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 マーシュはこれを見て、居心地悪そうに肩をすくめた。

 両手はテーブルの上で、酒が半分ほど入ったタンブラーをこねくり回している。

 なんだか、体が一回り小さく見えるほどに身をすくめて、彼は言った。


「誤解の無いように聞いてほしいんですけど、じいちゃんがアレを作ったのは実戦のためじゃない、宣伝のためだったんです」


 職人が軍に自分の腕を売り込むには、実際に出来上がった見本の品を献上するのが一番手っ取り早い。実戦で使うことが目的ではないからこそ、職人は自分の持てる技術の粋を凝らした、ちょっと見栄えのするものを作るのだという。


 あのビキニアーマーも、そうした宣伝用の『作品』なのだ。


 乳房を覆うカップは一枚の丸い鉄板を手作業だけで女性の胸元に沿うように打ち出したものであり、見る人が見ればとんでもなく丁寧な仕事だとわかるような逸品である。

 股間を隠す部分も同じ、丁寧な打ち出しによって作られたものである。しかも要所要所は細かいパーツをうろこのように重ねつないだ構造になっており、これは本来鎧では失われがちだった可動性を高めるための技術見本として組み込まれたものであった。


「ところが、じいちゃんの技術がすごすぎたんです」


 あまりの技術の高さから、軍部はこのビキニアーマーを十分に実践投入できるものだと判断してしまった。もちろんそこには、ジャノーの再来を作るのだという意図もあっただろうが。


 そうして軍部は、これを着用して戦える女戦士が現れるのを、何年も待っていたのだ。


「だけど、あれを宣伝用のつもりで作ったじいちゃんは言ってました。あれはじいちゃんの技術の結晶だが、戦場向きじゃないと」


 話の終わりを告げるかのように、彼はミスティアの顔をまっすぐに見た。

 その顔は強い決意を含んだ真顔であった。


「だからじいちゃんは、俺を軍に入れた。いや、半分は俺の意思だったんだが、あのビキニアーマーを着る女の盾になるようにと。だから俺は、ここにいるんです」


 しかし、それを聞いたミスティアが最初に口にした疑問は、ビキニアーマーの出自ではなく、マーシュの身の上に関するものだった。


「君も鍛冶屋なのか?」


 思いもかけない反応に、マーシュは居心地悪そうに身を揺する。


「いや、鍛冶屋だったのは爺さんの代までだ。おやじは鍛冶より商売が得意で、町で小間物屋を営んでいたから、どっちかっていうと商人……かなぁ?」


「なぜ自信なさそうなんだ」


「いや、俺はろくに家業も手伝わないうちに戦場に来てしまったから……」


「わかった、質問を変えよう。こみは、この戦争が終わったら、何になりたい? 親の後を継ぐのか、それともまったく新しい仕事を始めるのか」


 マーシュはこれに、苦笑いで答える。


「いや、そういうのはヤバいっすよ。戦場で『将来の夢』を語るのはゲンが悪いって、隊長も知ってるでしょ」


 しかし、ミスティアは、悪びれる様子すらなかった。


「そんなのは迷信だ。むしろ、まだ手の届かぬ将来を思い描くことこそ、戦場で生き残るためには大事なのだ」


「そういうもんなんですかねえ」


「例えば君は、戦地で窮するたびに思ったはずだ。『まだビキニアーマーの装着者に出会えていない、自分は目的を果たしていない』と。だからこそ死ぬわけにはいかないと、そうやって乗り越えた死地がいくつもあったんじゃないのか?」


「そりゃあ、ありましたが……それがなんだっていうんです?」


「いま、私がここに来たことにより、君の未来への目的は果たされてしまった。ならばこの先、戦場で窮地に陥ったときに、君は何を願う?」


「あなたの、盾になりたいと……」


「それは、君自身の未来に対する願いじゃない。戦場で生き残るための力たりえない」


 ミスティは眉を吊り上げた真剣な表情で、はっきりとした声で言った。


「だから、今の君は弱い。私は、弱い盾はいらない」


 その声には一つも揺らぐところはなく、むしろ厳しいぐらいの意思の強さが込められている。

 それを聞いたマーシュは、新隊長が自分に望んでいることを理解した。


「つまり、死ぬな……ということですね」


「その通りだ」


 良い隊長だ、とマーシュは思った。

 今までの隊長とは少し毛色が違う、とも。


 隊長が第一に考えるのは、部隊という集団をいかに運用するかである。個人の生存か部隊の存続かを両てんびんにかけられるようなことがあれば、部隊という集団を迷わず選ぶように訓練されている。


