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魔蟲  作者: あいすもなか
第3話 選ぶならば
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3-3

「対魔蟲師……?」

「ばっ!?何言ってるんですか次海さん!そんなこと、できるわけが――」


慌ててリュウジが次海の肩を掴むが、次海はその手を払う。そして、にこりとリュウジのほうをむいて、次海は彼の口に人差し指を当てる。


「しーっ。リュウジくんは黙るにゃ。聞いてるのは、少年だけ……にゃ」


そして次海はにこりと笑う。初めてニヤリとした顔じゃなく見えたからか、陸はどきりと心臓をはね上がらせた。

次海は陸の肩をつかみ、視線の高さを合わせる。しばしの沈黙の間、次海は口を開けた。


「少年。妹の身は少年自身の手で守るべきにゃ。私達だって、ずっと面倒は見きれないに。一度蟲に襲われたらまた襲われやすくなるのは統計的にきまってるにゃ。つまり、自分を守るためにも少年は対魔蟲師になるべきにゃ」

「……対魔蟲師に……」


陸は口の中で言葉を繰り返す。自分を窮地から救ってくれた、次海。そしてリュウジの姿を思い出した。

あの圧倒的な力は、恐ろしい蟲達を一方的に殺していた。この力さえあれば、確かに空を守ることも、さらには自分を守ることもできるだろう。

それならば受けない理由はない。陸は二つ返事で了承しようとした。その時、リュウジがわざとらしく咳払いをする。


「……対魔蟲師には、それ相応のリスクがあります」

「リュウジくん」

「これを隠して対魔蟲師にするんですか?狂ってますよ、次海さん。あなたがなんと言おうが、俺はそのリスクを説明する義務がある」

「……リスク、ですか?」

「リュウジくん!」

「次海さんは黙って!!」


リスク。と言われて体が固まるが、いまさらなんだというのだ。なんにせよ、対魔蟲師になるしか道がないなら、どんなリスクも背負わないといけない。

だから、陸は待っていた。リュウジが口を開けるのを。そして彼の口からこぼれたのはあまりにも重すぎる言葉であった。

彼の口が動くたびに、陸の体が震えだす。その震えは武者震いなんかではなく、恐怖によるものである。


「……以上です」

「………………」

「わぁ、顔真っ青なのです。大丈夫なのです?」


助手がそう聞いてくるが、大丈夫な訳がない。陸は震えながら、次海の方に視線を向ける。

彼女はため息を大きくこぼしていた。聞かれたくなかった。そう言いたげな行動を見て、陸は不信感を抱く。

デメリットを隠して、こちらにそれをさせようとした。その行為を見て、何をどう信じればいいのだ。


「と……りあえず……母さんに……合わせてください……」


ここにいないもう一人の人物の名前をこぼす。とにかく彼女にあってから、考えよう。そう決めた。

だが、リュウジも。さらには次海も陸と顔を合わせようとせず。しばしの沈黙が流れる。それを壊したのはリュウジだった。


「あなたの母親は……合わせるわけにはいきません」

「な、なんで……」

「今隔離してるにゃ」


隔離。その言葉の意味を理解するのに、陸は数分の時間を必要とした。ようやくわかった時、自分の口でその言葉を繰り返す。


「……あなたの母親は、蟲を孕んだことにより、精神に錯乱が見られています。今あなたが彼女に会うと……」

「まぁ、そういうことにゃ」

「ふ、ふざけるな……」

「…………」


陸は立ち上がる。ふらふらとした足取りでその場から立ち去ることを選び、そのままドアをくぐり抜けた。

残された3人のうち、助手だけが慌てて彼を追いかける。リュウジと次海はその後ろ姿を見送る。


「……貴方は昔から、行動が早すぎるんですよ。時間をかけて、ゆっくりとしないと」

「にゃ……今回はそうかもにー……」

「デメリット。そう簡単に受け入れるわけには、いきませんでしょうし……彼は子供だ。こんな道に誘っていいようなものじゃないんですから」

「そうはいかんにゃ。少年はきっと、今この瞬間に対魔蟲師にならないと……一生後悔するにゃ」


次海の言葉を聞いて、リュウジは「そうですか」とだけ言葉を返して、扉の外に出て行く。

ベッドの上に眠る空は寝苦しそうに身じろぎをしながら、スヤスヤと寝息を立てていたのだった。


◇◇◇◇◇


陸はしばらく歩いたのち力なく地面に座り込み、頭の中でリュウジが言った言葉を何度も推敲する。


「陸さん……」


助手が心配そうに声をかける。陸はその言葉に反応を返すこともできずに、地面を見つめ続ける。


「……対魔蟲師になるには、体内に蟲を埋め込まないといけないのです。その痛みは想像を絶するもので……場合によっては死んでしまうのです」

「知ってる……」


それはさっき教えられた。爪の中に針を入れそれをコンコンとリズムカルに少しずつ打ち込まれるような痛みが続く。だとか、全身に蟲が這いずり回るような違和感が続く。だとも。

