Data,4:不思議な魅力
「さっき心が休まる所って言ってたよ、な? その……向こうだと心が休まらなかった、とか?」
悠貴美誠は半ばおそるおそる訊ねてみる。
これに一瞬言葉を詰まらせてから、小さく短い息を洩らしてラフィン・ジーン=ダルタニアスは答えた。
「……それは……そうですね……イングランド……決して悪い国ではないのです。ただ、悪かったのは……私の周囲の環境ぐらいで……」
「あ……やっぱマズイこと聞いちゃいました?」
ラフィンの言い難そうな様子に、美誠は焦る。
「いえ、不思議とあなたの前ではなぜか嘘がつけないだけです。気になさらないでください」
「ん? うん、まぁ……ならいいけどさ」
美誠は彼がアイスコーヒーに口をつけるのを眺めながら言った。
ラフィンはグラスをテーブルの上に置くと、ふと微笑んだ。
「本当に不思議です。どうしてでしょうね」
確かに英会話の教師をする事になった時も、美誠が最初にした質問と同じ事をいろんな人からされてきたが、その際、事実を誤魔化してきた。
やはり社会の中だという意識があったからかも知れない。
だが今はプライベートという意識だからなのか、美誠からの質問を誤魔化そうとは思わなかった。
そんな自分にラフィンは少し驚いていた。
それに美誠とこうして向かい合っていると、どういうわけか安心できた。
「今考えれば、ここ最近ずっと安心する場所がなかったように思えます」
美誠はコーヒーに浮いている氷をストローでかき回しながら、黙ってラフィンの言葉を聞いていた。
「ふぅん……何かよく分かんねぇけど、いろいろ大変みてぇだなダルタニアスさんも」
「あなたはどうですか?」
「んー、まぁ俺もそれなりに大変な生き方してきてっかな。だからって別に気になりゃしねぇけどさ」
「そうですか。ところでミス・ミコトは今おいくつなのです?」
「ん? 17。今学校の寮に住んでんだ」
「そうですか。私は27になります。しかし17歳の割には、どことなく落ち着いたところがありますね」
それまでグラスに視線を落としていた美誠が、キョトンとした表情で視線をラフィンに向けた。
「ん? そうか? 自分ではよく分かんねぇけど」
「その年で落ち着いたところが見られると言うことは、過去に多少の苦労がなければ見られないことですよ」
これに今度は美誠が言い澱む番だった。
「ん……まぁ……確かにな。でもまぁ、いいじゃん別にそんな事」
すると少し慌てたように、ラフィンが小さく両手を挙げた。
「ああ、そうですね。すみません。少しでしゃばりすぎました」
「いやいや……」
それに美誠は苦笑する。
すると内容を切り替えるべく、ふいにラフィンが口を開く。
「ところで英会話の方はどうされるんです?」
彼の問いに、美誠はアイスコーヒーをストローで啜ってから、答えた。
「うん。一緒に来た友人は入るみたいなこと言ってたけど、俺は入んねぇかな。金ないし」
「そうですか……残念です。あなたのような方に入って頂けたら、私も教室に行く楽しみができたでしょうに」
「行きてぇけどなホントは。でも金ねぇもんは仕方ねぇし。今の世の中何事も金次第だもんな。いいよな。希望を言えば金出してくれる親がいる奴は」
「あなたの親は出してはくださらないのですか?」
「ん……っつーか俺そういうのいねぇんだ。気が付いたら児童施設にいた、みてぇな」
「あ……」
美誠の発言に、ラフィンが咄嗟に言葉を詰まらせる。
これに美誠はニカッと歯を見せて笑った。
「な? ほら。だから気を使わせたくないのもあって、自分のこと、あんま言いたかなかったんだよ。ま、気にしないでくれ。俺別に平気だし」
「そうですか……それではこうしませんか? 私が無料で個人的に教えるというのは」
「え? それって同情?」
美誠の悪戯っぽい微笑みに、ラフィンもふと微笑む。
「違いますよ。これも何かの縁だと思いませんか? 私がそうしたいだけです」
すると途端に美誠の表情がパッと明るくなった。
「マジで? うんうん! 教えて教えて! わーい俺ってラッキー♪」
美誠は身を乗り出してラフィンに片手を上げて強調して見せると、再び椅子に腰を戻してから両手をパチパチ小さく叩いた。
「クスクス……あなたは本当に不思議な魅力を持っているのですね」
「ん? 何が?」
満面の笑みでラフィンの言葉に訊ねる美誠。
「外見は可愛らしい女性なのに、その男勝りな所がある。それでいてそうやってはしゃぐ様はまた可愛らしい」
「ぅぐ……っっ!! かわいら……」
初めて言われた言葉に、美誠は分かり易く赤面する。
「クスクス。そうやって赤くなるところもやはり可愛らしい」
「なななな、何だよ! うっせーな! ナンパだったらお断りだからな! 俺はあいにく男にゃキョーミねぇんだ!」
「女にはあるんですか?」
「そーゆーこっちゃねーっっ!!」
美誠は顔を更に紅潮させて、両手をテーブルに突いて立ち上がる。
これに再度ラフィンは胸の前で小さく両手を挙げた。
「はいはい、分かってますよ。別に何も企んではいませんから安心して下さい」
「ふん」
美誠はそっぽ向きながら、ドサンと椅子に身を投げる。
「いやはや、あなたといると楽しいですね。こんな愉快な気持ちになったのは初めてですよ」
「チッ! 人をからかって遊ぶなってんだ」
両手を組んで、美誠は相変わらずそっぽ向いたまま言い放つ。
「クスクス……では、いつの曜日が都合がいいですか? 私は普段セントティベリウス教会にいますので、そこで勉強しましょう」
「ん? 教会? クリスチャンなのか?」
ようやく冷静さを取り戻して美誠は、キョトンとした表情をラフィンに見せた。
「そうですね。まぁ、来れば分かりますよ」
外では、それまでの雨の勢いが治まっていた。




