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ドアの前にはマーシュがいた。
すでに似合わぬ鎧を脱いでさっぱりとした麻のシャツを着た姿は、やはり戦う男には見えなかった。もっとも、これは着ているもののせいだけではなく、彼がひどく優しいまなざしをしているからなのだが。
しかし、今しがた上官と交わした気づまりな会話に腹を立てているミスティアには、その優しい顔を見上げる余裕すらなかった。顔を伏せたままで、この男を押しのけようとする。
「おっと、待ちなよ、隊長さん」
マーシュの角ばった太い指がミスティアの手首をとらえた。
彼女は気づいただろうか――彼の力加減がミスティアに一切の苦痛を与えないようにと、ずいぶんと加減されたものであったことを。
もちろん、気づくに決まっている。どれほど頭に血が上っていようとも、ミスティアは根っからの軍人なのだから。
彼女は手首を取らせたままでこの男を見上げた。
「なんのつもりだ?」
「そんなおっかない顔しないでくれ、べつにあんたをいじめたいわけじゃない」
「じゃあ、バカにしたいのか? 君は、なぜ私が隊長に任じられたのか、理由を知っているんだろう」
「まあ、知ってる……というか、知っていた。あのアーマーにはちょっと縁があるからな」
「私は軍人だ、踊り子じゃない!」
引き裂くように叫んだひとことは、完全に八つ当たりだ。しかし今、ミスティアはこの怒りを吐き出す相手を求めていた。
「幼いころから女友達と遊ぶこともせず、剣の腕を鍛え、いくつもの戦場で命を賭け代にして戦ってきたのは、こんなところで見世物にされるためじゃない!」
「それも、最高の見世物だな。『戦場の紅狼』はあまりにも名前が知れ渡っている、兵士の中にはあんたのファンも多い。それが裸同然の姿で戦場に君臨したら、どれほど士気が上がるだろうかと、それが上のやつらの考えさ」
もはや愚痴さえ出なかった。ミスティアはドシンと音がするほど強くマーシュの胸をたたいて、そこに顔をうずめた。その肩は、わずかに震えている。
「わかっている、私は軍人だ。軍命には従う」
マーシュはそんなミスティアを抱きしめてささやいた。
「賢明だ、軍人としては、な」
「そうだろう」
「だけどさあ、せっかくだから今夜くらいは、そんな気づまりなこと忘れて、飲み狂ってみないか?」
ミスティアが目の端をぬぐいながら顔をあげる。
「なんだ、私を誘いたいのか? だったら、もっとロマンチックにしてほしいものだな」
「いやあ、そういう個人的なお誘いの時はいくらでもロマンチックにしてやるけど、これ、
歓迎会のお誘いなんだなあ」
自分の勘違いに気づいて、ミスティアは顔を赤らめる。
「な!」
「あれ、ちょっと待ってくださいよ。いま俺、もしかして個人的な飲みに誘ってもオッケー
って言われました?」
「言ってない! が、歓迎会は行く。せっかく部下が用意してくれた席だし」
少しむくれながら答えるミスティアを、マーシュはあっさり手放した。代わりにその頭を撫でて。
「隊長、本当にかわいいですね。その名を聞けば敵も震えあがるといわれる『戦場の紅狼』だとは思えませんよ」
「茶化すんじゃない」
「いや、大真面目に」
「むうう、まあいい、行くぞ!」
「はいはい」
のっそりと歩き出したマーシュの後を追うミスティアは、自分の中にあった怒りも悔しさも、すべてが消えていることに気づく。
(不思議な男だ)
しかし不快には思えない。
むしろ肩幅の広い背中が好ましく思えて、ミスティアの足取りは、知らず軽く跳ね上がるのだった。