時だった。
「クエェェー!」
「くえ??」
キョトンとした表情で美誠がそちらへと顔を向けると、一羽の真っ白なオウムが窓から入ってきてテーブルの上に着地した。
「え? オウム? ここで飼ってんのか?」
「いいえ。飼っていませんが……」
椅子に座りながら答えるラフィン。
しかしこれに美誠は嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。