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部下は13人、小隊というよりは分隊である。
これは先日の戦闘で失われた兵士が多かったからで、その分の人員はいずれ補充される。
いま、この小隊にいるのは戦火を潜り抜けて生き残った猛者たちであり、面構えも猛々しい。
男が11人、女が二人――
そのほとんどが傭兵だろうか、装備品に統一性がない。
ほかの隊であれば兵士は白銀色に磨かれた軽金属の鎧を支給され、これを揃いで着ている。ところが、この隊ではそれを身に着けているのはたったの二人だった。
ミスティの正面に立った若者は、上位騎士でもめったに着ないような装飾彫りの美しい金の鎧を着ている。腰に下げているのはこれまた装飾の美しい金の柄を備えた剣である。
あとで聞いたところによると、これは戦場へ向かうならと渡された先祖伝来の武具であり、実際に骨董的価値もある由緒正しいものなのだそうだが……ミスティアの第一印象は「とんでもなく派手なのがいるじゃないか」だった。
他には、鎧ではなく黒いぴっちりとした装束をまとった者もいる。おそらく装束の下に鎖帷子を着こんでいるのだろう。
(なるほど、暗殺者か)
辺境でゲリラ戦に参加していたミスティにはなじみのある職だ。しかし正規の兵士を集めた軍に組み込むには異質すぎるのではなかろうか。
(あとは狂戦士……)
彼らに施されているのは、特殊な薬物投与である。致死量すれすれの毒物を調合して作られた薬は痛覚を殺し、心の一部を破壊する。
こうして痛みと死に対する恐怖を取り除かれた化け物、それが狂戦士である。
人道的な理由から実際に使われることの少ない外法であるが故、さすがのミスティアも実際の狂戦士を目にするのはこれが初めてだ。
女にしては体格の良いミスティアですら見上げなければ顔が見えないほどの大男であり、着るものすら間に合わないのか腰回りにボロ布一枚を巻いただけの哀れな姿である。完全に理性を失ったわけではなく、時折もの悲し気な色を浮かべる瞳が痛ましい。
なるほど、これは軍のあぶれものを集めた『特殊部隊』なのだろう。
正規軍式のお行儀良い兵法を学んだ並みの士官では手に余る、まさに規格外。
「なるほど、だから私が呼ばれたのか」
辺境ではこうした寄せ集めの衆こそが兵力であったのだし、ゲリラ戦で培った行儀の悪い田舎兵法を心得たミスティならばあぶれものをうまく使いまわせるに違いないと、軍上層部はそう判断したのだろう。
「あぶれもの、上等じゃないか」
これから部下になるもの一人一人の顔を見回して、ミスティは小さな違和感を感じた。
「君は新人か?」
それは軍支給の軽鎧を着た二人のうち、背の高い方の男だった。
体格は悪くない。特に腕などは良く鍛えられていて太い。
しかし、鎧が着こなされていないというのか――まるで今日おろしたてみたいに、白銀色の鎧の表面は鏡のように磨き上げられて、曇り一つない。
「新人ならば悪いことは言わない、もっと普通の隊に混ぜてもらうんだな」
ミスティアは意地悪で言ったわけではない。この部隊が死を前提とした最前線に投入されるであろう『使い捨て』であることを経験的に感じたから、親切心からの忠告だったのだ。
ところが、いままでキリリと立ち並んでいた兵士たちが肩を震わせて笑い出した。
静粛は崩れ、荒くれどもに特有の下卑た親しみがあふれ出す。
「おいおい、マーシュ、さっそく愛しの隊長サマにフラれてるのかよ」
「隊長さんよ、心配ねえ、こいつは強いぜ?」
マーシュと呼ばれた男自身も、少し唇を尖らせて砕けた口調で。
「ちぇっ、せっかくめかしてみたのにさあ」
仲間の兵士たちは、そんな彼の背中を寄ってたかって叩く。
「だから言っただろ、お前に鎧なんか似合わねえって」
「そうそう、いつもどおりが一番だって」
兵士たちの手荒な親しさで前に押し出された男は、ミスティアに向かって照れながら手を差し出した。
「マーシュ=リクスタだ。この隊で一番長く生き残ってるものだから、実質、俺が副隊長ってことになってるけどな」
差し出された手のひらは分厚くて大きい。恐る恐る差し出し返したミスティアの手を握る力は強くて、温かい。
ミスティアは自分の鼓動がほんの少しだけ早くなるのを感じて戸惑った。