かと思えばドラム缶に詰め込まれて周りをバッドで殴られる衝撃。だとも言われた。とにかく、そんなものを耐えろ。と言われて「はい」と言えるわけはなかった。


「それに、子供を残せなくなりますですし。さらに言えば……蟲を孕むことがありますです」

「……知ってる」


子供を残せない。と聞いても、陸自身特に何もないが、しかし。蟲を孕む。というのは全身に嫌悪感が走る言葉だ。

自身の腹に手を当てる。もし、もしここに蟲の子供が宿ったとするなら、それはどれほど恐ろしいことだろう。どれほど気持ちの悪いことだろう。蟲というのは人間の体を作り変えてしまうのだ。


「そして……陸さんの成長は、今の段階でほぼ止まりますのです。ある意味不老に近いものになるのです」

「……知ってるよ」


極め付けだ。人間としての生活を捨てろと言っているようなものであり、対魔蟲師になればやめることができないとも言っているようなものでもある。

空のことは確かに大事だ。母親も大事だし、今はいない父親にあった時、襲われないようにするための力も欲しい。

けれどこんなにデメリットを提示されて二つ返事で了承するほど陸は大人にはなれなかった。


「……俺帰るよ。空と一緒に……」

「帰るって、どこになのです?」

「それは……親戚の家とか。というか普通に家に……」

「聞いてなかったのですか?……空さんは狙われるのですよ。ここ以外のどこかに護衛もなしでいく。ということは……そういうことなのです」

「っ…………」


陸は想像する。自分のせいで、親戚が、親しい隣人が蟲に襲われる瞬間を。それを少し思い浮かべるだけで、陸の体はブルリと震えた。

だとしたらもう。空を置いて何処かに消えてしまうしかないのか。何もかも忘れて、何もかも置いていって……

しかし、陸はその選択を選ぶことは、最初から考えていないことだった。だったらもう、陸が選べるのは一つしかないことは明白だった。


「もしかしたら、と思い来てみましたが……やはりあなたは勘違いをしています」


その声とともに、リュウジがこちらに歩いてくる。陸はピクリと反応して、ゆっくりと立ち上がる。


「……一応言います。蟲に狙われやすくなるのは別に永遠ではない。あの印が消えるまで……個人差はありますが、だいたい一年。その期間だけです」

「…………」

「この1年間。いや、その紋が消えるまで……俺たちは空さんを護衛します」

「っ!?そ、それじゃ……」

「ええ。陸さん。あなたはあなたの生活に戻ってくださって構いません。もちろんアポメントを取ってくださる……いや、家族にはそれもいりませんね。空さんにいつでも会いにきて大丈夫です。話は、俺がつけます」

