Data,10:車でお送りしましょう
「ミス・ミコト……」
「なっ、何もお前にビビッて泣いたわけじゃねぇからな! 俺は元々異常なまでに涙腺が弱いから、ちょっとでもストレスになったら涙が出るだけだ! 自分でもこんな自分にムカついている!」
そう喚くと悠貴美誠は布団の中に潜ってしまった。
更に布団の中から、くぐもった声で言った。
「だけど一つだけ言っとくぞ。俺は確かにじゃじゃ馬かも知んねぇよ。でも、ちゃんと頭で考えながら行動しているつもりだ」
「すみません……」
改めてラフィン・ジーン=ダルタニアスは謝罪を口にする。
暫しの沈黙。
「あ! しまった!」
慌てて飛び起きた美誠は、激痛で顔を顰める。
「いきなり動かないでください! 体にひびきます」
ラフィンも慌てて彼女を支える。
「これが慌てずにおれるか! 俺は今日学校をさぼって来たんだぞ! 早く寮に帰んねぇと叱られちまう」
「今、午後の四時になるところですが……」
「ヤバイ……平日の門限、5時までだぜ。早く帰んねぇと」
「……本当なら今日はこのままここで、ゆっくりしていてほしいんですがね」
「それでもいいけど、いきなり外泊は学校にゃ通用しねぇからな。今日んとこは帰るよ」
これにラフィンは嘆息を吐くと言った。
「……では私が車でお送りしましょう」
「ああ。助かるぜ」
そう言ってベッドから立ち上がり、痛みを堪えながら一歩ずつ歩く美誠。
先に車を回そうと部屋から出かけたラフィンだったが、立ち止まってしばらく黙考した後、意を決したように踵を返して戻ってくると、ヒョイと美誠を抱き上げた。
「うわっ! 何すんだ! おろせ!」
「今はあなたに無理をさせたくはありません。それにこの調子だと車まで辿り着く間に、日が暮れるでしょうからね」
「うるせぇ! いちいち癇に障る野郎だぜ」
学校に到着した二人は、門より少しだけ離れた所に車を停めた。
「本当に寮まで送らなくてもよろしいのですか?」
「いいっつってんだろう、しつけぇな! 寮の中まであんたに抱きかかえられてみろ! それこそ目立ちまくって学校中その話題で持ちきりになっちまう」
「健全な女子校でその話題は、確かにマズイでしょうね」
「じゃ、俺行くわ。何かあったらまた連絡する」
美誠は言うと、ドアに手を掛ける。
「ちょっと待ってください」
「何だ!」
振り向いた途端、ラフィンは美誠の頬にキスをしてきた。
「な……っっ!」
「先程あなたを怒らせてしまいましたからね。そのお詫びです」
「だからって何も頬にキスするこたねぇだろ!」
思いがけずに顔を紅潮させる美誠。
「そうですか? 私の国ではこれが普通ですが。別に深い意味はありませんよ?」
「こっ、ここは日本だバカッッ!!」
そう言い残して美誠は痛みを我慢して降車すると、さっさと門の方へと急ぎ足で歩を進める。
そして門に入ると、それを確認するかのようにラフィンが運転する車は、行ってしまった。
「イテテ……ったく、敵に立ち向かう勇気がない腰抜けのくせに、格好ばかりは一人前だぜ。あのキザ野郎……」
そう呟くと、美誠はよろよろと寮の中へと入って行った。
その日の夜。
自分の部屋で寛いでいると、部屋にある電話が鳴り、出ると外線から美誠にだった。
その電話の相手は、ラフィンからだった。
『あなたが学校にいる時の為に、ボディーガードをそちらに送ります。腕が立つ人ですから安心できるでしょう』
「は? 何言い出すんだいきなり! そんなことすればそれこそ目立っちまうだろう!」
ルームメイトの満利奈を意識しながらの返答なので、大変だ。
『大丈夫ですよ。その辺もちゃんと手を打ってあります。もっとも今回の用心を兼ねてなので、あくまでも一週間だけですが。とりあえずその間は、その人から守ってもらってください』
「なっ、それって一体いつからだ!」
『明日です』
「何!? もうちょっと具体的に説明しろ!」
『明日になれば分かりますよ。それでは急ぎますので私はこれで失礼します』
「おい! ちょっ! 待……っっ」
美誠が止める間もなく電話は切れた。
「何て勝手な奴だ!」