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魔蟲  作者: あいすもなか
第4話 陸VS海
12/14

4-2

目が覚めた。

陸はまぶたをこすりながらベッドから体を起こす。まだ、蟲の植え付け手術の違和感は微妙に残ってるが、もう気にならない程度にはなってきた。

チラリと窓を見ると明るい日差しが部屋の中に差し込んできていて、少しだけ気分がはれていく。


「……一週間か」


蟲の植え付け手術を終えてから一週間。その間陸はほぼ寝たきりの状態となっていて、助手がとても心配そうにしてくれてきた。

空も来てくれたことが何度かあった。近くの椅子に座って彼女はスマホをいじったり本を読むだけだったが、それでも少し安心できたのだ。


コンコン


軽く、リズミカルな音が部屋に響く。陸は窓から視線をドアの方に移し「どうぞ」と声を投げた。

遠慮なくドアが開き、そこにはニコニコとした顔の助手が朝食のトレイを持って立って「おはようございますなのです!」と大声を出した。

若干頭に響きつつも陸は「おはよう」と小さく声を返す。助手はふんすと鼻を鳴らしながら陸に近づく。

近くの机の上にトレイをコトンとおく。卵焼きに味噌汁。そして白米に焼き魚。どこか懐かしい感じがするそれは、目に入るだけで食欲を煽ってくる。


「陸さん、体の調子はどうなのです?」

「ん……もう元気。色々、ごめんな」

「いいってことなのです!」


助手はニコニコと笑う。彼女は食事等の世話をしてもらったので、陸的にはもう少し何か言ってくれてもいいのに。と考えていた。

朝食として運ばれてきた魚の身をほぐして、一口口に運ぶ。魚の風味が口いっぱいに広がって、陸はその風味を忘れないうちに白米を口に運んだ。

助手が「ゆっくりでいいのですよー?」と言うが、陸にとっては動けるようになって初めて食べるまともな食事。ゆっくり食え。という方が無理に決まっている。

五分ですべて食べ終わった陸は口をテッシュで拭き「ごちそうさま」とつぶやいた。


「ありがとう……で、何かあるんだっけか?」「そうそう。そうなのです!今日から、色々対魔蟲師としての授業を受けてもらうのです!」


そう。元々一週間経ったら、その授業をやる。と、リュウジと次海に言われたのだ。陸は少しだけそわそわしてる気持ちを、深呼吸で抑える。

人間を捨てて得た力。それを遺憾なく発揮するためには、その授業を受けなければならない。

陸は自分の手を強く握る。いつもより、力が入る気がして、自身に人知を超えた力がついた。と、少しだけ実感した。


「さて、多分リュウジさんがそろそろ……」


と、助手が言うのと同時にドアが開く。リュウジが来たと思い、陸は慌ててベッドから飛び降りて頭を下げる。


「あ、お兄ちゃん!元気になったの?」

「……えっ」


と、そのとき声が聞こえて陸が顔を上げると、そこにはリュウジにぴったり引っ付いた空の姿があった。彼女は陸に向かって手を振っている。

たしかにリュウジの顔はいい。陸から見て贔屓目に見なくても十分にイケメンに分類される顔だ。

そして空はイケメンに弱い。というか、媚びを売る。だからこうなることは必然だったから、陸はあまり慌てずに口を開ける。


「リュウジさん、困ってるぞ」


リュウジは小さくはははとわらう。彼の困ったような顔も、絵になる。

空は「そうなことないよ、ですよね?」というような視線をリュウジに向けている。が、リュウジはスッと空を引き離し、近くの椅子に座る。


「さて、とりあえず魔蟲について、軽く勉強しましょう」

「はい!」

「あ、空も聞きたいです!」

「助手ちゃんも聞きたいのです!」


ベッドの上に空と助手が座る。彼女たちに挟まれる形になった陸は頬をかいてため息をつく。助手は単純な興味だろうが、空は確実にリュウジに気に入られるためにそうしている。