 そのせいだろうか、今までの隊長は人柄の良し悪しにかかわらず、隊員との関係には一線を引くような態度があった。

 こうした歓迎の席でも誰も寄せ付けず静かに酒を飲み、もちろん、たった一人の隊員の生存のために心を砕いてなどくれない。


 しかしミスティアは、一隊員でしかないマーシュのことを心から案じてくれている。彼女にとっては、ここにいるのは部隊という集団ではなく、これからともに戦場に立つ仲間たちなのだ。

 もっともこれは、少数精鋭のゲリラ部隊あがりだからこその性質なのかもしれないが――。


「なんだか、戦場に来て初めて、人間扱いされたような気がするよ」


 小さく微笑みの形を作った口元からこぼされたつぶやきを、ミスティアは拾いそこなった。


「なんだ、何か言ったか?」


「隊長は本当にいい女だなあって言ったんですよ」


「君はまた、そうやって……軽口ばっかりだな」


「ま、それは性格なんで仕方ないでしょ。でも、隊長が言ったことはちゃんと理解しましたよ、戦場で死んでいられない気分になるような、大事なものを見つけろってことですよね」


「そういうことだ」


「たったいま、ちゃんと見つけましたよ」


 まるでまぶしいものを見るときみたいに目を細めて、マーシュはミスティアを見る。

 ただそれだけなのに、なんだかくすぐったいような気がして、ミスティアは小さく身を揺らした。


「そうか……うん、ならばいいんだ」


「いいんですか? なにを願うのか、聞きたくないんですか?」


「き、聞いてもいいのか?」


「聞いてくれなきゃ困るんですよ、あのね、隊長……」


 マーシュはミスティアの耳元に口を寄せて、そっとささやいた。


「本当に戦争は終わると思ってるんですか?」


「終わる、いや、終わらせるさ、私が」


「じゃあ、続きの言葉はその時に……戦争が終わったときに言いますよ。それまで、誰のモノにもならないでくださいね、隊長」


 ミスティアは百戦錬磨の戦士だが、こういった恋の駆け引きに関しては初心者だ。大きく身を引いて、彼のささやき声の余韻にしびれている耳を押さえた。

 狼狽も明らかに身を震わせ、絞り出すような声でマーシュを責める。


「君、いま、すごいこと言わなかったか?」


「なんですか、すごいことって」


「え、あ、えと……」


「っていうか、隊長、わかってるんですか、俺は戦争が終わらなきゃ、俺の願いは教えないって言ってるんですよ」


「そ、そうだな」


「つまり、戦争が終わるその日まで、隊長も生きていないといけないってことですね」


「それって……」


 こういうところで二枚目になりきれないのがマーシュという男。

 彼はミスティアの真顔がくすぐったかったのか、首の後ろを掻いて軽口をたたいた。


「ま、俺があなたの盾になるんで、全然余裕ですけどね。何しろ俺、最強の盾なんで」


「君は、また、そういうことを言う」


「ま、性格なので仕方ないですね」


 酒席の喧騒に隠れて見つめあう二人は、小さな声で本心をささやきあう。


「約束だ、さっきの話の続き、必ず聞かせてくれ」


「この戦争が終わったら、きっと、必ず……」


 ここが隊員たちと同じ卓を囲んだ酒席でなければ、きっとキスの一つでも交わしたことだろう。しかし二人は、その熱情をごまかすようにそっと見つめあって、震える指を絡めるように手をつないだだけだった。


 誰にも気づかれないようにテーブルの下に隠して、まるで抱き合うようにお互いの手のひらをぴったりと寄り添わせて……。


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