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 町の酒場は兵士が大勢で押し掛けることを嫌う。確かに兵士の一団を相手にするのはもうけも多いのだが……リスクもそれだけ高くなる。


 店の在庫が底をつくほどに飲み散らかし、大騒ぎをして店員はこの対応に追われるのだから店を貸し切りにするしかない。おとなしく飲んでいるうちはいいが、血の気の多い兵士のこと、諍いを起こして暴れだしでもしたら、店員総出でも押さえようがない。

 それ故に、兵士が五人以上で飲むときは兵舎の食堂を開放してくれる。それが、ここでのやり方だ。


 この日の歓迎会も食堂で開かれた。


 まかないのおばちゃんたちは帰る前につまみ用の料理をしこたま作ってくれた。酒は酒屋から樽単位で買い込んで潤沢にある。


 明かりを落とした広い食堂に集まったのは、たった十三人だけ。さぞかしささやかな歓迎会になるだろうと思っていたミスティアの予想は……見事に裏切られた。

 乾杯の音頭の消えぬうちに、最初に起こったのはつまみを奪い合う怒号。


「おい、同じものばっかりとるな!」


「へ、欲しければ取りに来いよ!」


 酒は手酌がルール、飲みたい者が樽の前に陣取り、何度も乾杯の声をあげている。


「ずいぶんと賑やかな酒宴だな……」


 戸惑うミスティアの隣に座ったのは、マーシュだった。


「隊長は酒とか、飲まないクチ?」


 彼の手には安い樽酒とは明らかに違う、少し曇った美しい形の酒瓶が握られている。その注ぎ口を自分のタンブラーに向けられて、ミスティアはさらに激しく戸惑った。


「手酌がルールだろう」


「いや、この一献くらいは、ほら、部下からの歓迎のしるしとして、ね」


 これを目ざとく見つけた女兵士たちが叫んだ。


「ああっ、なんか高級そうな酒! なに、何でそんなの隠してたの!」


「こっちにもちょっとよこしなさいよ!」


 マーシュが怒鳴り返す。


「やだよ、これは俺が隊長を歓迎するために自腹で買ったんだ!」


 女兵士たちが、顔が裂けるんじゃないかというほど口を横に広げてにやぁと笑った。


「あ~、なるほど、それはいただけないわ」


「頑張ってね、副隊長さん」


 マストゥの顔が、見る見るうちに赤くなる。まだ一滴も飲んでいないというのに。


「ち、違う! 本当に単なる歓迎の意をだな!」


「はいはい、歓迎、歓迎」


「二次会はベッドでってやつね」


「本当に、そんなんじゃない……」


 おさまりがつかないだろうと、ミスティアは自分のタンブラーをマーシュに向けて差し出した。


「せっかくの歓迎の杯だ、一献いただこう」


「え、でも、隊長、酒弱いんじゃ……」


「たしなむ程度には飲める、それに自制も効くからな。簡単には落とせないぞ、私は」


 マーシュはますます顔を赤くして、少し震える酒瓶をミスティアに向けた。


「やばい、隊長、かっこいい……すっごい緊張してるんですけど、俺」


 女兵士たちがこれを茶化す。


「なにしろ、ずっと憧れてた『戦場の紅狼』サマだもんね」


「心も震えちゃうわよね」


「うるさいなあ、お前らはあっちで飲んでろよ!」


「はいはい」


 女兵士たちは、にやにやしながら樽前に集まるのんべい軍団の中へと混ざっていった。

 行儀よくテーブルについているのはミスティアとマーシュだけ。これだけの喧騒の中、そこだけが静かな空気に満ちているかのように、ただ、二人きり……


 マーシュは緊張に震えながらもミスティアのタンブラーを満たした。


「無理して飲まないでくださいよ、隊長。酔いつぶれたら俺のベッドに連れ込みますからね」


 なんだかおどおどとした彼の言葉に精彩はなく、笑いを取ろうとした言葉も上滑りだ。

 ミスティアはこれを、彼の純情の証として好ましく聞いた。


「心配しなくても、一滴も飲めないわけじゃない。ただ、うちの父が酒は筋肉を固くすると信じて深酒をしない人だったから、単にこういう席に縁がなかった、それだけだ」


 気さくなミスティアの声に、マーシュは肩からほっと力を抜いた。


「隊長、俺、本当にそういうつもりじゃありませんので」


「何がだ?」


「そりゃあ、あわよくば隊長とそういう仲になりたいなとか、そういう欲望はありますよ、俺だって男ですから。でも、今日だけはそんなんじゃない、本当に心から隊長を歓迎したいと、そういう席なんです」


「ああ、わかっている」


「そうですか」


 安心したのか、マーシュの口が緩んだ。


「ところで隊長、隊長はいま、恋人とかいらっしゃったりは?」


「安心したら早速口説くのか、節操がないな、君は」


 もちろん、これは冗談の掛け合いだと二人ともわかっている。

 だからミスティアは、気軽にタンブラーの中身をあおった。


 こうして酒宴は賑やかに……そして二人だけは静かに、杯を重ねていった。


 その宴もたけなわ、みんな程よく酔いが回ったころ合いで、マーシュがミスティアにささやいた。もちろん、愛の言葉などではなくとても大事な一言を。


「ところで隊長、あの、ビキニアーマーなんですが……」


 酔いが一気にさめてゆくような気がして、ミスティアは身をこわばらせた。


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