最終回 第60回 ロックは死んだのか ニルヴァーナ 1989年~
「ジャズは死んだ」という言葉を、好んで用いるジャズ評論家がいます。
たぶん、その過激さや、断定的な物言いから来る強そうなイメージから、キャッチコピーに最適だと判断しての事でしょうが、私はこういう表現はあまり好きではありません。
今現在も、世界中で、ジャズミュージシャンを目指して研鑽を積んでいる人たちが、たくさんいるでしょうし、プロのジャズマンとして、ステージで日々情熱をもって演奏活動に取り組んでいる人たちも大勢いる中で、「ジャズはもはや終わったコンテンツなんだ」と平気で言い放てる人が、ジャズ評論家を名乗る事のおこがましさ。
ロックの評論家や、ミュージシャンの中にも、時折、「ロックンロールは死んだ」と言いたがる人が見受けられます。(セックス・ピストルズのジョニー・ロットンや、ジョン・レノンも言っていたそうです。)
しかし、ロックに関しては、ニール・ヤングが1979年に発表した曲「Hey Hey, My My (Into the Black)」の中で、ロックンロールは永遠に死なない、と言い切った事で、少なくとも簡単に死んだと言う事に対する反発心も、ファンの中で培われるようになったと思います。
音楽の一ジャンルが、「死ぬ」とは、一体、どういう状態の事を指すのでしょう?
ジャズとロックで言えば、新しいものが何も生み出されず、過去の焼き直しに堕してしまい、コマーシャル化して、反骨心も冒険心もなくなってしまった状態、の事を言うのではないでしょうか。
実際、二つのジャンルが、そういう活気のある新鮮な時代を過ぎて、マンネリに陥っている事は、私としても否めないのです。
しかし、新しい才能が登場し、鮮烈な音楽が生み出される可能性がある限り、まだ死んだとは言いたくない。
これが、本当の私の気持ちです。
ロックで、私が夢中になれるミュージシャンの、一番若い世代は、ニルヴァーナです。
ニルヴァーナが、その中心人物であるヴォーカル&ギターのカート・コバーンの自死によって活動を停止したのが1994年。
それ以降にも、たくさんのロックアーティストが、新しく登場しては、シーンを活気付けては来ましたが、私がブートレッグ音源まで収集したくなるようなアーティストには、今のところ、まだ出会う事ができずにいます。
彼らと、ニルヴァーナの音楽性には、どんな違いがあるんでしょう。
ニルヴァーナが属するジャンルは、「グランジ」と呼ばれています。
ウィキペディアによると、グランジという言葉は、
>「汚れた」、「薄汚い」という意味の形容詞 "grungy" が名詞化した "grunge" が語源。
なのだそうです。
ただ、「汚れた」、「薄汚い」という肩書きは、かっこ良さから選ばれた部分が大きく、実際の音楽性は、静と動を意識してしっかり練られた曲想と、シンプルな構成美、安定した強力なドラムスのビート、意外と歪ませすぎないオーソドックスなギターサウンド、慣用句を避けた退廃的で謎めいた歌詞、という、聴きやすさ、興味を引く聴き応えに特徴があります。
ニルヴァーナ以外のグランジバンド、例えばパール・ジャムとかダイナソーJr.などを聴くと、よりポップな聴きやすさを意識した曲調なのが分かります。
「汚れた」、「薄汚い」というフレーズは、ちょっとしたアクセント、印象として機能している感さえあります。
ニルヴァーナも、3枚のスタジオアルバム、『ブリーチ』(1989年)、『ネヴァーマインド』(1991年)、『イン・ユーテロ』(1993年)のうち、『ネヴァーマインド』に関しては、聴きやすさを重視した、あいまいさのない整ったサウンドに仕上がっています。
このアルバムで人気が爆発したのもうなずける(ビルボード1位を記録)、いかにもカッコいい内容です。
しかし、カートはこの大衆向けのアプローチを、肯定できない人で、『イン・ユーテロ』では神経を逆なでするような、ラジオ向けではない思い切った曲も収録しています。
