Data,9:私は神など信じない!
「あのじいさんの言う事も一理あるな」
突然の悠貴美誠の声に、ラフィン・ジーン=ダルタニアスは驚いて背後のベッドを振り返る。
「ミス・ミコト、一体いつの間に……」
「ああ。ダルタニアスさんが“運命は信じない”みてぇなこと言ってる辺りからかな。いてて……ったく、体中の筋肉が固まっちまってるぜ。こりゃしばらく筋肉痛酷そうだな」
美誠はベッドの上でモドモゾと蠕動しながら、呻くように言った。
「……すみません……私があなたに近付きすぎたばかりに、こんな目に遭わせてしまって……」
「ああ。かなりムカついてんな。死ぬかと思ったぜ」
彼女の言葉に、落ち込んだ様子で黙り込むラフィン。
「何だよあんた。クローン関係のトラブルから追われてたのか」
「あなたを巻き込むつもりはなかったのです……」
美誠に指摘されて、ラフィンは俯いたまま答える。
「うん。俺も巻き込まれるつもりはなかったよ。でもあのじいさんの言うとおり、これからまた俺を狙ってくるだろうな。あいつらダルタニアスさんとここまで親しくなった俺を、相当チェック入れてるらしいし」
「彼らは私から重要な情報を欲しているのです。クローンが100%成功する為に。ですが私はそれを拒んでいます。そしてその代わりにクローン体を破壊する薬の処方箋も私が持っているので、下手に私に直接手を出すことによりクローン技術を全て破壊されるのを、恐れているのです。だから遠回しにあなたを狙って来るのでしょう」
「拒んでる? ならさっさとその破壊薬とやらでクローン技術自体壊しちまえば、片付くんじゃねぇか?」
するとラフィンは少し困ったように、静かに微笑を浮かべて言った。
「そう簡単に、それが出来ないから困っているのですよ……」
しばらくの沈黙が続く。
美誠は右腕を額に当てたまま、ジッと天井を眺めている。
ラフィンは椅子に座ったまま目を伏せていた。
「フゥ……」
二人同時に溜息を吐く。
それに気付いて、初めに笑い出したのは美誠だった。
「クックック……参ったな。お互い」
「……そうですね」
クスリとラフィンも笑う。
その微笑みを浮かべたまま、ラフィンは穏和な口調で宣言した。
「ですがあなたまで巻き込んだ以上、私があなたを力の限り守ります」
これにからかうように、美誠は口にする。
「ヒュ~ゥ! 正義のナイト様みてぇだねぇ。でも俺もそう黙って守られるつもりはねぇけどな」
これにどうやらラフィンは、ムッとしたらしい。
「でしょうね。あなたのことですから相手に刃向かうでしょうね。全く。うら若き女性が何も死に急ぐこともないでしょうに。命知らずな」
すると当然、今度は美誠がカチンときたようだ。
「何? それはケンカ売ってんのか? 別に俺は死に急ぐつもりはねぇけどなぁ神父さんよ! それにこういう事態にしちまったのはあんたの方なんじゃねぇの?」
「それは……」
美誠の容赦ない指摘に、言葉が詰まるラフィン。
しかし美誠は尚も、ベッドに横たわったまま彼を責める。
「それは、何だよ? 向こうが勝手に追ってくるんだってか? 俺を巻き込んどいて命知らずとはよく言えたもんだぜ!」
「ですから私があなたを守ると言っているのです」
「そりゃあんたに責任あるもんなぁ! でも今まで敵から逃げ回ってたんだろう? そんな奴が人一人守れるってか? ケ! 調子いいぜ! 俺は俺なりに敵を追っ払っとくから、あんたはせいぜい聖職者らしく神にでも祈ってたらどうだ?」
「私は神など信じない!」
ラフィンは言うや否や、勢い良く立ち上がった。
その拍子に椅子が倒れる。
「あなたに私の何が分かると言うのです!」
あの冷静沈着で優しいラフィンの変貌に、美誠は驚きの余り声が詰まった。
しかし立ち上がったラフィンは下で拳を握り締め、美誠を見るでもなく静かに言葉を続けた。
「確かに……あなたの言うとおりです。今まで敵から逃げ回っていた私に、人一人守れるという保障はありません。ですが私事のトラブルに、あなたを巻き込んでしまったのは私であることは、認めています。だから若い少女であるあなたを守らねばと思っても、あなたがそうじゃじゃ馬なものだから、いつか本当に死ぬかも知れないのにあなたは、後先考えずに行動しそうで思わずそんなあなたにイラついて、ついあなたを怒らせる言い方を……! ……してしまったのです……すみません」
ここまで澱みなく捲くし立てると最後には、再び落ち込んだ様子で握り締めていた手の力も緩めた。
「な……っ、何だよ! 何も怒ることねーだろう!」
あれだけのことを彼に言っておきながら、矛盾した逆切れをする美誠。
しかし、そう言った美誠の目からは大粒の涙が零れていた。