Data,13:欲情するわよ!
五日間、まるで何事もなかったかのように経過した。
「はい、深津さん実に素晴らしい発音だね。次、悠貴さん」
英語教師、水沢堂魁に指名されて、悠貴美誠は渋々立ち上がった。
「え、あ、アイ ハヴァ……」
チラリと魁を見ると、呆れた視線を送っている。
「君は普段からきちんと勉強しているのかい? もう少し頑張ってくれると僕も教える甲斐があると言うものだが」
「白々しい……」
魁の嫌味に小声で呟く美誠。
「何? 今何か言ったかな?」
「すみません、と……」
「まぁいいだろう。そうだ。君にはこの前の小テストを返すから後で僕のところに来なさい」
「えー、先生から渡しに来てくださいよ」
「……今ここでみんなの前で渡したって構わないんだがね」
「分かりました。取りに行きます」
そして――。
「授業中、あんたあたしに白々しいとか言ったっしょ!?」
「いちゃちゃちゃ……! 痛い! ほっぺ抓むなっつってんだろ!」
「しかしヒマねぇ。5日経つけど何もないじゃない」
美誠に手を振り払われながらも、特別気にした風もなく、ふいに話を逸らす。
ここはお馴染み、閲覧室である。
魁の言葉に、美誠も頬を擦りながら答える。
「このまま何もなけれりゃあダルタニアスさんとのトラブルから解放されるんスけどね」
そう言ってから、ハッとした様子で美誠は言葉を続ける。
「そうだ。今日ダルタニアスさんとこ行かねーとならないんだ。足撃たれた所、診てもらうんだった」
「まー、あいつ、そんないやらしい真似してんの!? たかが一発銃弾喰らったくらい何よ。あたしなんか過去4発撃たれた事あるわよ」
「え! マジっスか!?」
「マジよ! 情報屋兼便利屋だけど裏だからね。何度か危ない目に遭ってんのよ!」
「え、どこッスか?」
「そうねぇ。右肩と腹部と……左腕と右太もも……」
「ウソだー! 普通死ぬっしょそれだけ喰らえば!」
「ホントよ! じゃあ見せてあげるわ」
そう言って上着を脱ぐと、魁は傷跡を指し示していった。
「ホラ、ここでしょ。そしてここに、ここ」
「うわ、ホントだ」
そう言って魁の傷口を撫でる美誠。
「まとめて撃たれたんじゃなくて、それぞれ違う時に撃たれたから大丈夫だったのね」
「ふーん……」
「ちょっと。いつまで触ってんのよ」
「ん、いや、結構魁さんって強いなって。普段は口調が口調だから、女の人と一緒にいる感じだけど、やっぱこうして見ると男なのな」
「……」
「ん? どうしたんスか?」
無言を返す魁に、美誠は不意に訊ねる。
「いえ、美誠もよく見れば、なかなか可愛いなと思ってさ」
「ふーん、そうなのか? 自分ではよく分かんねぇや」
「そう……」
いつまでも傷口を触っている美誠に、そっと伸ばしかけた手を魁は寸前で戻す。
「じゃあダルタニアスの所にはあたしが連れてってあげるわ。あたしは男だからいいけど、女の子のあなたが傷跡は可哀想だものね」
言いながら魁は、上着を着込む。
「あれ? 右太ももの傷は見せてくれないんですか?」
「あたしにズボンを脱いで見せろと言うの!? それ以上誘惑すると例えチビでガキで色気も魅力もないあんたであろうが欲情するわよ!」
「??? 何か意味分かんねぇけど、俺を貶したと思っていいんですかね?」
「それは美誠の判断に任せるわよ! とりあえず門の外れの角で待ってなさい。そこで拾ってダルタニアスの所まで連れてってあげるから」
「ああ分かった。じゃ」
美誠は承諾すると、閲覧室から先に出ようとその場を後にする。
「……」
それを無言で見送る魁だったが。
「あ!」
「? 何よ」
不意に引き戸の前で足を止めた美誠に、魁は怪訝な表情を浮かべる。
「傷跡見せてくれたお返しに俺の足の傷も見せましょうか?」
「……そのうちゆっくり見てあげるわよ。その代わりどうなったって責任は持てないけどね」
「そっか。じゃ門の外れの角で待ってっから早く車で迎えに来てくださいね」
そう言い残して閲覧室を出て行く美誠。
……全く。どこまでも鈍感で危機感なくて……純粋すぎる子。
危うく美誠を犯しそうになったじゃない……。
「あぁヤダヤダ! ガキのあの子に性欲感じちゃうなんて! あたしも本格的に変態突入かしら!」
その言葉を残して魁も、この教室を後にした。




