第55回 一度は聴いてみてほしい、マイナーな洋楽ロック・バンド3選
まだインターネットが普及していなかった一昔前は、自分の好きな音楽を見つけるためには、レンタル店や知人から記録媒体を借りたり、ラジオで偶然耳にしたり、店頭の試聴盤を聴いたり、ガイド本などで目星をつけて購入したりと、提供された情報に基づいて手に入れるしかなく、出会える音楽の幅が限られていました。
時には、ジャケットアートの好みで、一か八かで買ってみる事もありましたが、いざ聴いてみると、好きではない音楽性だった、なんて事も少なくなく、予算に余裕がない学生時代には、そう気軽にできる事ではありませんでした。
それがどうでしょう。今では、インターネット上で、無料で膨大な音楽が聴ける状態になっています。
合法、非合法、グレーゾーン、入り混じった状態ではありますが、もう予算の心配をしなくとも、好きな時に好きなだけ、自分好みの音楽を探して聴いて回ることが可能になっているわけです。
この状態が、音楽産業や音楽文化の担い手たちの保護にとっていかに脅威であるかについては、第12回のコラムで詳しく述べた通りですが、一方で、聴く側の音楽愛好家にとっては、未知の音楽に出会う機会が格段に増した、という点で、夢のように恵まれた時代になった、という事が言えます。
この、聴き手にとっての好条件を活かして、私もこれまでに数多くの未知の音楽に出会う事ができましたが、中でも、印象深かったのは、王道系のガイド本などで見かけた事がないマイナーなバンドの音楽に、強く惹かれる事が意外と多かった、という事です。
そこで、今回は、一般的な知名度は限りなく低いけれど、私が良いなと思ったマイナーな洋楽ロックバンドを、厳選して3組、紹介させてもらおうと思います。
こういうマイナーな音楽は、昔だと、せっかく紹介しても入手が困難で、聴く事が難しい、という状態でしたが、今は、インターネット上を探せば、どこかで全曲や一部が聴ける場合が多いので、ご興味が湧いたバンドがあれば、ぜひ探して、私の紹介文と、実際の演奏を照らし合わせてみてください。
たとえ知名度が低くても、良い音楽、面白い音楽はあるのだと、気が付くきっかけになるかもしれません。
-----------------------------------
ダニエル・オウィノ・ ミシアーニ&シラティ・ジャズ(DO Misiani And Shirati Jazz)
のっけから反則技を使わせてもらいます。
このバンド、ロックバンドのカテゴリーに入れるには、無理があるかもしれません。
しかも、母国ケニアの音楽シーンでは、かなりの人気を誇ったそうなので、マイナーバンドとするのも問題があります。
しかし、日本でこのバンドを知っている人は、ほとんどいないのではないでしょうか?
ベンガという名前の、きらびやかなエレキギターのアルペジオを用いたダンサブルな音楽を奏でるバンドです。
編曲は極めてシンプル、楽器そのものの響きの良さをダイレクトに楽しめる素朴で温かみのあるサウンドが特徴です。
欧米の音楽にありがちな凝りに凝った編曲や、引き締まった厳格さに疲れた時は、ほのぼのしたダニエルのボーカルやほがらかなギターのリズム、絡み合うその他の楽器の伸びやかな自由さで、一息つきたくなります。
1988年発表のアルバム「My Life And Loves」が、楽曲や演奏の充実した中期の傑作です。
-----------------------------------
クラウス・ノミ(Klaus Nomi)
1979年頃にデヴィッド・ボウイのバックコーラスとしてメジャーな音楽シーンに現れたクラウス・ノミは、その独特な宇宙人的な風貌と、クラシック歌手と同等に安定したソプラノ歌唱によって、1981年にはソロ活動に移行し、グラム・ロックの枠に収まらないアバンギャルドな方向性で音楽ファンの関心をいっそう集め、成功への道を歩み出しました。
おそらく、そのまま順調に音楽活動を続けていれば、現在の知名度はかなり高くなっただろうと思うんですが、残念な事に、彼は「Klaus Nomi」(1981年)と「Simple Man」(1982年)というアルバム二枚を残して、1983年に病のため亡くなってしまい、その名前は目まぐるしく流行の移り変わる音楽シーンの中で、次第に忘れられて行きました。
白塗りの顔、ロボットのような角ばった衣装、機械的なステージアクション、こういった演出で一種のキャラクターを演じる彼の手法は、一見色物に過ぎないような安っぽさを醸し出しているようにも思えるんですが、その実、音楽は軽佻さよりもむしろ自然と耳を傾けさせる真摯さや美意識が感じられ、そこが私の好みに合って、惹かれるようになったのだろうと思います。
1981年の曲「Total Eclipse」に、彼の音楽のシンプルで明瞭な個性と美点が、良く表れています。
YouTubeのおすすめ動画に、この曲のライブ映像が表示されなければ、私は彼の魅力的な音楽と、おそらく一生涯、出会う事はできなかったでしょう。
下らないユーチュ―バーの悪ふざけや、ヘイト動画、フェイクニュースなど、不快な動画をお勧めして社会の風紀を乱そうとする事で悪名高いYouTubeですが、時には的確なお勧めをしてくれる事もあり、一概に否定できないのが悔しい所です。
-----------------------------------
シャッグス (The Shaggs)
アメリカ出身の三姉妹によって結成されたロック・グループです。
ファーストアルバム『Philosophy Of The World』の発表は1969年の事なので、時代的にはハードロック以前の古いロックに属します。
彼女たちの音楽の最大の特徴は、「素人」という言葉で言い表すのがもっとも適切でしょう。
何しろ、ギター、ベース、ドラムスの3人とも、完全な楽器初心者なのに、父親が録音して、レコードを発売してしまった、という、無謀極まりない経緯で流通する事になった音楽だからです。
まず、ベース&ギターの演奏と、ドラムスの演奏のテンポが、大きくずれているので、リズムに乗って聴く、と言う当たり前の音楽の楽しみ方をするのが困難です。
作曲についても、ずぶの素人らしく、メロディラインが常套的なセオリーから外れており、歌詞のイントネーションをメロディの起伏に合わせるという、作詞の基本的な知識も無視しているので、極めて奇妙な、念仏のような曲調に聴こえます。
ただし、それぞれの楽器演奏の技術に関しては、実は「下手」とまでは言えない、ある程度の技量を感じます。
例えば、ギターの演奏では、単音の長いフレーズを、割合早くなめらかに弾けていますし、ドラムも、単体で聴くと、意外としっかりしたリズムを刻んでいます。
とはいえ、合奏としてきちんと整って聴こえない以上、「世界最悪のロックンロールバンド」という異名を冠せられても、仕方がない面があります。
ところが、こんなに欠点が目に余る音楽であるにもかかわらず、私には、心地良く感じる部分があるんです。
不思議と、嫌いになれないどころか、聴いているうちに耳に馴染んで聴き流せるんです。
ニルヴァーナのカート・コバーンが、お気に入りの一枚としてこのバンドのファーストアルバムを挙げていますが、冗談ではなく、真面目に良い所に気が付いたのだろうと思います。
なぜ良いと感じるのか分からないほどひどいのに、でもどこかしら惹かれる所のある音楽です。
機会があれば、試しに一度聴いてみて下さい。
音楽を好きになるとはどういう事か、という根源的な問いに、触れるような体験になるかもしれません。




