表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/94

Data,4:不思議な魅力



「さっき心が休まる所って言ってたよ、な? その……向こうだと心が休まらなかった、とか?」


 悠貴美誠(ゆうきみこと)は半ばおそるおそる訊ねてみる。

 これに一瞬言葉を詰まらせてから、小さく短い息を洩らしてラフィン・ジーン=ダルタニアスは答えた。


「……それは……そうですね……イングランド……決して悪い国ではないのです。ただ、悪かったのは……私の周囲の環境ぐらいで……」


「あ……やっぱマズイこと聞いちゃいました?」


 ラフィンの言い難そうな様子に、美誠は焦る。


「いえ、不思議とあなたの前ではなぜか嘘がつけないだけです。気になさらないでください」


「ん? うん、まぁ……ならいいけどさ」


 美誠は彼がアイスコーヒーに口をつけるのを眺めながら言った。

 ラフィンはグラスをテーブルの上に置くと、ふと微笑んだ。


「本当に不思議です。どうしてでしょうね」


 確かに英会話の教師をする事になった時も、美誠が最初にした質問と同じ事をいろんな人からされてきたが、その際、事実を誤魔化してきた。

 やはり社会の中だという意識があったからかも知れない。

 だが今はプライベートという意識だからなのか、美誠からの質問を誤魔化そうとは思わなかった。

 そんな自分にラフィンは少し驚いていた。

 それに美誠とこうして向かい合っていると、どういうわけか安心できた。


「今考えれば、ここ最近ずっと安心する場所がなかったように思えます」


 美誠はコーヒーに浮いている氷をストローでかき回しながら、黙ってラフィンの言葉を聞いていた。


「ふぅん……何かよく分かんねぇけど、いろいろ大変みてぇだなダルタニアスさんも」


「あなたはどうですか?」


「んー、まぁ俺もそれなりに大変な生き方してきてっかな。だからって別に気になりゃしねぇけどさ」


「そうですか。ところでミス・ミコトは今おいくつなのです?」


「ん? 17。今学校の寮に住んでんだ」


「そうですか。私は27になります。しかし17歳の割には、どことなく落ち着いたところがありますね」


 それまでグラスに視線を落としていた美誠が、キョトンとした表情で視線をラフィンに向けた。


「ん? そうか? 自分ではよく分かんねぇけど」


「その年で落ち着いたところが見られると言うことは、過去に多少の苦労がなければ見られないことですよ」


 これに今度は美誠が言い澱む番だった。


「ん……まぁ……確かにな。でもまぁ、いいじゃん別にそんな事」


 すると少し慌てたように、ラフィンが小さく両手を挙げた。


「ああ、そうですね。すみません。少しでしゃばりすぎました」


「いやいや……」


 それに美誠は苦笑する。

 すると内容を切り替えるべく、ふいにラフィンが口を開く。


「ところで英会話の方はどうされるんです?」


 彼の問いに、美誠はアイスコーヒーをストローで啜ってから、答えた。

挿絵(By みてみん)

「うん。一緒に来た友人は入るみたいなこと言ってたけど、俺は入んねぇかな。金ないし」


「そうですか……残念です。あなたのような方に入って頂けたら、私も教室に行く楽しみができたでしょうに」


「行きてぇけどなホントは。でも金ねぇもんは仕方ねぇし。今の世の中何事も金次第だもんな。いいよな。希望を言えば金出してくれる親がいる奴は」


「あなたの親は出してはくださらないのですか?」


「ん……っつーか俺そういうのいねぇんだ。気が付いたら児童施設にいた、みてぇな」


「あ……」


 美誠の発言に、ラフィンが咄嗟に言葉を詰まらせる。

 これに美誠はニカッと歯を見せて笑った。


「な? ほら。だから気を使わせたくないのもあって、自分のこと、あんま言いたかなかったんだよ。ま、気にしないでくれ。俺別に平気だし」


「そうですか……それではこうしませんか? 私が無料で個人的に教えるというのは」


「え? それって同情?」


 美誠の悪戯っぽい微笑みに、ラフィンもふと微笑む。


「違いますよ。これも何かの縁だと思いませんか? 私がそうしたいだけです」


 すると途端に美誠の表情がパッと明るくなった。


「マジで? うんうん! 教えて教えて! わーい俺ってラッキー♪」


 美誠は身を乗り出してラフィンに片手を上げて強調して見せると、再び椅子に腰を戻してから両手をパチパチ小さく叩いた。


「クスクス……あなたは本当に不思議な魅力を持っているのですね」


「ん? 何が?」


 満面の笑みでラフィンの言葉に訊ねる美誠。


「外見は可愛らしい女性なのに、その男勝りな所がある。それでいてそうやってはしゃぐ様はまた可愛らしい」


「ぅぐ……っっ!! かわいら……」


 初めて言われた言葉に、美誠は分かり易く赤面する。


「クスクス。そうやって赤くなるところもやはり可愛らしい」


「なななな、何だよ! うっせーな! ナンパだったらお断りだからな! 俺はあいにく男にゃキョーミねぇんだ!」


「女にはあるんですか?」


「そーゆーこっちゃねーっっ!!」


 美誠は顔を更に紅潮させて、両手をテーブルに突いて立ち上がる。

 これに再度ラフィンは胸の前で小さく両手を挙げた。


「はいはい、分かってますよ。別に何も企んではいませんから安心して下さい」


「ふん」


 美誠はそっぽ向きながら、ドサンと椅子に身を投げる。


「いやはや、あなたといると楽しいですね。こんな愉快な気持ちになったのは初めてですよ」


「チッ! 人をからかって遊ぶなってんだ」


 両手を組んで、美誠は相変わらずそっぽ向いたまま言い放つ。


「クスクス……では、いつの曜日が都合がいいですか? 私は普段セントティベリウス教会にいますので、そこで勉強しましょう」


「ん? 教会? クリスチャンなのか?」


 ようやく冷静さを取り戻して美誠は、キョトンとした表情をラフィンに見せた。


「そうですね。まぁ、来れば分かりますよ」


 外では、それまでの雨の勢いが治まっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