Data,33:人を見る目は確かよ
セントティベウス教会の二階にある書斎は、半ばラフィン=ジーン・ダルタニアスの研究室になっていた。
麻宮清神父がラフィンに明け渡してくれたのだ。
「出来ましたよ」
ラフィンはリビングで寛いでいた水沢堂魁へ、銀色のケースを手渡す。
魁はそのケースを受け取ると、中身を取り出して宙に翳して見た。
中には青と赤二色で一つのカプセルが、たくさん入っていた。
「一日一粒服用すれば24時間は持ちます」
それは周囲の雑音を普通の音量にしたり、人の会話や物音を本人が意識すればはっきりと聞こえる作用がある薬だった。
「あんた、神父やめて薬剤師にでもなったら?」
魁は取り出したカプセルをまたケースの中に戻してから、ケースを一度宙に放り上げてパシッと受け止める。
「まぁ、これで氷室は喜ぶだろうな」
もれなくリビングにいた悠貴美誠が、ソファーでお菓子を食べながら言った。
「全く。私にとっては敵である人物を懐柔させるとは……本当に大丈夫なんでしょうね?」
ラフィンは言いながら、美誠の隣に腰を下ろす。
「安心して。あたしの人を見る目は確かよ」
魁は言うと、ニコッと笑って見せる。
「ところで水沢。溶解弾はまだ足りますか?」
ラフィンに訊ねられ、少し考えてから魁は口を開いた。
「補充しておくわ」
「では、どうぞ」
ラフィンはもれなく持ってきたマガジンも魁に渡す。
この銃弾は普通の人間にも殺傷能力はあるが、弾頭には小さなカプセルが入っていて、着弾するとカプセルが弾け、クローン体のみその効果を発揮し細胞を溶かしてしまう仕組みだ。
「じゃ、このカプセル遊ちゃんに渡してくるわ」
魁はソファーから立ち上がると、颯爽とリビングから出て行った。
それを視線のみで見送ってから美誠は、ふと隣のラフィンに顔を向けた。
「何ですか? キスですか?」
ラフィンはふと微笑む。
これに慌てる美誠。
「いや、それでもいいけど今はダメ。口の中がお菓子で汚れてるし」
「私は別に構いませんが?」
「俺が構う! 気にする! だから歯磨きの後で、な!」
「そうですか? 分かりました」
ホッとする美誠に、クスクスと笑うラフィン。
「いや、何か最近、ラフィン英会話教室の方の仕事に行かねぇなって思って」
「ああ。それならもう辞めましたよ」
「ええ!? いつの間に!」
「貴女がここで暮らすようになってからです。貴女を守らなければいけませんからね。それに、ずっと一緒にいられる……」
言うとラフィンはキスモードの顔付きになったので、美誠は咄嗟にぅんまい棒を口に咥えた。
「はいはい。歯を磨いた後にたっぷりとキスさせてもらいますよ」
これに再びラフィンは愉快そうに、クスクスと笑うのだった。
「ところでさー梓ちゃん。前に英会話教室行ってたとか言ってたよね。それからどうしてるの?」
「ああ。それやったらもう辞めたで」
「へぇ、いつ頃に?」
「一週間体験コースっちゅーんがあってんけどな、通ぅてるうちに何や学校で習てる授業で充分やと思たんや」
「あ、俺もそう思う」
氷室遊弥は自分が一人暮らししているマンションに、藤井梓を上がらせていた。
ソファーで二人並んで座り、TVで流れているドラマの再放送をぼんやり観ていたが。
キスシーンになったのをきっかけに、遊弥がふと真顔で隣の梓の横顔を見つめた。
その視線に気付いた梓も、遊弥の方へと顔を向けてキョトンとする。
「どないしたん?」
「梓ちゃん、俺のこと好き?」
「うん」
「本気で?」
「うん」
「じゃあキスしてもいい?」
「う? う……っ、うん……っ」
途端に緊張しだす梓。
「俺なんだか……梓ちゃんと一緒にいると凄く落ち着くんだ……愛しちゃったのかな」
「え?――」
梓の口唇に遊弥の口唇が重なる。
梓の胸が高鳴る。
ああ……キスって、こんな感じなんや……。遊弥君の唇、柔らかくて温かい……。
直後。
「持ってきたわよ遊ちゃん」
突然の第三者の声に梓は飛び上がった。
自然とお互いの口唇が離れる。
ちなみに聴覚の優れている遊弥は、彼がこちらへ向かってきているのには気付いていた。
「一日一回。効果は24時間。これで契約成立ね」
遊弥は魁から受け取ったケースからカプセルを一粒取り出すと、口に放ってガリッと噛んで飲み込んだ。
意味が分からず梓は、顔を真っ赤にさせながら口をパクパクさせている。
直後。
パァン!!
魁が持参したクラッカーを鳴らした。
再び飛び上がる梓。
「どう?」
「サイッコーっスよ水沢堂さん!」
「そ。良かった。んじゃ、お邪魔様~」
そう言い残して魁は遊弥の部屋を出て行った。
ソファーの足元では、梓が引っくり返っていた……。




