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「……っは!?」
陸は目を覚ます。いつの間にか夢を見ていたようで、今の状況を確認するのに数秒時間がかかった。
そうだ。確か山に登り行き。その途中両親と離れて、それから——
「っ!?」
その時、自分の両手両足が体操座りの形で蔦に縛られてるの気づいた。体を動かそうにも、ゴロンと転がることしかできない。
どしん。と地面にぶつかると、固い土の感触が体に伝わる。
ツンと鼻にくる匂いは、嗅ぎ覚えがあった。もし、気のせいじゃなければここは先ほどの洞窟の中なのだろう。
辺りを見渡すと、はじめにまるで人工的に掘られたような歪い土の壁が目に入る。そしてそのまま視線を下ろしていくと、今度は地面の一部に目が付いてしまう。
赤黒く染まったそこから、鼻にくる匂いが一番強く出ているようで、陸は思わず顔をしかめる。
(空は……いない。逃げられたとは思えないからこの洞窟の何処かにいるのかな……それに母さんと父さんも……)
父さん。そう考えた時頭に一番浮かんできたのは父親のような形をした何かだった。
あの時あったアレを、父親と思いたくない陸は頭を振って父親のような何かを頭の中から消す。
とにかくなんとかして3人を見つけられないかと思い身じろいで見るが、はって動くことしかできない。こんなんじゃ誰かを助けるなんてことは不可能だ。
名前でも呼んで助けを呼ぶのもありかもしれない。だが、それをした時もしあの父親のような存在がこちらに来るかもしれない。そう考えると、叫ぶことなんてできなかった。
「何か、使えそうなものは持ってないか……な?」
陸は体を振り、ポケットから何かこぼれないかを期待した。ポロポロ落ちてくるのはティッシュとハンカチ。そして、コトン。と音を出して一つのものが地面に落ちた。
それを見つけた時、陸の目は輝いた。そうだ。確か父親が無理やり「危ないから」と言って渡してきたのだった。
「ナイフ……これなら護身用にもなるし、ツタも切れる……!」
陸は体をねじったり、時には(小声だが)気合いを入れながら、どうにかナイフの刃の部分を隠しているケースを外す。
縛られている態勢でナイフを使う。というのはなかなかに神経を使うものだ。ツタだけを切りたいが、たまに自分の皮膚も切ってしまう。
何分か格闘してようやくツタを切り終えた時には、ナイフの刃にはツタの液体と別に、陸の血が少量付着していた。
ペロリ。と血が出ている皮膚を舐めてみる。唾をつけとけば治る。というのは本当かどうかわからないが、まぁやらないよりかはマシだろう。
体についた土を叩いて落とし、ナイフを構えながら慎重に穴から顔を出してキョロキョロと辺りを確認する。そして誰もいないことを確かめてから、一歩ずつ進む。
正直怖い。けれど、空はもっと怖いはずだ。そんな彼女の兄である自分が、こんなところで怯えているわけにはいかないのだから。
陸は自分の人差し指をペロリとなめてその指先を立てる。風が当たる方角が、多分入り口だ。だから、その反対方向に行けば行き止まりに着くはず。
「……こっちか」
陸は歩き出す。おそらくだが、空たちは入り口とは反対の方にいるはずだ。だから。こっちに歩けばいいはず。
ナイフを握る手がガタガタと震え出す。一歩。また一歩と歩くほど、脳が先に進むな。とにかく洞窟から出ろ。と警告してくるのだ。
いつもの陸ならそれに従っただろう。けれど、今陸がそれに従ったなら。空は。そして、両親はどうなるというのだ。そんなことわかり切っている。
だから、逃げるわけにも、引くわけにもいかない。震える両腕でも、武器はつかめる。それだけで充分。なはずだから。
「今、助けに行くから……まってろよ……」
一人でなにができるのか。なんてことは今は考える必要はない。とにかく、やれることをやれるだけやればいい。陸は自分にそう言い聞かせた。
◇◇◇◇◇
どれくらい歩いただろうか。洞窟の内部は思ってたよりも広くて、奥の部屋になかなかたどり着けなかった。
歩き続けいたからか、だんだんと緊張が解けていく。かなり歩いても人っ子一人出会わないのだ。ナイフだけ握って辺りを見渡し始める。
警戒心がだんだんと消えていく。ふと思い出して気を引き締めても、その数秒後にはまた消える。それの繰り返しだった。
「……音が、聞こえる……?いや、これは……声?」
陸の視線の先にあるのは、一つだけぽっかりと空いた空間だった。そこから、何か音のようなものが聞こえて、陸は緩みかけていた自身の気を引き締める。
ここに空たちがいるかもしれない。そう思うと、歩む足が少しだけ速くなってしまった。
パキリ。と、途中で何かを踏んづけてしまう音を出してしまう。慌てて陸はしゃがんで気配を殺そうとしたが、物音が聞こえる空間からは、こちらに対してのアクションは一つもなかった。
気づかれなかったのか。陸はそう考えてほっと息を吐く。ふと、先ほど踏んだものが見えたので、ジッと見つめてみる。
「ひぃ……!?」
最初は枝か何かかと思っていた。だが、それは枝ではなかった。恐る恐る。といった感じに陸はその落ちていたものを拾い上げる。
「ほ、ほね……?なんで……ここにあるんだ……!」
「そりゃ、そこで人が死んだからさ」
声が聞こえてきた。とくん。と、心臓が大きく跳ねて、陸は体全体が何か縛られてるような感覚に陥る。
ポンっと、優しく誰かが肩を叩いた。その手は暖かくて、とても身に覚えがあって、だけど今絶対に来てほしくない。そんな人物の手だということは、陸は直感で理解した。
しばらく時間が止まった。何秒か、何分か。どれくらい止まったかわからない。それを動き出させるためか、手の主が陸の頭を掴んでそちらに無理やり向かせた。
目と目が合う。そして、彼は笑い。陸は目に涙をためて震えだした。
「悪い子だなぁ、陸は……」
「と、お……さん……」