第五話
彼女が泣き止んだ後、善は急げと素早く移動を開始した。
カノアの足にロープを結び付け、ブランコのように乗り込んで移動し始める。
最初はクルクルと大きく回りながらと高度を上げていった。この時はゆっくりで、空の旅を楽しむ余裕があった。
しかし、一定の高さに達するとまるでジェットコースターのように一気に速度が上がった。
つかんでいた彼女の足を自分の握力が叶う限り力強く握りしめる。
「もし落ちたらどうなりますー?」
ごうごうと吹き付ける風に負けないように大きな声を出す。
「死にまーす!」
軽い感じで物騒なことを言われてしまった......
「速度を落とせませんかー!?」
「早く着いたほうが、体の負担が少ないですよー!」
一理ある。正直、長時間落ちないように注意するのは無理がある。
多少揺れてもスピードが速いほうがよいだろう。
「わかりましたー!あとどのくらいで世界樹に着きますかー!?」
「日暮れ前には着きまーす!」
現在太陽は真上、少なくとも3時間から5時間は考えなければならないだろう。
絶望的な戦いが今まさに始まろうとしていた。
「何も起きなければいいけど......」
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「これが小説なら私落ちてましたよ。」
何とか世界樹に到着した私は揺れない床があることに心底安堵してへたり込んでいた。
私がへたり込んだ場所を中心に囲うように鳥人が興味深げに観察していた。
「もしかしたら停戦の使者かもしれない。」
「貴族や王族とか、人質になる人族かもしれないな。」
この絶望的な状況が少しでも改善されることを祈るように、ざわめきが止まらない。
「とりあえず、軍人を治療しに行きましょう。」
「王様とかに事情を話しに行かなくていいの?」
「治療してたらそのうちあっちから来るからいいのよ。さあ行きましょう!」
羽根で私をつついて急かしながら周りにいる鳥人を押しのけていく。
「どきなさい!邪魔よ!」
巨大な世界樹は鳥人が住めるように整えられていて、改めて異世界に来たんだと実感する。
進んでいくと大きな広間のような場所にでた。
中はフードを被った鳥人がそこかしこに座り込んでいて、どことなく暗い雰囲気が漂っていた
「カノアじゃない。やっぱり帰ってきたの?」
カノアの友人だろうか?この鳥人もやっぱりフードを被り、素肌が見えないようにしている。
羽根のない体を見られたくないのだろう。
「あらイヴじゃない、ちょうどいいわ旦那様この方を治療してあげて。」
「旦那様!?いつの間に結婚したのよ?って治療って?」
旦那様!!何その言い方!こうふんする!
友達のイヴは混乱しているようだがよいのだろうか?
迷いながらも飛行で疲れてしまった私はカノアに逆らう気力がなかった。
近いうちに尻に敷かれる予感がするなぁ
無言で友達に能力を使用する。自分に使ったときにはなかった抵抗のようなものを感じたが、少し力を入れるだけでパリンと音が鳴って能力が通るようになった。
「え!なにこれ!!」
イヴが叫ぶ。フードがもぞもぞと動き、大きくなっていくのがわかる。
「とりあえず、自前のまま伸ばしてみました。くせ毛を直したいとか、色を変えたいとかありましたら言ってください。」
イヴはわずかに震えながらフードを脱いだ。
「羽が生えてる」
感極まったように翼を動かす。
「飛べる!私飛べる!」
生えそろえたばかりの翼を勢いよく動かし、少しずつ上昇していく。
濡れたように光る黒色の羽根が美しい。
「俺も治してくれ!」「私も!」
周りで見ていた人たちが押し寄せてきた。
「慌てずに一列に並んでくださーい」
「順番に治療していきますので、くせ毛を直したいとか、色を変えたいとかありましたら言ってくださーい」
列を整理するようにカノアに頼み、一人ひとり治療していく。
終わりが見えない長蛇の列にため息を吐く。
「今日は寝れるかなぁ」
「頑張ってくださいね、旦那様?」
カノアに[旦那様]と言われるだけでどこまでも頑張れそうだ。
ヒロインのために頑張りますかね。