「……ありがとう、ございます」


陸はそう言ってぺこりと頭を下げる。リュウジはニコリと笑って、陸の頭を優しく撫でた。


「こちらこそ申し訳ない。貴方を巻き込んでしまい……今日は1日疲れたでしょう。明日此処を出る用意をしましょう。家の手配も俺がしますから、心配ないです」


彼の手は暖かくて、彼の言葉を温かくて、陸は思わず涙がこぼれそうになった。しかし、此処で泣くわけにはいかない。

陸はもう一度ありがとうと呟いた。リュウジは「では、また明日」と言い残し陸の横を通り去って行く。陸は大きく息を吐き、その場に座り込んだ。

とにかくこれで丸く収まるはずだ。陸は涙を抑えて天井を見上げる。これですべてきれいに終わる。


はずなのに――


「一つ、お話ししていいです?」

「…………なに?」


助手が陸の横にストンと座る。気持ちよく終わるはずなのに、それを邪魔された気がして、陸は少し腹が立った。

チラリと横を見ると助手は何か言葉を探すように目を閉じていた。そして、しばらく時間が経った時、助手は口を開ける。


「次海さんの話なのです」

「あの人……それがどうしたんだよ」

「次海さんは……お父様とお母様。そして妹さんと一緒に山にハイキングに行ったそうなのです」

「ハイキング……」


その言葉を聞いて、ちくりと胸に何かが刺さる。嫌な予感。というものだろうか。それが自分の体を包み込んで行く。


「その日次海さんたちは……虫に襲われました。その結果。妹さんと次海さんだけ生き残りましたのです」

「…………」

「妹さんには紋がうえられて、そして救出してくれた対魔蟲師の皆さんが、守ると宣言したそうなのです。次海さんはホッとして、妹さんを任せたのですが……」


そこまで言って助手は首を横に振る。その動きだけで、全ての結末を物語っていた。

陸は顔をおさえる。先ほどまでのホッとした感情は何処へやら。焦りと恐怖が体を支配し始めた。


「……どうすればいいんだよ……」


誰に向けたわけでもないその一言に対して助手は答えることができなかった。だが一人、その言葉を拾ったものがいた。


「簡単にゃ」

「っ……!」


次海がいた。彼女は助手の方をチラリと見たあと、陸の肩を叩く。


「私は後悔したにゃ。でも、少年はその後悔を得れる前に立ってるにゃ。このまま進むか、それとも後悔の道を選ばないかは、少年。君が決めるに」

「…………」

「明日にゃ。明日の朝一番。それまでに決めるにゃ……あと助手ちゃん」

「は、はい!」

「人の過去を勝手に話すのは感心しないにー」

「う、う……ごめんなさいなのです」


次海はそう言って元来た道を戻っていった。陸は「くそ……」と一言だけ呟いて、目を閉じた。

頭ではわかっている。けれど一歩が踏み出せない。仕方ないことだ、なんせ陸はまだ子供だ。

空を守るために人間をやめるか。人間を守るために空を捨てるか。

陸は、どうすればいいかわからなかった。


「……助手ちゃんは、陸さんがどっちを選んでもいいと思うのです」

「…………」

「でもひとつ。後悔が少ない方を選んで欲しいのです。後悔しない道は結局……ないと思うからなのです」


助手の目は強く、陸を見つめていた。その目を見て、陸は自嘲気味に笑って口を開ける。


「大人だな……」

「ふふーん。助手ちゃんは、お姉さんなのです!……とりあえず今日は休んでくださいなのです。部屋に、案内するのです」


助手に引っ張られる形で歩き出した陸は、しばらくなにも考えることなく、案内されるまま動き出した。

途中、空がいる部屋の前を通り過ぎる。彼女が寝てるベッドに視線を動かすと、そこには次海が空の頭を優しく撫でていた。

陸はトンッと助手を突き放し、空に駆け寄る。次海は彼をチラリと見るだけで、なにも言わなかった。


「いたた……もう。なんなのです!」


後ろで助手の声が聞こえたが、陸はそれを無視して空の手を握る。柔らかくて、暖かい。彼女のいつもの手だった。

陸はこの時、彼女の手がとても愛おしく見えた。いや、実際愛おしいのだろう。この手を話したら、もう二度と掴めない。そんな気もした。


「……その温もりを守れるなら、人間やめるのもありじゃないかにゃ?」


横で悪魔の声が聞こえる。


「俺は……あなたの事を信用できない。悪いところを隠して、俺に対魔蟲師になるようにしたんだから」

「にゃふふ……」

「でも……」


でも、ここに生きている空なら信用できる。とは、恥ずかしくて言えないが。

ギュッと陸は空の手を握る。空はそれでも起きなくて。でも今はそれはそれで好都合だった。


「……俺……」


陸は口を開けた。その言葉を聞いた次海はにこりと笑い、陸の頭をポンっと叩いたのだった。


◇◇◇◇◇


「ん、んむにゃ……?」


大きく息を吸いながら空は起き上がる。辺りをキョロキョロ見渡し、ここは実家ではなくどこかの病室みたいなところか。と判断する。

あの時、父親に襲われて虫のようなものに襲われてからの記憶がない。しかし、ここにいるということは、助かったのだろう。

ブルリ。と震える体は寒気だけとは思えなかった。


「……うわっ」


ふと視線をずらすと、ベッドの上に上半身を倒して寝ている陸の姿があった。空は邪魔とおもってどかそうとするが、彼の顔色を見て動きを止める。

とてつもなく青ざめており、精気が薄れていた。触るとまだ生きている。ということはわかるのだが。

もしかしてここまでなるまで心配してくれたのだろうか。そう思うと、空は少しだけ。嬉しかった。


「……ま、よく寝て体調治しなさいよ。バカ兄貴」


空が呟いた言葉に、陸は反応しなかった。だが、彼の顔色は少しだけ良くなった。そう思えたのだった。

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