Data,32:普通の人なら発狂レベルっス
「成る程。魁の着火点は“オカマ”か」
「あぁん!? まだ言うかコラ!!」
水沢堂魁の逆鱗ワードを繰り返す悠貴美誠の言葉に、更に氷室遊弥が今度は髪の毛をつかまれて頭を魁に振り回される。
「イダダダッ! いやマジ水沢堂さんっ! 運転ヤバイですって!! もう分かったからこれ以上やめて美誠ちゃん!!」
「いや遊弥君、いきなりうちの親友を下の名前で呼ぶんは、馴れ馴れしいんとちゃう?」
どういうわけか、氷室の彼女である藤井梓まで参戦してきた。
「え!? 梓ちゃん!?」
氷室が運転する車は左右へとフラフラ蛇行していて、後続車が警戒して距離を取り始める。
「せめて“悠貴さん”だろうがこのガキが!!」
「分かりました分かりました!!」
「もうそろそろ落ち着こうか魁」
美誠から肩に手を置かれて、まるで手懐かれたトラの如くおとなしくなり、魁はようやく氷室から両手を離した。
「危うくうちら四人揃うてあの世へランナウェイやったで……怖っ」
助手席で梓が口元を引き攣らせる。
「あら。あなた達17歳のうら若き少女があの世に逝ったんじゃ、ランナウェイどころか爆走しすぎよ。気をつけて運転して頂戴ね。遊ちゃん♪」
「はい……っ、気をつけます何もかもっっ!」
氷室は心なしか半泣き状態だった。
「しっかし美誠、とんでもない人を彼氏にしおったな。まさか水沢堂先生が、こんな二重人格やったなんて」
「それは梓、お前もだぜ」
「え? せやろか? 遊弥君も二重人格なん?」
「いやいや、出生の問題」
美誠の発言に、氷室はギクリとする。
「ひ、ひとまず目的地に着いてからゆっくり話そうかみんな!」
氷室は声を裏返しながら言った。
こんな恐ろしいドライブは初めてだと、内心思いながら。
海にて、波打ち際ではしゃぐ女子二人を眺めながら、野郎二人は肩を並べて砂浜に設置されている木造の柵の手すりに腕を置いて、煙草を吸っていた。
「どうして梓ちゃんの彼氏の正体がクローンだと解かったんスか」
「さぁ?」
氷室の質問に、すっとぼけた声で魁は答える。
「あたしはただ雇われただけ。あたしだってラフィンのこと全ては知らないのよ。せっかく拾ってあげたってぇのに。あんたこそ、一体何の奇形?」
「いや、俺は奇形じゃなくて亜種です。聴覚が異常に発達してるんスよ。それが弱点でもあるんス」
「へぇー……。じゃああの子達の会話も、この波の音と潮風の音の中でも聞き取れる?」
「めっちゃバリバリに」
約8メートルほど先にいる美誠と梓を指し示す魁に、あっさりと氷室は答える。
「スゴイじゃない」
「そう思うでしょ? でもこの波の音と潮風の音が俺には苦痛なんスよ。轟音に聞こえて。何とか我慢する毎日なんスよ。電車の音も、ケータイの通話中なんか街中にいると四方八方から。正直キツイっスよ。普通の人なら発狂レベルっス」
「ふぅ~ん……ねぇ、あんた、鮫島を裏切る気、ない?」
「そんなことして何のメリットがあるんスか。それにそんなことしたら俺、殺されますし」
「まぁ、そうね。裏切るでもなく、この際二重スパイでもいいわ」
「だから、それで俺に何のメリットが――」
「ダルタニアスに頼んであげる。あんたの弱点克服法を」
「え……っ、マジっスか!?」
「その代わり、あたしの下僕になりなさい。情報屋兼便利屋には“耳”は大事よ」
魁はポケットから袋タイプの携帯用灰皿を取り出し、その中に吸殻を捻じ込むと氷室の煙草ももう短くなっているのを確認して、それを差し出す。
「あ、ども」
氷室は慌てて吸殻を捻じ入れる。
魁はパタンと蓋を閉じると、携帯用灰皿をポケットに戻してから、缶コーヒーを呷った。
「……保証はあるんスか」
「何かあったらあたしが守ってあげるわよ」
「水沢堂さん……!」
氷室は魁の言葉とそのハンサムな微笑に、感極まるものがあった。
それは鮫島には決して持っていないものだ。
一気に氷室は、魁の男らしい魅力に引き込まれて惚れ込む。
「……――兄貴って呼んでいいスk」
「やめて暑苦しいから」
氷室が言い終わらないうちに、即行で魁は拒否した。




