1-3
どれくらい歩いただろうか。山道を歩く父親を陸と空はヒーヒー言いながら追いかけていく。
実際。父親が歩く道は獣道であり、草木を掻き分けながらでないと進めない。疑問に思った陸は一度父親に「この道であっているのか?」を尋ねると。
「この先に綺麗な所があるんだ」
——と、返ってくるだけだった。山の奥には何か、そういうスポットがあったりするとはよく聞く。綺麗な湖。そして、花畑。
「だとしても……遠すぎるわよ……ふぅ」
空が大粒の汗を垂らしながら息を吐く。疲弊の色が見えるのは、誰が見ても明らかだ。きっと、父親も気づいているはず。
だから陸は父親に声をかけた。立ち止まって振り向いた父親は、空の方を見て「ああ」と理解したような言葉を漏らしてまた歩き出す。
「ちょっ!?疲れてるんだから、少しは休ませろよ!」
「大丈夫大丈夫。もう直ぐつくから」
「もう直ぐって……道すらないじゃないか。どこに着くっていうんだ」
「お、お兄ちゃん。空は大丈夫だから……」
空はそう言って陸の服の袖を掴み顔を横に振る。これ以上下手にこじらせるな。という意味だろう。
納得はいかない、が。確かに下手にこじらせてしまいまた空気が悪くなるというのは確かだ。陸は出かけた言葉を飲み込んで歩く。
どれくらい歩いただろうか。いつの間にか日が暮れ始めていた。横で汗をダラダラかいている空の汗をタオルで拭きながら、陸は父親の背中を睨む。
「……おっと、行きすぎるところだった。ついたぞ、二人とも」
突然父親は立ち止まる。ついた。と言われても周りに何かあるわけではない。強いて言うなら洞窟がポツンとあるだけだった。
ツン。と、鼻にまとわりつくような異臭がその洞窟から漂ってきて、陸は思わず顔をしかめる。
「ほら。ここに入って。はやく」
「えっ、えっと……」
急かされるが、そんなところに入りたい。と言うような人間なんていないだろう。陸と空は顔を見合わせて、一歩後ろに下がる。
やはり、何かおかしい。少なくともいつもの父親なら、空が疲れたそぶりを見せたのなら、すぐに休みを入れるはずだ。
「おいおい。そんなに怯えるなよ。ほら、はやく。来るんだ」
「い、いやっ!」
父親が伸ばした手を空が叩くと、父親は空の顔と自分の手を何度も何度も交互に見る。そしてため息をつき、もう一歩近づいてくる。
「空……父さんは悲しいぞ。そんな悪い子に育ってしまったのかい?」
「お、お兄ちゃん……!」
「……あ、あんた!父さん……なのか?」
「おいおいおいおい!自分の父親の顔を忘れてしまったのか?父さんだよ。正真正銘の、ね」
そう言って父親はニコリと。とても優しい顔で笑う。その顔は確かに、父親に違いなくて、陸は思わず父親が伸ばした手をつかもうとしてしまっていた。
「バカ兄貴!」
空が突然叫ぶと同時に、陸の腕を掴み走り出す。ハッと意識を取り戻した陸は、遠くに見える父親の顔をじっと見つめる。
父親は変わらずにこにこと笑っていた。が、彼の首元から何か紐のようなものが見えて、それが彼の首に巻きついた。
「何だよ、アレ……!」
「知らないわよ!何となくだけど、とにかくアレはパパじゃないわ!今は逃げることを考えないと!!」
「そ、そうだな……!」
陸と空は転がるように逃げ出した。道なんて一切わからない。けれど、走らないと終わってしまう。それだけは何となくだがわかっていた。
どれくらい走ったのだろう。空が隣で「ギブ……!」と言って倒れ込んだため、とにかく近くの木陰に隠れて休むことにした。
過呼吸になる程走っていたのだろう。空は目を閉じて服が汚れることも気にせずに寝転がりながら息を整えていた。陸自身も、かなり体力を使ってしまっていた。
「はぁ……はぁ……ここまでくれば、多分……」
とにかく。あの、父親のようなものは何なのか。それを知る必要がある。先ほど何度かちらりと見えた紐が、何か手がかりになるのかもしれない。
いや。そもそもアレは紐ではないのかもしれない。ウネウネと不規則に動くそれは、まるで生きているかのようだった。そう、例えるなら……
「……虫……?」
「みーつけた!」
だんっ!突然何者かに首を掴まれて地面に押し付けられる。呼吸ができなくなった陸はその首を捕まえた人物の顔を見る。
父親だ。彼がニヤニヤと笑いながら、陸の首を絞める力をだんだんと強くしていく。助けてと叫びたかったが、それすら許されないほどの力で、陸は首を絞められる。
だんだんと意識が遠のいていき、視線だけを動かして横を見ると、空と目があった。
彼女は半分泣いて逃げ出したい気持ちにあふれているのがわかったが、陸と同じように首を絞められているらしく、逃げることができなかった。
「そ。ら……!」
陸は空に向かって手を伸ばす。だけど、それは空に届くことはなく。そのまま陸は気絶してしまったのだった。