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「……ねぇ、もう帰らない?」
「そういうなよ、陸。前から計画してたことじゃないか」
とある一家が、山道を歩いていた。父と母。そして少年と少女の四人であり、その中の一番後方で少年だけが不服そうな顔をしている。
「もう、小学六年生になったんだから、わがまま言わないの、陸」
「……るせぇ……」
陸と呼ばれた少年はぶっきら棒に答えてそっぽを向く。彼の茶色い髪が風に揺られて、ふわりと動いた。
「もーお兄ちゃん。しっかりしてよぉ!」
「そうだ、空も言ってやれ!」
陸の妹。空は可愛らしい声と顔で陸に声をかけるが、それは逆に陸は気に入らないらしく彼はもっとむすっとした顔になる。
確かに前から山にハイキングというのを計画していたことは確かだ。父と母は最近登山にお熱らしくて、その楽しさを子供達に知って欲しい。とのことだ。
陸と空。二人が進級するからその記念に!とのことだが。楽しんでるのは両親だけで、陸と。おそらく空はこの時間は退屈だと感じている。
無理やり連れてこられて、無理やり歩かされて。それで何か、楽しいとかそういうことがあるとは思えない。それだけだった。
両親たちは早々に説得を諦めたらしく。二人でずんずんと登っていく。道は一本道だから、いつか会えるだろう。という考えがあるのだろう。
「……ん」
ふと視線をそらすと森の奥の方に二人の男女の姿が目に入った。一人はセーラー服。もう一人は、なぜか鎧のようなものを着ていて、陸は思わず足を止める。
コスプレして山を登る。みたいなことが流行っているのだろうか。しかし歩いてる場所はおそらく道がないところだ。そんなところ、危険ではないのだろうか。
ぼーっとその二人組を見つめていたら、突然背中に衝撃が走る。陸は勢いに任せてそのまま前に倒れ鼻を打ち付けた。
鼻を抑えながら陸は起き上がり、蹴り飛ばした犯人の名前を恨みがこもった声でつぶやいた。
「そら……!」
彼の妹。空は腕を組んで、陸を見下ろしている。そして、イライラしています。と言いたげに小刻みに足を揺らしながら声を出した。
「何やってんのよバカ兄貴!パパとママが先に行っちゃうじゃんか!」
「……なんだっていいだろ」
「よくないわよバカ!確かに山に登りたくないって前に私ぼやいたけど、そんなあからさまな態度とって空気悪くしないでよ!べーっだ!」
空はそう言って舌を出した、空は陸の妹で小学4年生。4年生らしい体格と、子どもらしい顔つき。そして、星の髪飾りで止めた少し茶色がかったツインテールをとどめていた。
陸は、一人だけの妹である彼女のことは大切に思っている。山に登りたくない。というのも、空が「山には虫がいるから嫌だ」とつぶやいたのを聞いたから。
……だが、逆効果だったようだ。
「……あー!もう!バカ兄貴のせいでパパ達が先に行っちゃったじゃない!まいごになったらどうするのよ!?」
空はそう言って盛大なため息をつく。陸は体についた泥を落としながら立ち上がり、反論として声を出そうとしだが。
「バカ兄貴が反論できる権利あるの?」
……と、言われそうなのでやめておいた。
「はぁ……パパとママは先に行っちゃうし……私たちも追いかけるわよ!ほら、手を出して」
「えっ!?い、いや。俺は……」
「うるさい!良いから手を出す!」
空は陸の手を無理やり握り歩き出す。正直振りほどくことは可能であったが、なぜか。それをしようとは思えなかった。
空の柔らかい手の肌は汗で少しだけ湿っている。それに握る手の力は強くて、先ほどまでの威勢があった少女と同じとは思えない暖かさがあった。
陸と空はしばらく二人で一緒に歩く。道は一本しかないのだから、まちがえようがない。だからいつか父と母に会える。
と、思っていたのだが。いくら歩いても父の姿も母の姿も見えない。それどころか登山客一人ともすれ違わない。
「……ちょっと、変じゃない?……いや変よ。誰もいないなんて」
「空いてるとは聞いていたけど……流石に空きすぎだよな?俺らしかここにいないなんて」
空と陸はとりあえずという形で両親の名前を大声で呼びながら歩き出す。だが帰ってくるのは木に反射する陸たちの声だけで、誰からも返答は帰ってこない。
「バカ兄貴!あんたのせいよ、まったく!!」
「お、俺のせいかよ!?」
「空気悪くして!パパたちを先に歩かせて!なーにが俺は悪くない。よ!こぉんのバカ兄貴!アホ兄貴!間抜け兄貴!バカ兄貴!クソ兄貴!!」
「ば、バカって二回も言うな!」
「うるさいわね!もう!早く探しにいくわよ……遠くまで行ってないはずだし……!」
空はそう言って陸を引っ張り走り出す陸は一瞬その手を振りほどこうとも考えたが、やめた。彼女だって心細いのだから。
両親の名前を叫びながら、歩いていく。頂上までには、必ず何処かで会えるはずなのだから。
けれど——
「……うそ」
結局頂上までついてしまっていた。辺りを見渡しても、誰もいない。ここにくるまですれ違った人も、一人もいない。
そんなこと有り得るのか。いや、実際起きてしまっているのだからあり得るのだろう。だが、しかし。陸は認めたくなかった。こんなことを。
「パ、パパーー!」
「よんだぁ?」
ビクッ!突然声が聞こえてきて二人は体を跳ねさせる。おそるおそる声が聞こえてきた方に振り向くと、そこにいたのは彼らの父親だった。
「……と、とうさん……」
「ぱぱぁ!よかったぁ、空さみしかったぁ!」
「はは。ごめんごめん」
父親はそう言ってにこにこと笑う。よかった。いつも通りだ。と、陸は心の中でホッと息を吐いた。
「さっ……二人ともこっちにきなさい……母さんが待ってる」
「はぁい!いこ、お兄ちゃん!」
「お、おう……」
歩き出した父親と空。陸も追いかけようとしたが、その時。父親の首元に、何かチョロっと紐のようなものが見えた気がした。
慌てて目をこすりもう一度そこを凝視するが、もうそこには普通の父親の首があった。見間違え。そういうことなのだろうか。
「お兄ちゃん、早く!!」
「お、おう」
今は気にしないほうがいいか。陸はそう考えて、二人を追いかけて行ったのだった。