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そんなミスティアの怯えを敏く汲んで、マーシュは笑顔を浮かべる。
「身構えんでくださいよ、べつにプロポーズしようってわけじゃないんですから」
しかし、この冗談は不発に終わった。
ミスティアはクスリとも笑わず、タンブラーを両手でくるむように抱えてうつむいたのだ。
「正直な話、あんな格好は、踊り子がすればいいと思う……」
自分の言葉が失言だったと思ったのだろうか、そのすぐ後で顔をあげて付け加える。
「踊り子をバカにしているわけじゃないぞ、それが職業であることは心得ているし、見下すつもりなどこれっぽっちもない。むしろ、逆なんだ」
マーシュの声音はあくまでも優しい。
表情は柔らかく笑顔を浮かべたままで。
「何が逆なんですか、隊長」
「踊り子嬢の美しい肉体であれば、ああした装備は、きっと美しく映えることだろう。だが、この私があれを着た姿を想像してみたまえ! みっともないことこの上ないじゃないか!」
「なんでみっともないんですか」
「だって……私の体には、女らしいところなんて一つもない……」
マーシュの声はあくまでも優しく、ミスティアをなだめる。
しかしその表情は、先ほどよりも真剣だ。
「どうしてそう思うんですか?」
「だって……だって……」
もはやミスティアはただの女だ。
困り切ったように手の中のタンブラーをこね回す。
声も小さく、自信なさげに。
「普通の女性というのは筋肉も乏しく、やわらかそうな体をしているじゃないか。だけど、私の体は筋肉ばかりが育ってしまって……岩みたいなんだ」
「岩って、いくら何でも……」
「いや、本当に岩みたいなんだ。触ってみるか?」
マーシュが顔を赤らめる。
「いや、それはヤバいですよ……」
「やっぱり、君も触るなら、柔らかい体がいいのか」
「そうじゃなくて……あのねえ、岩だろうが鋼だろうが、隊長は女でしょ」
おどけた風を取り繕う余裕もなくなったのか、マーシュはぷいと横を向いた。
「俺だって男なんだから、女に触るには、その……心の準備とかいるんですっ!」
そのあとで、彼は真っ赤になった顔を両手で覆って身もだえた。
「というか、反則すぎるでしょ、なんでそんなかわいいことで悩んでるんですか!」
「かわいいって……私は、これでも真剣に悩んでだなあ……」
「わかってますよ! 茶化してるわけじゃないです! お願いだから、これ以上かわいいこと言わないでください!」
「君の『かわいい』に対する感性がわからない……」
「もういいですから!」
マーシュは軽く咳払いをして、表情を取り繕った。
「いいですか、俺の個人的好みですけど、筋肉がついてるのも悪くないと思います。隊長の肌は程よく戦場焼けしてるから、あのビキニアーマーの色とも合うでしょうし……たぶん、本当にたぶんですけど……めちゃくちゃ……きれいだと思います」
「そうか?」
「だから、俺の個人的好みですってば!」
「……そうか」
「だから、着ればいいと思います。あのアーマー」
真剣な表情に戻って、マーシュはミスティアにぐいと顔を寄せた。
「隊長が着たいならば、どんな格好だって着ればいい。それを似合わないって笑うやつがいたら、俺が全員ぶっ飛ばしてやりますから」
「そ、そうか」
「もっとも、隊長が着たくないってんなら、話は別です。上官とけんかしてでもあらがえばいい。俺が手伝いますから」
ミスティアは、静かに首を横に振った。
「別に、上官に逆らうつもりはない。だが、あのデザインはどう見ても戦場向けじゃないだろう、だから、戸惑っている……それが正直なところだ」
「ああ、確かに戦場向けじゃないですよね、あれを作った当人も言っていました」
しれっと、あくまでもさりげなく言われたその言葉に、ミスティアが目を見開く。
「いま、なんて?」
「確かに戦場向けじゃないな、って」
「そっちじゃない!」
「ああ、作った当人が言ってたって方ですか」
「知っているのか、あれを作った人物を!」
「知っているも何も、あれを作ったのは俺のじいちゃんですよ」
ミスティアの目が、さらに大きく見開かれた。