どちらが優れているか、一概には言えないですし、私も双方に良さがあると感じますが、大事なのは、カートが周りの意見に流されずに、本当に自分の好きな音楽を追求した、というその姿勢ではないかと思います。
そして、彼の好んだ音楽というのは、お仕着せではない、むき出しの衝動性や反抗心の吐露と、聴く者の心の芯に触れようとする、肉体的にも精神的にもリアルな、生々しさがありながらカッコいい、ロックの伝統的な本質に根差したスタイル、という事になるでしょう。
この部分に、私は強い魅力を感じるのです。
彼らのライブには、よりはっきりとその傾向が表れています。
孤独や苦しみや悩みや空しさを、痛々しいほど赤裸々に絞り出そうとする、徹底してストイックな姿勢。
どんなにギターサウンドがどう猛になろうとも、そこには親しみを感じずにはいられない、弱い一個の人間が世の中に表わそうと努める誠実な叫びがあります。
デイヴ・グロールの強力無比なドラムスと、クリス・ノヴォセリックの地を這うようなうねるベースという、カートとトリオを形成するメンバーの深みのある魅力も、このバンドをロック史上の高みに昇らせるために、必要不可欠な存在でした。
1991年発表の「Breed」という曲が、私はとても好きで、ニルヴァーナのテーマ曲的な「Smells Like Teen Spirit」よりも、カッコいいと個人的には思っています。
歌詞がまたすごい。
曲の急速調などう猛さに比べて、牧歌的とさえ言える、日常の会話をベースとした内容が綴られています。
英語が分かる人がこの曲を聴いたら、そのギャップにさぞかし衝撃を受ける事でしょう。
歌詞と曲調においても、〝静と動〟の美意識が活かされている事に、今気が付きました。
最初にニルヴァーナを聴く人には、大ヒット作『ネヴァーマインド』をお勧めします。
それで、好きになったなら、1991年のライブの模様を収めたDVD『ライヴ・アット・パラマウント』を観てもらいたいです。
下記のYouTubeのニルヴァーナの公式チャンネルで、「Breed」のライブ演奏を観ることができます。
強烈に激しいけれど、よく聴くと、実に真剣に、誠実に、良い出来栄えにしようと、三人が一丸となってがむしゃらに音楽に向き合っているのが伝わって来るサウンドです。
https://www.youtube.com/watch?v=tGc8jL4dzao
あとがき
読者の皆様へのご挨拶
サブタイトルの通り、音楽コラム 『ロックの歴史』 -時代を彩る名ミュージシャンたち-は、今回で最終回とさせて頂きます。
私がロックの歴史上、重要度が極めて高いと思うミュージシャンは、今回で全て、紹介し終える事ができたからです。
書きはじめた時は、まさかこんなに回を重ねるとは思っていませんでしたが、自分の好きな音楽ジャンルだけあって、非常に書きやすかったし、書いていて楽しかったです。
正確に書くために調べ物をして、これまで知らなかった知識もたくさん身につける事ができました。
約二年半という、長い連載期間でしたが、その間、ロックファンの方や、洋楽ロックに興味があるという方に読んでもらえて、感想を頂けたことが、何よりの喜びでした。
私の興味の範囲が、古典的な王道ロックに偏っているため、好きな方が多そうな1980年代のへヴィメタルについてほとんど触れられなかった事が申し訳ないですが、これから洋楽ロックを聴いてみたいと思っている方には、この連載が、洋楽ロックの基本を知るための、入門的なガイドになるのではないかと期待しています。
私が高校時代にガイド本などを通じて洋楽ロックを好きになって行ったように、誰かがこのコラムをきっかけに、洋楽ロックに興味を持ち、好きになってくれたなら、最高に嬉しいです。
なお、これからも、音楽について語りたくなったら、単発のエッセイを投稿すると思うので、その時はお付き合いのほど、よろしくお願い致します。
それでは、改めまして、皆様、長い間のご愛読、誠にありがとうございました。
また、どこかでお会いしましょう。
Kobito