どうせ10分も経たずに眠るだろう。そう思い、陸はリュウジに目を合わせる。視線があったとき、リュウジは口を開けた。


「魔蟲には種類があります。まず一つ……母体。これは蟲の巣の中に1匹だけいます。巣の奥の方に居座ってるのが、基本ですね」

「母体……確かそれを倒せば」

「ええ。蟲のすべての機能が止まります……とはいっても、そう簡単にはいきませんけどね」


そう言ってリュウジは言葉を一旦止める。陸はゴクリと唾を飲み込み、彼の言葉を待った。


「蟲はその母体を守るために二つ、います。一つは子体。これは小さな母体みたいなもので……数は多いですが、戦闘力はそうでもない。問題はもう一つ。寄生体です」

「寄生体……」


寄生体という言葉を聞いて、陸は父親のことを思い出す。彼は性格がガラリと変わっていた。つまりそれが……


「ええ。陸さんの父親が寄生体がついてます。寄生体は寄生した人間を使い、餌となる人間を巣に誘います。そして、その人間自体の戦闘力を向上させ、敵を……つまりは、我々対魔蟲師と戦うのは、この寄生体がメインです。あぁ……寄生体とは我々が戦います」

「えっと……寄生するのは、人間だけなんですか?」

「基本は。ですが、動物や植物に寄生することもあります」


そう言ってリュウジは悲しそうにため息をつく。魔蟲の恐ろしさを知っているからだろう。

それだけじゃない。寄生体が人間につく。ということは、対魔蟲師は人間を殺すことがあるということがあるのだ。

しかし今は――


「……父さん……」


陸は胸の前で手を握る。今は、その対魔蟲師に陸もなっているのだ。その、父親を手にかける。それもする可能性があるのだ。

父親を殺せ。と言われて、陸は果たして父親を殺せるのだろうか。彼は、陸を殺すことに抵抗なんて感じないだろうが。


「馬鹿あに……お兄ちゃん……」


父親のことを思案していたから、険しい顔になっていることに気づいた空が心配そうに声をかける。

陸は「大丈夫」と声をかける。その声を聞いて空はそれ以上声をかけることはなかった。それで今は良かった。


「とりあえず今日はそこらへんで。何かわからないことはありますか?」


リュウジの声を聞いて、助手は元気よく手を挙げる。その彼女をみて、リュウジは笑顔で彼女に手を向ける。


「はい、助手ちゃん」

「人間の寄生体って助けれるのですか?」


その問いを聞いたとき、リュウジは少しだけ暗い顔になる。そして、彼は口を開ける。


「いいえ、寄生された人間は助かりません。動物等も、然りです」


助手はその瞬間、とても真剣な眼差しでリュウジを見つめ、そして口を開ける。


「リュウジさんは人を初めて殺した時どう思ったのです?」


瞬間、空気が凍りつく。陸も。そして空も彼女が大変な質問をしたということを理解してるからだ。

しかし、助手自身の顔は真剣だった。彼女にとってこの質問は無意味なものではないということを、陸は。そしてリュウジは理解した。だから、リュウジは考えるように顎に手を当てる。

彼は少しだけ暗い顔になる。きっと、人を殺したその瞬間を思い出そうとしてるのだろう。


「……初めて殺した時。その時俺は……死んでしまいたくなりました。その人は蟲だとわかっても、嫌悪感に襲われ、そして嘔吐しそうになりました。何であれ、自分は人を殺めた。しかし、それ以上に……」

