第9回 ビートルズを越えて ハードロックの時代へ レッド・ツェッペリン 1968年~
レッド・ツェッペリンは、およそ六十年のロックミュージックの歴史の中でも、とりわけ、音楽性の進化・発展の過程を語る際に欠かす事の出来ないバンドです。
レッド・ツェッペリンのレコードデビューは1969年1月、アメリカで発売されたアルバム『レッド・ツェッペリンⅠ』が最初でした。
この事から、レッド・ツェッペリンをアメリカのバンドだと思っている方もいるかもしれませんが、彼らはビートルズ、クリームといった偉大なバンドに続く形で、ブリティッシュインヴェイジョンの波に乗ってイギリスから登場したバンドです。レコードデビューが本国イギリスではなく、アメリカだったというのが、非常に珍しく、またその後の驚異的な成功を踏まえて考えると象徴的でもあります。
バンドメンバーは、ジミー・ペイジ(ギター)、ロバート・プラント(ヴォーカル)、ジョン・ポール・ジョーンズ(ベース、キーボード)、ジョン・ボーナム(ドラムス)という顔ぶれです。
ペイジとジョーンズは、バンド結成前からスタジオミュージシャンとして音楽業界ですでに高い評価を得ており、プラントとボーナムもローカルバンドを渡り歩いて経験を積み、すでに個性と才能を開花させていた実力派でした。
クリームの解散が1968年11月の事なので、それから間もなくの彼らの登場は、スターバンドを失ったロックファンの喪失感を埋め合わせるという点でも、絶好のタイミングであったと言えます。
アメリカの音楽雑誌の中では大手の、ローリング・ストーン誌のアルバムに対する評価は低かったようですが(私見ですが、ローリング・ストーン誌の音楽的好みはかなり独特な偏りがあり、一般的な評価とは一致しない事が多いです。)、彼らのレコードは新しいスターを求めていたロックファンの心をとらえて売り上げを伸ばし続け、最終的にはビルボードのアルバムチャートに73週連続チャートインし、最高位10位まで上昇するというヒット作品になります。
『グッド・タイムズ・バッド・タイムズ』、『ゴナ・リーヴ・ユー』、『ユー・シュック・ミー』、『幻惑されて』、『コミュニケイション・ブレイクダウン』、『君から離れられない』、『ハウ・メニー・モア・タイムズ』、ブルースのカバーとオリジナル曲を織り交ぜた、彼らの代表的レパートリーが目白押しのこのアルバムで、四人はそれまでのロックの伝統を踏まえつつ、そこに多種多様な音楽ジャンルからの影響と、機材の性能を熟知して新鮮な効果を生み出す巧みなスタジオ・ワークによって、既存のロックミュージックからさらに一歩進んだ力強さと表現の幅を獲得することに成功しています。
ジミー・ペイジの、ブルースを基調としながらそこに留まらないイマジネイション豊かなギタープレイ、ロバート・プラントの超人的なハイトーン・ヴォイス、ジョン・ポール・ジョーンズの曲を効果的に引き立たせる職人技のベース&キーボードプレイ、そしてジョン・ボーナムの地鳴りのようなバスドラムと他の追随を許さない多彩なテクニック。
個々の才能だけ見ても、当時のロックシーンのトップクラスの実力を持ったミュージシャンたちが、力を合わせることでさらなる相乗効果を生み出すという、ロックファンにとってはまさに夢のようなグループ、それが、レッド・ツェッペリンというバンドだったのです。
彼らのたぐいまれな才能は、アドリブ演奏の素晴らしさにも表れており、その至芸はライブでこそ、その実力をいかんなく発揮できたとも言えます。
アルバム発表後に組まれた過密なコンサートツアーには、彼らの凄まじいアドリブ演奏を一目見ようと、世界各地で何万というファンが押し寄せ、一種の社会現象の様相を呈するまでになりました。
その人気の過熱ぶりに気を良くしたレコード会社は、次のアルバムを早く製作するようにと、バンドに繰り返し要請します。
ツアーの真っ最中であり、新しいアルバムの制作に掛けられる時間が限られているのは明らかでしたが、レコード会社からのプレッシャーは大きく、彼らは忙しい合間を縫って各地の手近なスタジオに飛び込んでは、録音と編集作業を行なうという離れ業を繰り返し、ファーストアルバムからわずか9カ月後の1969年10月、2作目のアルバム、『レッド・ツェッペリンⅡ』を発表します。
『胸いっぱいの愛を』、『強き二人の愛』、『ハート・ブレイカー』、『モビー・ディック』、前作と同様、彼らの初期の代表曲が多数収録されたセカンドアルバムは、限られた条件の中で作られたからこその、研ぎ澄まされた簡潔な表現の中に、前作以上に個々のメンバーの技量の高さが表れた、名盤と呼ぶにふさわしい素晴らしい仕上がりになっていました。
『レッド・ツェッペリンⅡ』は、やはりアメリカで最初に発売され、すでにバンドが幅広いロックファンの熱烈な支持を受けていた事もあり、発表後1週間でビルボードのチャートを急上昇し、12月にはとうとう、11週連続1位だったビートルズの『アビイ・ロード』を首位の座から陥落させ、1位に上り詰めるという、ロックの歴史の転換期を図らずもロックファンに知らしめる快挙も成し遂げます。
彼らの陰影豊かな、既存のロック以上に重量感のあるドラマチックな音楽は、後に〝ハード・ロック〟と呼ばれるようになり、ロックシーンはこの頃からビートルズをはじめとするポップス指向のライトな音楽が主流という呪縛を逃れて、新たな段階に歩を進めることになります。