「それ、以上に……?」


リュウジは両手を握る。目には涙を少しだけ浮かべていて、陸たちは彼の顔から目をそらせなかった。


「……逃げてはいけない。と思いました。この嫌悪感から、嘔吐感から……そして、人を殺した、罪から」


リュウジはそうポツリと声を漏らす。そして、すみませんと一言謝罪をこぼして、涙を拭き取った。

リュウジは、きっと、何度も何度もその思いを経験した。だからこそ、陸をこっちに誘いたくなかったのだろう。


「……暗い話、でしたね。申し訳ないです」

「い、いやいや!そもそもこの話を振ったのは助手ちゃんだし……」


そう言って助手の方を見ると、彼女は素直に頭を下げていた。謝罪の言葉も添えていたが、彼女はその後すぐ「でも」と前置きした上で口を開ける。


「気になりませんです?……その時の気持ち。感情。きっと助手ちゃん以上に……」


そう言って助手は陸に視線を合わせた。彼女の瞳に映る陸をみて、その瞳から目をそらす。

瞳に映った陸の顔から、少しだけリュウジの独白を聞くのを楽しんでいた。かのようにみえた。まるで好奇心旺盛な子供のように。

だから陸はそれから視線をずらす。自分はまだ、そこまで堕ちてない。とでもいうかのように。


「……まぁ、話はここくらいにしましょう。外に次海さんがまってます。彼女を待たせると、あとで面倒だ……」

「何をするんですか?」

「……特訓、ですよ。戦闘のね」


リュウジはそう言って立ち上がる。彼がドアを通っていくのを空は慌てて追いかける。

陸も追いかけようとしたが、その時助手に手を掴まれた。


「待ってくださいなのです」


待ちたくなかった。けれど陸はなぜか足が動かなくなって、その場に立ちすくんでしまった。しかし、彼女と目は合わせたくなかった。

しばしの沈黙が流れる。カツンカツンとリュウジたちが歩く音が少しずつ遠ざかっていく。


「……陸さんは……人を殺せるのです?」

「…………それは……」


答えは、わからなかった。リュウジは人間の相手はしなくていいとは言ってくれたが、何それをする時がするのは、なんとなくわかっていた。

もし殺せ。と言われたら、殺せるのか?殺すな。と言われたら殺せないのか?そんな考えが頭の中をぐるぐると回る。


「……いつか選ぶ時が来るのです。助手ちゃんは、それをわかって欲しかったのです」

「っ…………」


あの質問は、陸が()()()()ものだった。それを、代わりに助手が聞いてくれたのだと、陸は今更ながら理解する。

ありがとう。と、小さく礼の言葉を陸は述べた。助手は小さく笑い、陸の腕を掴み立ち上がる。


「とりあえず行くのです!次海さん達が待ってるのです!」

「お、おう……って、ちょっ!?」


そして助手は陸を引き走り出した。陸は離せというが、助手はそんなこと知らないというように、走っていたのだった。


◇◇◇◇◇


「しゅたっと!助手ちゃんと陸さん、ただいま到着なのです!」

「おそ……って、おにゃぁ……?」

「なんですか……」

「いやいや……にゃふふ……」


次海がいつもより増してニヤニヤを顔に貼り付けながらこちらを見てきている。その時、陸はまだ助手に手を繋がれてることに気づいて、慌てて手を振りほどく。

こほん。と態とらしく咳をして陸は遅れたことを謝罪する。その言葉に対して次海は「気にしてないにゃー」と言葉を返す。

そして改めて辺りを見渡す。場所は特に突出するところもないただの森。その中に一つ。広場のようなところがあり、そこに今彼らがいる。

木々の草がざわざわと音を立てるなら、次海がこちらに何かを投げ飛ばしてきた。茶色い光沢が見える棒。平たく言えば木刀が陸の手に渡る。


「さて、早速戦闘訓練にゃ。リュウジくんは審判を……最悪止めてくれに」

「はい。さて、空さんたちは後ろに下がっててください」


リュウジに促されて、2人は後ろに下がる。空は心配そうな目を向けるが、助手はショーを見に来たかのようにはしゃいでいて、陸はなんとなく手を振った。

そして木刀を一回振るう。風を切る音が聞こえて、どこか心地よくて、陸は少し顔がにやけた。


「まぁ、とりあえずルール説明にゃ。と、言っても複雑なことはない。お姉さんは10回。少年は1回、その木刀で相手を殴れば勝ちにー」

「えっ……」

「多分、木刀で殴られて死ぬことはないにゃ。だから遠慮なく……んに?」


そのルールを聞いた時、陸は次海に舐められてる。と感じた。その扱いが、とても不服であり、陸は開けかけた口を閉じる。

あまりにもわかりやすかったのだろう。次海はニヤニヤと笑った後、諭すように口を開ける。


「舐めてないにゃ。だって多分、これでも少年はお姉さんに勝てないにー」

「……それを、舐めてるっていうんですよ」


陸がそう言うと次海は心底愉快だというように大声をで笑い出す。そして、目に涙を溜めながら「ごめんごめん」と軽く謝った。


「にゃふふ。勉強になったに。じゃ……とりあえず始めるにゃ」


次海はそう言って木刀をこちらに向ける。そして、挑発するようにそれを数回上下させた。

陸は負けず嫌いである。故に馬鹿にされたまま、黙ってるほど大人しくはない。陸は数回その場でジャンプした後、息を吐く。

舐めたことを後悔させてやる。陸の胸の中ではその気持ちだけでいっぱいであり、そして一撃だけなら簡単に入れれる。という謎の自信もあった。


「――行きます」

「にゃふ」


陸は駆け出した。一撃。たった一撃を次海に叩きつけるために。

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